第18話

「おはようございます、長尾さん」

ピアリスの声に目を開ければ、目の前でピアリスのパステルピンクの髪が揺れる。


「おはよう、ピアリス。……なんか、距離が近くないか?」

俺の言葉にピアリスはサッと30センチほど離れた。

「失礼いたしました」


いやまあ、ホログラムだからぶつかったりすることはないんだが。

あんま近くに寄られると、俺の焦点が合わないんだよな。


ピアリスはベッド脇に置いていた俺のスマホまで移動すると「スマートフォンに9件のメッセージ通知があります」と知らせてくれた。

「そっか、教えてくれてありがとうな」


メッセージが届いていたのは、昨日入ったロボワ会だった。

グループトークなんて、学生の頃以来だな。

最近会話した相手なんて、ゼンだけだ。


その前は、母親が地球に帰った俺に無事を確認している。

まあ宇宙旅行なんて流行ってはいても、まだ地球を出た事のないやつの方がずっと多いもんな。

俺も、ピア・オデッセイ号が初めての地球外勤務だった。

『元気だよ、母さん達も宇宙旅行したくなったら案内送るから声かけて』と返した俺のメッセージに、母は『ありがとう』とスタンプを一つ送ってきた。

それ以降会話はない。


俺はロボワ会を開く。

『おはようございます』とスタンプまで敬語なのはアサギか。

『はよーっス!』と元気なスタンプでゼンが応えている。

『昨日はお疲れ様でした。おかげさまで沢山色石も集まりました』

『空中戦ステージ、美味しかったっスねーっ!』

『せっかくお二人とこうして通話アプリでも繋がれたんですし、もし良ければお二人も僕の大学の学園祭に遊びに来てください』

一緒に学園祭お知らせページのURLとチラシらしき写真が添えられている。


うお。俺でも分かるほどの、めちゃくちゃ有名な大学じゃないか……。

こんな個人情報を知り合って1か月くらいの相手にホイホイ出していいのか?


『いいんスか!?』

『行くっス!!』とゼンが元気いっぱいなスタンプで答えている。


朝から元気だな。なんて思ったところでふと気づく。

……ん? これ、俺も誘われてんのか。

いや、俺は別に……、他人の学園祭にわざわざ顔を出すつもりも……。


んんん、他人ではない、か。

アサギは俺達のことを知り合いとして誘ってくれてるわけだしな。

しかし、あんま人の多いとこは行きたくねぇな……。


『あ、クマさんはご無理のない範囲でお考えくださいね。ただその、外部からの参加者がここ数年減り気味でして、少しでも増えるとありがたいんですが……』


いやいや、一見謙虚なようで、しっかり言いたいことは言ってるな。

さすがアサギ。

……これは断り辛い……。


『そんなのオレ1人じゃ寂しいじゃないスか! 先輩も一緒に行きましょーっスよー!』


何だこの流れは。

俺がスマホを見た時点で、既に行くしかないみたいな雰囲気になってるじゃないか。


不意にヒュポっとスマホが鳴る。

うるうるした瞳の子犬が『お・ね・が・い』と言っているスタンプを、ゼンが送ってきていた。

あー……、ゼンのやつ、既読がついて俺が開いたのに気づいたんだな。


見なきゃよかった。という正直な気持ちをそっと宥めて、俺は返事を考える。

学園祭なぁ……。

「行ってよかった」と思えるような未来はカケラも思い浮かばないが。

ずっと家とコンビニの往復ばっかりじゃ、流石に体に悪いしな。

たまには散歩がてら、ゼンに付き合ってくるか。


『仕方ないな。なるべく人の少ないとこだけ行くってんならついてってもいいぞ』

『先輩、人混み苦手っスか?』

『まあな』


そこで、俺の発言への既読が2に増える。

アサギも開いたのか。

『ありがとうございます!』『楽しみです!』とアサギからスタンプが二連打されて、そこから『ここからこの辺りの展示は人も少ないと思います』と校舎の見取り図が添えられたり『この門を通ると来客のカウントが……』と通ってほしい入場ルートまでしっかり案内されてしまった。

『土曜の11時〜12時でしたら、僕が直接ご案内できます』

『じゃあその時間に行くっス! 先輩も大丈夫っスか?』

『ああ』

今の俺にはロボワ以外の予定はまるでないからな。

『では待ち合わせ場所は……』

2人がサクサクと予定を詰めていくのを、俺はぼんやり眺める。


「学園祭なぁ……。何着ていけばいいんだ……?」


俺の呟きに返事をしたのはピアリスだった。

「お出かけですか? 長尾さん」

ピアリスは俺のスマホをチラと見て「◯◯大学の学園祭でしたら、こういったコーディネートが長尾さんにお似合いかと思われます」と資料を開いて見せた。


いやいや、情報の把握が早ぇよ。そして提案までが一瞬すぎる。

相変わらず恐ろしいなこの高性能AIは……。


あ、でもこれなんか良さそうだな。

俺はピアリスの提示してきた3枚のコーディネイト写真から、1枚を選ぶ。

これなら家にある服で近い感じにできそうだ。


俺は2人の会話を横目に、クローゼットを漁った。


***


さて、昨日の強化素材と今日のソロ出撃分で、ようやくプラズマキャノンとフォトンブラスターの強化が今できる最大限のレベルまで終わったな。


プラズマキャノンに至っては、上限突破ができればもう完璧だ。

しかしURの上限突破素材を手に入れる方法は、ごく限られている。

上級者ミッションのラストで1つ。

迷宮ステージの初回完全クリアでも1つもらえたな。

だから今俺が持ってるURの上限突破素材は2つだ。


これを5つ集めると、ようやくURの上限突破ができる。

上限突破するとさらに強化Lvが10上げられるようになる。

たった10のLv差ではあるが、いざ同武器対決となるとその差は大きい。


そんな貴重なURの上限突破素材が、今回のPvP戦の報酬の目玉だった。

シルバーランクで1つ、ゴールドで2つ、プラチナで3つ、ダイヤモンドで4つ。

つまり、プラチナまで上がることができれば、俺の美しい完全覚醒URプラズマキャノンは、完全覚醒上限突破URプラズマキャノンという究極の存在になれるわけだ。


そんなわけで、ゼンやアサギには悪いが、俺は今日から完全装備でPvPに挑ませてもらうぞ。


PvP画面に描かれたピラミッドの、プラチナランクを見つめる。

上から2つ目のそのランクは、底辺であるブロンズの実に5分の1程の面積で描かれている。

狭き門ではある。

以前の俺が、望む事すら諦めていた場所。

そこを目指して。


俺は、出撃ボタン、準備完了ボタンを順に押した。




一瞬のローディング画面の後、マッチングの待機画面に移行する。

真っ黒な画面に【マッチングを行なっています】の文字がゆっくり明滅している。


久々のPvPだ。

相手はどんな奴だろうか。ステージは、水中ならまずは装備を変更して……。

[マッチングに成功しました。ステージに入場します]

相手の名前は……タテ。か。聞き覚えはないな。


まあ、オジョウにも聞き覚えはなかったからな。

聞いたことないからって油断はできねーよな。


ステージは……雪原か。

アサギん時の手がまだ使えるか……?


俺はバフをかけつつ、素早く接地パーツをスパイクパーツへ換装する。

今回は雪がちらついてるな。吹雪にならなきゃいいんだが……。


俺は周囲を警戒しながら池の方向へ向かう。

今回は武器の逆装は無しだ。

そのかわり、バックジャンプで移動する。


っ!?

視界を覆うほど降り始めた雪の合間に、ミサイルが見えた。


熱源反応音はまだ無かった。

つまり俺のレーダーより相手の射程が長いのかっ!!


俺は大きく上に跳んでフォトンブラスターを広く撃つ。

ミサイルの幾らかがジグザグに軌道を変えつつ跳び上がった俺を追うも、レーザーに飲み込まれた。

今の動きはホーミング!?

なるほど、レーダーの範囲外から追尾弾か。悪くないやり方だ。


特にこんな風に雪が酷くなれば、視界が効かなくなる分、避けにくくなる。


俺は空中でバフをかけ直すとプラズマキャノンに持ち替える。

空中の俺を追うように、6発のミサイルが飛んでくる。

迫るミサイルをフォトンブラスターで一掃すると、照射幅を絞って細く長いレーザーを作る。

それをミサイルが飛んできた方向へ向けて、ジグザグに放つ。

雪原を裂く光の帯。

舞う粉雪が幻想的だ。


バチッとレーザーが何かに弾かれて火花が舞う。

そこだな!


俺は敵機に向かって低く大きく跳ぶ。

ピピッと熱源反応音が鳴る。


敵機からミサイルが飛ぶ。

見つかるまでは息を潜めて、見つかったら即応戦。分かってる奴だ。


俺の左肩でプラズマキャノンが最大出力の弾を作り上げる。

青白く美しいその光を、俺は敵機めがけて放った。


ミサイルのうち3つが光球に飲み込まれたが、残り3つは躱したようだ。


くそっ!


相手はどうやら追尾弾の射出角度をわざと広く取っている。

そうすることで、ミサイル達の移動経路に差がついて、ミサイルの着弾に時間差が出る分避け辛くなるのか。

フォトンブラスターの調整……っ間に合わない!

俺は咄嗟に一斉射撃のトリガーを引く。

左手のショットガンには散弾。右手はまだスパナで左肩のプラズマキャノンもリロード中で不発だ。右肩のフォトンブラスターはまだ細長いままだ。

ショットガンが何とか1つミサイルを落とす。

フォトンブラスターが掠めたミサイルが1つ爆発する。


ミサイルが迫る。

カニバサミからプラズマキャノンを外す。


ドカンッッ!!


至近距離での爆風に機体が押される。

幾らかの損傷は被ったが、右肩のフォトンブラスターに被害はない。


俺の代わりに砕け散ったのは、カニバサミが放った石だった。


ホッとしたのも束の間、新たにミサイルが飛んでくる。


何だって!?

俺の特大プラズマ弾を喰らって無事だったってのか!?

吹雪に隠れて相手の姿ははっきりしないが、シルエットが大きいな。

タンクタイプのセッティングか。


握ったままのスパナでフォトンブラスターの調整を終えてミサイル6発を残らず撃ち落とす。

そこへさらにミサイルが飛んでくる。


長期戦なら、こっちだな。

カニバサミにポンポンを装備する。

自分にバフをかけつつ敵機と距離を詰めると、ポンポンで毒を打ち込んだ。


雪の合間からやっと敵機を目視する。

ああ、この機体は盾を両手で2つ持ってるのか。

それで攻撃武器が両肩のホーミングミサイルだけなんだな。


盾の表面はプラズマ弾に溶かされたのか若干凹んでいる。

そりゃ全然効いてないってこたぁねーよな!


俺はギリギリ毒を打ち込める程度の距離をとりつつ、ポンポンをプラズマキャノンに持ち替えてまたプラズマ弾を作り始める。

このウゥゥぅゥゥゥンってプラズマエネルギー球が少しずつ大きくなってく感じもたまんないよな。

俺は、左肩に美しく輝く青白い光に目を奪われないよう、意識的に相手を見据えた。


「きゃあっ、なにこれぇ、スリップダメージなのぉ!?」


……今、なんか高めのおっさんの声がしたんだが?


何でこう皆、マイク入れたまま戦うんだよ。

いきなりこんな悲鳴を聞かされるこっちの身にもなれよ。


いや、それは逆恨みか。


何せこっちには相手のボイスボリュームを0にしとくって選択肢もあるわけだしな。

俺はできる限り冷静に、完成した美しいプラズマ弾を敵機に打ち込んだ。


敵機の盾にプラズマ弾がぶつかるとバチバチと火花が散る。

ズズズ、と敵機は数メートル押されたものの、まだその機体は形を保っていた。


「マジかよ……。すげぇ盾だな……」

呟く俺に返事が返る。

「でしょう? アタシの最高傑作……だったんだけど、今の攻撃で潰れちゃったわねぇ」

げ、俺もマイクオンだったのか!

デフォルトでオンになってるの、ホントやめてくれよな!!


俺は右のパネルに手を伸ばしかける、が、敵機のミサイルが絶妙なタイミングで弾を撃ち続けてて、手を離す余裕がない。

今更オフにするのも失礼か? このままいくしかないか。


「ねぇ、この紫のって毒なのぉ? 毒武器ってポイズンランチャーだけじゃないのぉ?」

「毒だよ。10秒毎に5%ずつ減るぞ」

「ぇええっ、強力すぎなぁい? アタシ解毒キット持ってないんだけどぉ」

「次は持ってきた方がいいな」

俺の左肩では、プラズマキャノンが次のプラズマ弾を生成を始めている。


「そうねぇ、そうするわぁ」

と返事をした敵機が、盾の残骸をこちらへ投げ付ける。

「っ!?」

咄嗟にジャンプで避ける。

相手の両手には、それぞれマシンガンが握られていた。

「最後まで諦めないわよぅ!」

「いい心がけだ!」


マシンガンの弾を横っ跳びに避けつつ、ミサイルをレーザーで撃ち落とす。

相手は両肩のミサイルをピッタリ交互に撃ってくる。

それをフォトンレーザーだけで撃ち落とすのは、いくら威力を下げてるとはいえリロード短縮ステッカーがなけりゃ無理だったな。


「んもう、そのレーザーリロード早すぎなぁい?」

「ハハッ、いーだろ?」

言って、俺はプラズマ弾を放つ。


これで終わってくれるか!?


相手はどうみても重装備だ。

素早く避ける可能性は少ないが……。


バチバチッバチチッ!


ドォン!!!

派手な音を立てて、俺のプラズマ弾は相手の遥か後ろに着弾した。


弾が……滑った……?

爆風と吹雪で真っ白になった視界の中、相手の位置をレーダーで確認しながら俺は距離をとる。


「ジャジャーン! アタシのとっておき対レーザー盾よぉ♪」


巨大なエネルギー盾を構えた敵機は無傷だった。


「は……!? 無傷!?」


「うふふ、嬉しい反応してくれるわねぇ」


こっちは全然嬉しかないが!?


くそっ!


足場が見えないほどの雪の中を、俺たちは弾の応酬を繰り返しながらジリジリと移動する。


相手はHPの高いセッティングに盾を装備していた。

毒で多少削れてるとしても、まだHPはおそらく半分はあるだろう。

吹雪はますます強くなっている。


……あと少しだ……っ!


足元でピシッと氷の音がする。

俺は大きく後ろに跳んだ。


ミサイルの直撃だけは避ける!

マシンガンには多少撃たれる覚悟だ!


着地と同時に、今度は出来る限り高く跳ぶ。


カニバサミとショットガンをスタン弾に変えて、ありったけぶち込む!!

なるべく痺れててくれよ!!


「きゃあっ、今度はスタン!?」


対レーザー盾じゃエネルギー攻撃は防げても、物理は防げねーだろ!


既に発射されていた追尾ミサイルが追ってくるのをレーザーで撃ち落としたら、素早くフォトンブラスターの照射範囲を狭く高威力に調整して、慎重に放つ。

その間もカニバサミとショットガンではスタン弾の連射を続ける。


ピシィ。っと大きく鋭い音がした。


そこへ俺の機体がドシン! と勢いよく着地する。

衝撃にぐらりと傾く氷から、俺はすぐに跳び離れた。


「え? え???」


ドバシャアン!!


大きな水音と共に、敵機が池の中へと沈む。

「ええええっ!? なにこれ? どぉゆぅことなのぉ!?」


「オッサンも中々いい反応してくれんじゃねーか。準備した甲斐があったぜ」


「オッサンはやめてちょうだい! オネエさんって呼んで!」


……なるほど? よく分からんが、オネエ的には譲れないとこなんだな?


「そりゃ悪かったよ、オネエさん」

「あら、素直な子なのねぇ」


特に素直なつもりはないが、別にひねくれてやろうという歳でもないだけだ。


「このステージって下が水だったのぉ?」

「いや、他は土だが、ここいらだけ池の上なんだよ」

「そうだったのねぇ」


そんなこと言ってる間に、オネエはしっかり水中装備に切り替えたらしく、レーダーを見る限り、あんだけ重そうな装備にも関わらずスイスイと水面に近づいてきた。


タイミングを逃すなよ。


今度はモグラ叩きじゃねーぞ。

潰すつもりで行くからな。

カニバサミに持たせたプラズマキャノンには、最大サイズのプラズマ弾を生成してある。

バフも攻撃力に10%が出るまでかけ直してある。

フォトンブラスターの照射ボタンは既に半押しだ。


あと少しで水面というところで、オネエは減速した。

チャプっと慎重に水上へ姿を現したのは、オネエ自慢のレーザー盾だった。


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