第3話「奉仕種族、移住開始!」(改)

太平洋中央部──地図にも、衛星写真にも存在しなかった一点で。


穏やかな海面が、不気味に泡立ちはじめた。

最初はただの潮目の変化かと思われたそれは、次第に大きな渦となり、海水を巻き上げ、ついには空の色までも白く染め上げた。


「なにこれ……津波の前兆じゃないのか!?」


沿岸の観測所が慌ただしく警報を鳴らす。

だが、計器が示す数値はどれも常識から外れていた。


「違う、これは……上昇してる。海面から“何か”が競り上がってきてるぞ!」


世界中の観測衛星が緊急モードに切り替わり、太平洋の一点へ視線を向ける。

そこに現れたのは、正六角形の巨大パネルを数十、数百と組み合わせた奇妙な構造物だった。


太陽光を受けて花びらのように開き、海の上に浮かぶその姿は、まるで──


“海に咲く花”


だが、可憐な見た目とは裏腹に、検出されるはずの熱源はゼロ。

電磁波パターンは既存のどの文明にも一致せず、構造材の成分は地球上に存在しないものだった。


「……人工島だと? こんな短期間で造れるはずがない」


「まさか、あいつらが——」


人類がまだ名前すら知らない“彼女たち”の仕業だと理解するまで、ほんの数分だった。


地球上が混乱と憶測で渦巻いているその少し前──

奉仕種族の巨大船団内部では、場違いなほどのんびりした空気が流れていた。


セイラ、アリス、そしてアーシグマ。

船団三名の指揮役が並び、地球での着陸地点を検討している。


その背後では、先日“勝手にいたずら信号”を送って世界中を大騒ぎさせた若い奉仕種族たちが、ずらりと正座していた。

しかも──なぜか全員、日本の体操服にブルマ。

首からは大きな札がぶら下がっている。


《反省中》


船内の誰もがツッコむのを我慢していた。


「……で、その格好は何なんだ?」

 セイラが堪えきれず問いかける。


アーシグマが軽く手を振った。

「これね~。地球の“体操服”っていう作業用の服らしいのよ~。動きやすいんですって」


アリスが補足する。

「文化・言語の勉強中に気に入ったらしくて。アーシグマに“これ作って~♡”とお願いしたようです」


「簡単な服だからね~、チョチョイのチョイよ~」

アーシグマが得意げに胸を張る。


正座している若い子たちはシレッとした顔で、

「この服かわいいよねー」

「動きやすいしねー」

などと言い合っており、反省の気配はゼロだった。


セイラはブルマをじっと見て、

「……確かに動きやすそうだ。私にも一式よこせ」

と言い出した。


船内の空気が凍りつく。


「セイラちゃん、まさか着る気なの~?」

アーシグマが困ったように笑う。


「作業に適した服なのだろう? 悪いのか?」

セイラは真顔だ。


アーシグマは言い淀みながら、

「ええとね……セイラちゃんが着たら、その……アダルトというか……大人のお店っぽいというか……」


「はっきり言え!!」

セイラが食ってかかる。


「まあまあまあまあ!」

アリスが二人の間に割って入り、強制的に話題を逸らした。

「いつまでも船団を浮かべているわけにもいきませんし、着陸地点を早く決めましょう!」


若い奉仕種族たちも全力で話に乗る。

「そうだそうだー! 場所決めよー!」

「体操服の話はナシでいこうナシで!」


完全に誤魔化されているが、セイラだけが気づいていない。


「……なんだ、妙にごまかされた気がするが。まあいい」

腕を組んで、モニターを見つめる。


「陸地は地球人で埋まっている。ならば太平洋と呼ばれる海に人工島を建設し、拠点にすればいいだろう」


その言葉に、アリスとアーシグマの顔が明るくなる。

“体操服ブルマ問題から完全に逃げ切れた”という表情だった。


「セイラちゃんナイスアイディア~!」

「いいと思います! すぐ建設を始めましょう!」


若い奉仕種族たちも勢いよく手を挙げる。

「反省してるから作業がんばるよ! がんばるから早く!!」

「ねぇ早くやろうよー!」

奉仕種族全員が思っていた・・・



「乗るしかない、このビッグウェーブに!!」と



セイラはまだ腑に落ちない様子で、

「……やはり何かごまかされている気がする……」

とぼやきながらも、人工島計画をスタートさせた。


人工島建設開始


「さあ作業始めるわよ~」

アーシグマが手を叩き、建設モードに入る。


「慎重に進めろ! 波を立てるな。地球では“津波”という大災害になる」

セイラが厳しく指示を飛ばす。


「みなさん安全第一ですよ~」

アリスが穏やかに声をかける。


体操服とブルマ姿の若い奉仕種族たちが、明るく返事をした。

「はーい♡」


そして、積み木を並べるような軽さで海上に巨大構造物を積み上げはじめた。


順調──に見えた。しかし。


「あっ……海底ケーブル、ちょっと切っちゃった……」

若い奉仕種族の一人がつぶやく。


「……あらら」

アーシグマが肩をすくめる。


「まったく、トラブルばかりだな……」

セイラが頭を抱えた。


「まあまあ。これくらいなら私たちで修復できますしね」

アリスは慣れたものだった。


そんな調子で、驚異的な速度で人工島は完成していく。


「これで拠点完成ですね!」

アリスが満足げに言う。


「……本当にこいつらに任せて大丈夫なのか? 不安しかないが……」

セイラが眉間を押さえる。


「若い子にも経験が必要です」

アリスは笑う。


「大丈夫大丈夫~。あたしが見てるから安心しなさ~い」

アーシグマが手をひらひらさせる。


「なんだかんだ言って、一番過保護なのはセイラさんですよね」

アリスがニヤリとする。


「ち、違う! あいつらが半人前だからだ!! 断じて違う!!」

顔を真っ赤にして叫び、そそくさと退室するセイラ。


残された三人と若い奉仕種族たちは、くすくすと笑い合った。


そして、いよいよ地球との“最初の挨拶”が始まる。


地球・国連臨時会議

「映像、出せ!」

巨大スクリーンに太平洋の新しい“島”が映し出される。

各国代表が同時に口を開く。

「アメリカは安全保障上の懸念を表明する!」

「ロシアは観測協力の条件付きでの接近を提案する!」

「日本は、あの場所……EEZ(排他的経済水域)のぎりぎり外側です!」

誰もが焦燥を隠せない中、スクリーンがノイズを走らせた。

——通信だ。

『こちら奉仕種族。

建設中の施設は会合および居住区画です。

危険性はありません。あっ、あと、海底ケーブルちょっと壊しちゃった、てへ♡』

会議室が凍りつく。

日本代表がポツリと呟いた。

「……“てへ”?今“てへ”って……言いました?」

フランス代表が顔をしかめる。

「翻訳の問題か? いや、音そのものが“テヘ”と言っているぞ」

「なんだその外交用語は……!」

C*Nの速報テロップには《正体不明の存在「てへ♡」発言》の文字が踊った。

Tw**terも各国SNSもその言葉で埋め尽くされる。


奉仕種族・母船側

「だからぁっ!! 報告書の最後に“てへ♡”つけるのやめろって言ってるでしょーが!!」

A-Σの怒声が艦橋全体に響いた。

「だって先輩~、日本語かわいいんですもん♡」

「かわいいじゃないの! 報告書は記録なのよ!」

「でもほらぁ、笑ってくれたし。地球人ちょっと和んでたし~」

A-Σは顔を押さえた。

「……ほんと、もう、あんたらってば……。

いい? 次は正式な通信、いたずら禁止。わかった?」

若い個体たちは「はぁい♡」と手を挙げ、

次の瞬間にはもう別の端末をいじっていた。

「ねえねえ、島の名前どうする? “パラダイス・ステーション”とか?」

「“青いお茶の間”とかもかわいいかも♡」

「うるさいっ!! そんな名前で報告できるか!!」

(ガシャン!!)A-Σが端末を叩き壊す音が響く。


地球側・報道混乱

その頃、各国メディアは狂乱状態だった。

「太平洋に突如現れた“てへ♡島”からの通信——」

「正体不明の声は女性か、もしくはAIか?」

「人類初の接触が“てへ♡”から始まるとは誰が予想しただろうか」

街頭インタビューでは、

「怖いけど、ちょっとかわいくない?」

「てへ♡って何語? 新しい外交言語?」

「俺もあの声に“おかえり”って言われたい!」

など、緊張感と好奇心が入り混じる奇妙な雰囲気が漂っていた。


人工島が完成して二日後。

まだ地球中が騒然としていたその頃、異変は突然だった。


■人工島への攻撃


太平洋上の巨大構造物に向けて──

一部の国が“試験的防衛行動”としてミサイルを発射した。


しかし。


全弾頭は、到達する前に空中でピタリと静止した。


風に揺れるようにゆっくり回転しながら、まる

「お仕置き前の静寂」を示すかのように。


そして、上空から甘ったるい声が響く。


『もぉ~、危ないことしないでくださいね♡

止めるの大変なんですから~』


——世界が再び凍りついた。


直後。


『こらぁっ!! 勝手にエネルギー干渉使うなって言っただろーがぁ!!』


轟音とともに通信が途絶えた。


各国首脳は顔を見合わせる。


「……今の、同じ存在だよな?」

「声が……違った。男?」

「いや、たぶん同じユニットだ」

「人格切替……AIか、それとも——」


世界中が困惑の極みに叩き込まれていた。


■人工島・艦橋


爆煙が晴れた艦橋で、A-Σは黒煙を上げる端末を前に腰に手を当てていた。


「まったく……何発ミサイル止めたと思ってるのよ。

報告書、また書き直し……これ徹夜確定だわ」


すると若い奉仕個体が恐る恐る手を挙げる。


「せんぱい、ごめんなさ〜い……。でも、撃たれたら怖かったんだもん」


「怖いのはわかるけど……はぁ、ほんと……。

でも、ありがと。あんたたちがいたから島も無事だったし」


一瞬だけ、A-Σの声が優しくなる。


そして窓の外、青く広がる太平洋を見つめて小さく呟いた。


「地球人も慌てん坊さんが多いわねぇ?

 女の子には準備があるんだから、もう少し待っててほしいわね〜」


そこへアリスが言う。


「しばらくはシールドを張って、攻撃やドローンを近づけないようにしておきますか?」


セイラも腕を組み、頷く。


「いきなり降下したせいでパニックを起こしているんだろう。致し方ないだろうな」


そう言うセイラの真面目な雰囲気をぶち壊すように、

若い奉仕種族たち──ルルナたちが手を挙げた。


「島の名前決めなきゃいけないしねー!」

「そうそう! いつまでも“島”じゃ可愛くなーい!」


キャッキャとはしゃぎ始める。


「お前たち……島の名前よりやることがあるだろう!」


セイラが注意するが、誰も聞いていない。


「ねぇ、もっと可愛いのがいいよね!」

「私“ぷるぷるラグーン”がいい!」

「却下ぁ!」

「なんでぇぇぇ!」


盛り上がる若い奉仕種族たちを見ながら、アリスは微笑む。


——こうして、まだ名前の無い人工島の夜は、少し騒がしく、そして平和に更けていった。

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