駆け出し冒険者、走りだす ――ソード・ワールド2.5リプレイノベル 『英雄たちの産声』より――
文月 煉
プロローグ
ここは冒険者ギルド『
「生きのいいやつらが揃ったじゃないか」
夕暮れ時の店内に、よく通る声が響いた。声の主は、赤い角をもつ女性――その角と透き通るような白い肌が示すとおり、ナイトメアだ。人族の中から突然変異的に生まれる種族。魂に『穢れ』を持つため、忌避されることも多いが、荒くれ者揃いの冒険者たちの中ではさほど珍しくもない。とはいえ、彼女のようにその特徴である角を隠すこともなく堂々としている者はそれほど多くない。
「一応自己紹介をしておくと、アタシはここ、冒険者ギルド『赫角亭』の代表を務めている者だ。今日はよろしく頼むよ」
すらりとした長身で、隙のない立ち姿。どうやら赫角亭の名は、彼女の赤い角にちなんだものらしい。
ギルドマスターは眼前に並ぶ者たちに値踏みするような視線を向けて、ニヤリと笑った。
「知っての通り、ウチはまだまだ駆け出しのギルドでね。人員はノドから手が出るほど欲しいが、この仕事に何より重要なのは信頼だからな。やる気だけでホイホイと採用するってわけにもいかん。つまる所――『雑魚はお呼びじゃあない』ってこった」
挑発するような彼女の言葉に、店内の空気がかすかに緊張感を増した。
「……望むところだね」
そう言ってギルドマスターをにらみ返したのは、カウンターの高い椅子にちょこんと座り、地面に着かない足をぶらぶらさせた少年だ。一見12,3歳の子供に見えるが、ショートカットの髪の毛から飛びだしたリスのような耳は、彼が人間ではなくレプラカーンとよばれる小柄な種族であることを示していた。成人しても身長が130cm程度にしかならないレプラカーンであれば、実年齢はもう少し上かもしれない。
「いいわね、いいじゃない。望むところよ。私の力試しにもってこいってことね」
そう言って不敵に笑ったのは、こちらも獣のような耳を持つ女性だ。ただしこちらの耳はオオカミのような形で、身長も高い。なにより、自然体ではあるがいつでも戦闘態勢に移れるように油断なく立ったその姿は、彼女が攻撃的な武術の使い手であることを示している。彼女はリカント――戦闘時には獣に変貌することもできる、戦いに優れた種族だ。
「……ひっ」
対照的に、ギルドマスターの言葉に首をすくめておびえるような反応を見せたのは、店の隅っこでちらちらと様子をうかがっていた青い髪の女性だ。整った顔に気弱そうな表情を浮かべて視線をあちこちに彷徨わせている。長く尖った耳を見る限り、彼女はエルフ――長い寿命を持つ、水に近しい種族だろう。
「ほっはー、おもしろそうなギルドじゃないかね」
陽気な声でそう応じたのは、店内にいた最後の一人。身長は低いががっしりとした体つきの男性だ。ヒゲはないが、その体つきを見るとドワーフのようだ。いかにも頑丈そうな体だが、身に着けているのは武器ではなく楽器――使い込まれたギターだ。
4人の冒険者志望たちの反応を見回して、ギルドマスターは満足そうにうなずいた。
「……ふん。流石にいい目をしてやがるな、ガキども。それでなくっちゃ、わざわざ山と届いた入門志願書から選りすぐった甲斐がないってもんだ」
そう言いながら、手元のジョッキに小麦色の液体をなみなみと注ぐ。その表情はずいぶんと上機嫌なようだ。
「試験の開始まではまだ時間がある。エールでも飲みながら、親睦でも深めておいてくれ」
「おごりかい? 気が利くねぇ」
うれしそうにジョッキを受けとったのはドワーフだ。
「光栄だけど、酒は戦いの前には飲まないって決めてるの。取っておいてくれるかしら?」
「わ、私もお酒はやめておきます……試験の前にそんなの飲んだらたいへん……」
リカントの女性とエルフの女性が口々に言う。レプラカーンの少年は、黙ってエールを飲もうとジョッキに口をつけ――その苦味に目を白黒させていた。
「そうかい。酒がダメなヤツにはこっちもあるぞ」
ギルドマスターがカウンターから果実のジュースを出すと、三人がそれを受けとる。
「さぁ、自己紹介でもしたらどうだ?『冒険者同士の絆』ってのは案外バカにならないもんでね。挨拶ひとつで拾う命なら安いものだろう?」
「ってことは、こいつらが仲間ってわけ? 大丈夫? ボクに着いてこられるのかね?」
ギルドマスターにうながされて残る三人を見回し、レプラカーンの少年がわざとらしく肩をすくめてみせる。それに反応したのはリカントの女性だ。
「ちょっと? 私は速さなら誰にも負けない自信があるけど?」
「速いったって、猪突猛進じゃ役に立たないからねぇ。まぁいいや。ボクはヴィント。それ以上はまだ、あんたたちに教える気はないね」
ヴィントと名乗ったレプラカーンの少年は、敵愾心むき出しで澄ましてみせる。
「私はファオスト・ルーヴ。猪突猛進できるのは力がある証拠なのよ。覚えておくことね、ヴィント」
リカントの女性――ファオストも負けじと応戦する。
「わ、私はフーカです。後ろで頑張ります……」
エルフのフーカは、今にも喧嘩を始めそうな二人の様子に若干引き気味になりながら、控えめな声で自己紹介を済ませる。
「ははは、若くてけっこうなことだ」
ギターを抱えたドワーフが、3杯目のジョッキを空にしながら陽気に笑い飛ばす。
「わしはボッサだ。みんな、よろしくな」
ボッサと名乗ったドワーフがそう言いながら、険悪な雰囲気などどこ吹く風で、全員と強引に握手をして回る。
「なかなか個性的なやつらが揃ったな。まぁ、まだまだ語り足りないだろうが、そろそろ刻限だ――」
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