第五話 付喪神

「――ちいっ!」


 横っ飛びで初撃を避けた俺を、タイジの銃口が追ってくる。


 さらに、二発、三発。


 しかし、そのすべての弾道が、微妙に逸れている。


 タイジのやつ……!


 タイジの腕が、痙攣するように細かく震えていた。

 あいつの根っこが、俺を殺すことを拒絶しているのが、今の俺にはわかる。


 しかし、この攻撃は何だ?


 俺を襲ってくる弾丸は、明らかに異常だった。


 弾速は遅い。

 肉眼で容易に捉えられるほどだ。


 だが、撃ち出されている弾丸には、まるで死霊レイスのようなモノがまとわりついている。


 そいつらが耳を塞ぎたくなるような哭声をあげて、俺の横を通り過ぎていった。 


「――エヌマっ!」


 俺は地面を転がりながら、神の名を叫んだ。


 すかさず、超速思考が発動する。

 同時に、脳髄を揺さぶる轟雷のような声が響いた。


『よくぞ、あの攻撃を躱したな、!』


 ――は? 小僧?


 俺、お前の創造主なんだけど、こいつ、何か、キャラ変わってない?


! 我の印呪に楯突くとは――』


 あー、そういうことか。

 この神、プライド傷つけられてキレてる。


『身の程を知れええええええええっ!!』


 エヌマの怒号と同時に、超速思考が強制的に解除された。


 その途端、俺とタイジの周囲十五メートル程の空間が、現実世界から隔離された。

 空間そのものに薄墨が撒かれたように、すべての色彩が沈んでいる。


 何だ、これ?

 もしかして、最近流行りのってやつか?


「イ、イッ、イイイイイイ――ッ!!」


 戸惑う俺の耳に、タイジの甲高い悲鳴。


 振り向くと、タイジの周りが地獄絵図になっていた。


 見るもおぞましい悪霊。

 鉄槌を振りかざした鬼神。

 空間そのものに浮き出た無数の眼。


 エヌマ・エリシュの怒りが呼び出した魔物の群れが、タイジを呪うように取り囲んでいる。


「おっ、おいっ! やめろ、エヌマっ! タイジを殺す気か!?」


 俺は、宙に向けて叫んだ。

 しかし、暴走した暗黒神に俺の声は届かない。


 それどころか、魔の気配がさらに濃度を増していく。


「おい、エヌマ、やめろって――!」


 対するタイジも、狂ったように銃を発砲していた。

 霊体のような銃弾が、エヌマの創造した魔物を次々に葬っていく。


 だが、エヌマの力は、タイジの攻撃力をはるかに凌駕していた。


 銃撃が穿った空間を埋めるように、新たな魔が創造される。


 黒い翼に身を包んだ天使。

 リッチクラスにしか見えない邪悪なアンデッド。


「――ヒ、ヒイイいいいいっ!」


 続けざまの連射に、銃の余力が潰えたのだろう。

 やがて、タイジはそれを放り投げると、頭を抱えてしゃがみ込んだ。


「タイジっ!」


 俺は慌ててタイジに駆け寄った。

 まだ沸きやまない魔物を搔き分けるように進む。


 地面に崩れたタイジを抱き起す。

 白目を剥いたタイジの身体が、腕の中でビクビクと痙攣していた。


 しかも、霊体みたいな魔物が、タイジの口や耳から身体の中に侵入しようとうねうねしている。


「くそっ、こいつら、何なんだ!」


 俺は、悪態をつきながら、霊体を毟り取った。


 まるで、の中間のような、ふにゃんとした触り心地。

 しかも、厭な感じの冷感がある。


「おいっ、エヌマ、落ち着けっ! 敵は向こうだろうがっ!」


 俺は地面に転がった拳銃を指さした。


 タイジはあの銃に触れた瞬間、おかしくなった。

 すべての元凶は、あの銃だ。


 すると、俺とタイジを取り囲んでいた魔物が、一斉に銃の方に向かった。


 鬼神の鉄槌や、天使の剣撃、リッチの雷撃、効いてるのかどうかわからない霊体きりたんぽの突撃が、一丁の拳銃に向けて次々と降り注いでいる。


 そして、再び、超速思考が起動した。


『……ぬう。どうやら、我は我を失っておったようだ』


 ばつの悪そうなエヌマの声が、脳内に響く。


(そうだな。創造主を小僧扱いしてたしな)


 俺は、言霊に怒りを込めた。


『え、あ、……お? そうであったか? ピ、ピーピピー♪』


(口笛吹くな、こらあ!)


 こいつ、だんだん神性が薄れてきてやがる。

 俺の右眼を通して、ゆるい日本の日常を見てるせいか?


(で、こいつは……タイジは大丈夫なんだろうな?)


『無論だ。我が真名まなに賭けて保証する。それより、主よ、あの亡念を手に取れ』


(亡念? 拳銃のことか?)


『然り。彼奴きゃつはこれまでに相当の命を吸っておる。人の狂気と命を奪う快楽が亡念となった――血に狂った付喪神つくもがみだ』


 なるほど、付喪神か。


 確かに、百年以上前の銃だもんな。

 ありえる話だ。


(わかった。で、手に取ってどうする?)


『銃口を虚空に向けよ。あとは、我が彼奴を葬る』


 そう言うと、エヌマは再び沈黙した。


 世界に正常な時間が戻ってくる。


「タイジ、ちょっと、待ってろ」


 俺はそう言うと、地面に転がった銃――二十六年式拳銃を手に取った。


 そして、右手を大きく上げて、エヌマの言葉通り、銃口を天に向けた。


 その途端、銃の周りに、タイジたちに使った隷属の呪輪リングみたいなものが出現した。


 しかも、三層どころではない。


 十数層――複雑な紋様が刻まれた大量の呪輪が、銃を力でねじ伏せるようにぐるぐると回っている。


「ぐっ、ああ……くそ、痛てえ! エヌマっ、痛てえって!」


 銃を持った右手にガリガリと骨を削られるような痛みが走る。


 ぶしゅん、ぶしゅん――。


 湿った発射音に銃の方を見ると、銃口から断末魔のような何かが、天に向かって撃ち出されていた。


 この銃も、苦しんでやがるのか?


 ていうか、この構図!


 ま、まさか、エヌマのヤツ――。


 俺の右手ごと、こいつを隷属させようとしてませんか!?



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【あとがき】

お読みいただき、ありがとうございました。

かおるくんが想いの力で暗黒神を創ったように、持ち主の情念や行動が、物を悪い付喪神に変えるのかもしれませんね。


次回、第六話「え、見た? 見られた方じゃなくて?」


タイジとの間に芽生える新たな関係。

そして、ついに、かおるくんとみゆきちゃんの心が通じます。

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