第17話 学友の実力
「あの馬鹿達………正式に探索者になったのに変わってないの?」
「そうだな。むしろ、昔よりも酷くなっているんじゃないか? 一般の探索者を『野蛮』と呼ぶぐらいだしな」
「あぁ、もう………同じ『学園』出身なのが恥ずかしい………」
顔を覆い、項垂れるクラリスに俺は「本当にな」と同意の頷きをしながら、ナーラの肩を優しく叩く。
「で、昨日、電話でも話したんだがお前にはナーラを鍛えて欲しんだよ」
「あ~、そういえばそんなこと言ってたね。けど、どうして?」
「『武闘祭』でナーラがノーズ達と戦うことになりそうでな、勝つために実力をつけさせたいんだ」
「『武闘祭』………あぁ、あのお祭りね。何がどうなったら、ナーラちゃんが戦うことになるのよ?」
怪訝そうにこちらへジト目を送るクラリスに、俺は事情をかいつまんで話した。
「あの馬鹿達はぁ………………………」
再び大きなため息をつくとクラリスは立ち上がり、ナーラの横まで移動する。
「確認しておきたいんだけど、ナーラちゃんはその戦いに勝って、レオスが侮辱されたことを謝罪してもらいたいんだよね?」
「は、はい」
「こういってはなんだけど、あの馬鹿達が勝負に負けたとしても約束を守るとは限らない。それでもレオスの為に戦いたい?」
ノーズ達は性格がとにかく悪い。昨日の約束も所詮は口約束。彼らが守らない可能性は十二分にあり、クラリスも同じように考えたのだろう。
「はい、もちろんです‼」
それに対し、ナーラは即答。それでも戦うことを選んだ。
「どうしてかな? この筋肉しか取り柄のない奴のために戦うなんて、メリットがない気がするんだけど」
「おい、サラっと俺を貶すな」
「え、えっと、レオスさんは本当に良い人なんです。何も関わりがない私を助けてくれただけでなく、戦いのおける気持ちの持ち方も教えてくれました。だから、少しでも恩返しをしたいんです」
胸の前で拳をギュッと握り、クラリスを真正面から見つめるナーラ。
「ふふっ、そっか。よーっし、じゃあ、このクラリスお姉さんがナーラちゃんを鍛えてあげよう‼」
笑みを浮かべながら、クラリスはナーラの手を取る。
「善は急げって言うからね‼ 早速、やってみよう‼」
「ふ、ふぇええええ⁉」
そして、嵐か何かと見まがうほどの速度で二人―――、一人は強制的にだが―――部屋を出ていったので、俺はやれやれと肩をすくめながら、彼女達が向かったであろう場所へと移動するのだった。
「お~、やってるやってる~」
教会の敷地内に設けられた訓練場。主に呪いにかかった探索者がリハビリ目的で使うことの多い場所で、二人は魔法を撃ちあっていた。
「ほらほら~、そんなんじゃ私を動かすことは出来ないよ~」
「くっ…………」
片方は余裕そうに、もう片方は顔を僅かに歪めながら次々と強力な魔法を展開していく。当然、余裕そうにしているのがクラリスで、苦戦しているのがナーラだ。
「あっ、隙、見っけ」
魔法を展開するほんの一瞬に生まれた隙。クラリスはそれを見逃すことなく、速度に秀でた魔法でナーラを攻撃した。
「くぅ⁉」
意識外からの攻撃が直撃し、地面を転がっていくナーラ。少し距離を取り、立て直すナーラへ、クラリスは追撃せず自身の杖で肩を叩きながら話し続ける。
「魔法士はね、近接戦闘職よりも出来ることが多いの。だから、考える事がどうしても多くなってしまうんだよね~」
「考える、事、ですか?」
威力は控えめだったため軽傷で済んだナーラが腕で汚れた頬をこすりながら問いかける。
「攻撃、防御、補助。大きく分けると魔法士は三つのことが魔法で出来る。そして、その度に選択を強いられるんだよね」
そう言いながら、いくつも魔法を空中に待機させるクラリス。
「例えば、ここにあるのは全部、攻撃魔法だけど防御や補助にだって使えるんだよ」
こんな風にね。そう言いながら、クラリスが展開していた炎魔法を足元で爆発させる。次の瞬間、クラリスがナーラに肉薄し、至近距離から魔法を放とうとする。
「なっ………⁉」
あまりに一瞬の出来事すぎて、驚くナーラだったが反射的に防御魔法を展開し、攻撃を防ぐ。
「お返しです‼」
さらに、反撃とばかりに倍の数の魔法を展開し、一斉掃射。あらゆる属性の魔法攻撃を前にクラリスはその場で立ち止まり、手をかざす。
「ん~、甘くつけて三十点ってところから~」
そして、あらゆる属性の弾によって『壁』を作り出し、いとも簡単げに攻撃を防いでみせた。
「なっ、魔法の『壁』を作った⁉」
「驚くほどのものではないよ。これぐらいならナーラちゃんでも出来るからね~」
ニコニコと笑みと浮かべるクラリスに対し、「えぇ………」と困惑するナーラ。俺は苦笑しながら、パンパンと手を叩き、訓練を中断させる。
「クラリス、お前にとっては当たり前のことかもしれないが、一般的に考えるとそこそこ難しいことをやっているんだ。あまりナーラを困惑させないでくれ」
「お~う、一般という枠から最も外れた奴が何か言っているね~」
「お? やるのか?」
「やっちゃう?」
「お、お二人とも‼ バチバチにやり合おうとしないでください‼」
割と本気の顔で視線を交わしていた俺達をナーラが慌てた様子で止める。
「そ、それよりもクラリスさんの魔法‼ あれって《炎壁》とかではありませんよね?」
「うん、違うよ~」
「一瞬、弾のようなものが見えたのですが………」
「おっ、良い目をしてるね~」
そう言うと、
「ナーラちゃんが見た通り、さっきの壁たちはそれぞれの属性弾で作ったんだ~」
「魔法で違う魔法を再現した、ということでしょうか?」
「そそ、消費する魔力が少なくしたり、範囲攻撃の衝撃を分散させたり出来るんだよね~」
「そんなことが出来るなんて………」
「ナーラちゃんには才能があるからね‼ すぐに出来るようになるよ‼」
嬉々として告げるクラリスを不安そうな眼差しで見つめていたナーラはおずおずと、俺の方へと視線を移しながら尋ねてきた。
「私に出来るでしょうか………?」
「あぁ、ナーラなら出来るぞ」
「うぅ………」
自信なく唸るナーラ。頭を抱え、蹲る姿は庇護欲を掻き立てる小動物を彷彿とさせる。
「ねぇねぇ、脳筋」
「名前で呼べよ」
「ナーラちゃん、私に頂戴。あんな可愛い子を全身が筋肉で出来たような存在の傍に置いておかせるなんてもったいないでしょ?」
「だから、名前で呼べって」
「ねぇ~、頂戴よ~」
「無理な相談だな。欲しいなら本人を説得しろ」
「ぶ~ぶ~、調子に乗るなよ、筋肉~」
ていっていっ、と可愛らしい声で俺のお腹にパンチを放つクラリス。身体強化をかけているのだろう、地味に痛い。
「仕方がないだろ。さっきも言ったが、パーティーを組んでいるのはナーラの意志だ。本人の意志を無視してまで追い出せるわけがないだろ」
「いいな~、あんな可愛い子と一緒に『迷宮』に潜れて~。私も行きたい~」
「はいはい。今はお前の願望は置いといて、ナーラの指導をしてやってくれ」
そう言い、一人、黙々と魔法で魔法を再現するナーラの方を指差す。
「あそこまで真面目な姿を見せられたら、流石にほっておくわけにはいかないだろ?」
「あ~、あの真っすぐな目が眩しいよぉ………」
「お前も別に濁ってはいないだろ? なんなら、昔より眩しいぞ」
「………ま、それはそうだろうね。諦める気は全くないよ」
「知ってる」
ほんの少しだけ目尻を下げ、悲しそうな表情をするクラリス。しかし、すぐに快活な笑みを浮かべながらナーラへと駆け寄っていった。
「さ、ナーラちゃん‼ どんどん魔法を展開していこう‼ とりあえず、百個ぐらいは出してみようか‼」
「ひゃ、百個は無理ですよぉ………⁉」
「いけるいける‼」
「ふぇええええ⁉」
「ほどほどにな~」
慌てふためくナーラと鼻息荒く詰め寄るクラリスに軽く言葉をかけ、俺はその場を離れるのだった。
―――――――――
クラリスは普通に強いです。普通は出来ないことを簡単にやれちゃいます。
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