転生したら無自覚に世界最強になっていた件。周りは僕を崇めるけど、僕自身は今日も日雇い仕事を探しています。

藤宮かすみ

第1話「森で遭難、ついでに魔物をワンパン」

「……うぅん」


 目覚めると僕、星野悠は見知らぬ森の中にいた。


 ついさっきまで、山積みの仕事を片付けて会社を出て、横断歩道を渡っていたはずなのに。

 そう、確か青信号だったはずだ。

 それなのに、猛スピードで突っ込んできたトラックが……。


 そこまで思い出して、僕は自分の体を見下ろした。

 服は日本にいた時と同じスーツのままだが、どこにも怪我はない。


(夢……か? それにしては、土の匂いや木々のざわめきがリアルすぎる)


 立ち上がって周囲を見渡すが、三百六十度、どこを見ても木、木、木。

 完全に遭難である。

 おまけに、腹の虫が「グゥ~」と盛大に鳴いた。

 サラリーマンの悲しい性で、財布もスマホも持っていない。


「困ったなぁ……」


 途方に暮れて森をさまようこと数時間。

 もはや体力の限界、と思ったその時、道の向こうから馬車の列が見えた。


「す、すみませーん! 助けてくださーい!」


 僕は最後の力を振り絞って叫んだ。

 幸い、馬車は気づいて止まってくれた。

 護衛らしい屈強な男たちに警戒されつつも事情を話すと、どうやら商隊の人たちらしく、親切にも水と食料を分けてくれた。

 話を聞くと、ここは僕の知る日本ではなく、魔法や魔物が存在する異世界らしい。

 いわゆる、異世界転生というやつか。


「街まで乗せていってやるよ。あんた、運が良かったな」


 商隊のリーダーらしい恰幅のいいおじさん、ダリオスさんが笑う。

 本当にありがたい。このご恩はいつか必ず。


 そう思っていた矢先、事件は起きた。


『GYAAAAOOOOO!!!』


 獣の咆哮と共に、森の奥から巨大な猪のような魔物が飛び出してきた。

 体長は五メートルはあろうかという巨体。鋭い牙がこちらを向いている。


「ゴ、ゴブリンロードだ! 新人、構えろ!」


 護衛の人たちが一斉に剣を抜くが、その顔は青ざめていた。

 あれは、彼らにとっても相当な脅威なのだろう。


 僕を助けてくれた人たちが、今、困っている。

 僕のせいで足止めさせてしまったのかもしれない。


(何か僕にできることは……そうだ、気を引くくらいなら!)


 僕は護衛の前に飛び出し、魔物に向かって叫んだ。


「こ、こっちだぞー!」


 そして、助けたい、守りたいという一心で、なんとなく手を前にかざした。

 注意を引くための、ただのジェスチャーのつもりだった。


 その瞬間。


 僕の手のひらから、目も眩むほどの閃光が放たれた。


 ――ドゴォォォォンッ!!!


 凄まじい轟音と衝撃波が森を揺るがす。

 僕が目を開けると、目の前にあったはずのゴブリンロードは跡形もなく消え去っていた。

 その向こうの森は、まるで巨大なスプーンで抉られたかのように、直線状に木々がなぎ倒され大地が焦げついている。


「「「「「…………え?」」」」」


 商隊の全員が、口をあんぐりと開けて固まっていた。

 僕も、目の前の光景が信じられない。


「す、すげぇ……今の、一体……」


 護衛の一人が震える声でつぶやく。


 ダリオスさんが、恐る恐る僕に尋ねた。


「お、おい、あんた……今、何をしたんだ?」


「え? 何かって……手をかざして、こっちだぞーって……」


 僕がそう答えると、皆はさらに絶句した。


「まさか、詠唱もなしにあんな殲滅魔法を……!?」

「いや、ありえん! 伝説級の魔術師でも無理だ!」

「そもそも、あの威力は戦略級だぞ……!」


 何やら難しい言葉が飛び交っているが、僕にはさっぱりだ。


(もしかして、僕が何かしたと思われてる? いやいや、そんなはずない。きっと、たまたまタイミングよく、どこかのすごい魔法使いが助けてくれたんだ。うん、きっとそうだ)


「い、いや、僕じゃないですよ! 運が良かっただけです!」


 僕は必死に首を横に振った。

 しかし、商隊の人たちの僕を見る目は、もはや恐怖と畏怖が入り混じったものに変わっていた。


 その後、僕らは自由都市ヴァルアに向かうことになった。

 護衛の人たちはなぜか僕に対してものすごく腰が低くなり、「悠様、何かお困りのことは?」と聞いてくるようになった。

 僕はただ、人の親切に甘えるだけのしがない元サラリーマンなのに。


 どうやら僕は、異世界に来て早々、何かとんでもない勘違いをされてしまったらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る