第5話 ざまぁ
アコロを追放してから、どれくらい経っただろう。
半年——いや、もう少し経っていたかもしれない。
季節がひとつ巡るだけで、王都の景色はずいぶん変わった。
街には魔力石が溢れていた。
道を照らす灯りも、荷車を引く動力も、
果ては井戸の水汲みまでが魔力石で自動化された。
「魔力石革命」なんて言葉が新聞に躍り、
人々はそれを喜び、賞賛していた。
俺はただ、便利になったとしか思っていなかった。
誰もが幸せそうだったから。
魔力石が日常を変えていくのを、まるで神の恵みのように感じていた。
——あのアコロが関わっているなんて、思いもしなかった。
魔力石は本来、ただの「魔力供給媒体」だ。
エネルギーを通すだけの無機質な石。
だがこの半年、王国の技術者たちはそれを“進化”させた。
経験値の送受信、転送、果ては戦闘支援システムまで。
Sランク冒険者には「魔力石防具」や「魔力剣」が無償で支給され、
俺も当然のようにそれを受け取った。
軽く、丈夫で、威力も上がる。
まるで夢のような時代の訪れ。
——そう信じて疑わなかった。
そして、王国最大の儀式の日が来た。
「聖剣抜刀祭」。
千年の歴史を誇る祭典。
過去、幾多の勇者たちが“聖剣”を引き抜き、
魔王を討伐してきた。
神に選ばれし者のみがその剣を扱うことができる——。
俺は、その「次代勇者候補1位」だった。
誰もが認める勇者の系譜。
そしてSランク冒険者。
名実ともに、俺が抜刀することに誰も疑いを持たなかった。
王都中央広場。
神殿前には万を超える民衆が集まり、
聖なる鐘が鳴り響く。
純白の階段を上がりながら、
俺はこれまでの道を思い返していた。
仲間と過ごした日々。
勝利と敗北。
努力と誇り。
全てを、この瞬間に捧げるつもりだった。
「神の御前に立ち、魔王討伐の覚悟を示せ。」
司教の声が響く。
俺は深呼吸をして、
黄金の台座に立つ“聖剣”へと手を伸ばした。
その刹那——。
ゴゴゴゴ……と、空気が震えた。
「……引き抜く!」
両手に力を込める。
神聖な光が溢れ、周囲の空気が震えた。
民衆の歓声が上がる。
だが次の瞬間、音がした。
——ボロッ。
え?
手の中で、聖剣の刀身が崩れた。
粉々に砕け、まるで砂のように散っていく。
「な……っ!」
俺が叫ぶよりも早く、青い炎が剣を包み、
「カーン……タァーン……」と鈍い音を響かせながら、
その全てが燃え尽きた。
炎は神殿の床を舐め、空へ昇り、跡形もなく消えた。
残ったのは、折れた柄だけ。
沈黙。
数秒後、群衆がざわついた。
「な……なんだ今のは?」
「聖剣が……燃えた……?」
「不吉だ!」
「悪魔だ……!」
「悪魔が触れたんだ!!」
次々と罵声が飛ぶ。
俺は理解が追いつかず、立ち尽くした。
(ちがう……違う……何かの間違いだ……!)
だが、司教の声がそれを断ち切った。
「——静まれ。」
杖を掲げ、堂々と群衆を見渡す。
その目は冷たく、そして決定的だった。
「聖剣は、悪魔が触れた時のみ燃え滅ぶ。
これは千年前からの神託。
ゆえに、この者——ニッチは、悪魔の眷属に他ならぬ!」
「なっ……!」
抗議の声を上げる間もなく、兵士たちが一斉に剣を抜いた。
観衆は狂気のように叫ぶ。
「悪魔だ! 殺せ!」
「燃やせ!」
「千年の聖剣を壊した罪人だ!」
視界が揺れる。
息が詰まる。
誰か、信じてくれ。
俺は——違うんだ。
「俺は……悪魔なんかじゃない!!」
叫びは虚空に吸い込まれた。
兵士たちが取り囲み、剣の切っ先を突きつける。
その時だった。
——コツ、コツ、コツ。
金属の靴音が石畳に響く。
ざわつく人々がその音に振り返る。
そこに立っていたのは——。
「……アコロ。」
半年ぶりに見る顔。
以前よりも整った装い、背には豪奢なローブ。
その胸には、王国魔導院の紋章が刻まれていた。
民衆の中から「アコロ様だ!」という声が上がる。
まるで英雄を迎えるような歓声。
アコロは穏やかな笑みを浮かべ、ゆっくりと壇上に上がってきた。
「みなさん、どうか落ち着いてください。」
その声は優しく、温かく響いた。
人々の罵声が静まる。
アコロは俺の方へ視線を向け、
「この悪魔を、許してあげましょう」と微笑んだ。
——え?
「大丈夫です。聖剣は……治りますから。」
そう言うと、アコロは天に手を掲げた。
次の瞬間、
空が裂け、眩い光が降り注ぐ。
「神の扉が……!」
「まさか奇跡を……!」
雷鳴が轟き、
空から一筋の雷が地へと落ちた。
その光が折れた聖剣の柄を貫き、
燃え尽きたはずの剣が再び形を取り戻す。
かつてよりも輝きを増し、青白い光を放っていた。
群衆は歓喜に沸いた。
「聖剣が戻った!」
「アコロ様が救ったんだ!」
「神に選ばれし人だ!」
俺はただ、その光景を見つめるしかなかった。
アコロはゆっくりと俺の方を振り返り、
穏やかな笑みのまま——口を開いた。
「この哀れな悪魔を……魔界へと追放してあげましょう。」
その言葉が、
俺の心を凍らせた。
「は? な……何を言って——俺は悪魔じゃ……!」
抵抗する俺の頬を、兵士の拳が打ち抜いた。
視界が歪む。
耳鳴り。
遠ざかる歓声。
最後の意識の中で、
アコロの顔が見えた。
あの穏やかだった笑みは、もうなかった。
——そこにあったのは、愉悦に満ちた歪んだ笑み。
そして、唇がゆっくりと動いた。
「追放だ。」
その一言が、
脳に焼き付いたまま離れない。
---
気づけば俺は暗闇の中にいた。
冷たい鎖が体を縛り、
目の前には黒く渦巻く裂け目。
魔界——。
人の理が通じぬ、絶望の地。
誰もが恐れるその場所へ、俺は“送られた”。
抵抗も、言葉も、何一つ許されずに。
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