夏の魔法 ～俺と彼女と、すれ違った世界～

プロローグ 夏を迎える前に

第1話 三月おわりの、はじまりの日

　起きたら俺、川崎孝昭の記憶が二種類あった。その上、魔法が使えるようにもなっていた。

　昨日までは、そんな記憶や魔法なんてなかった。それこそ小説とか漫画、あるいは一部のおかしな人の頭の中にしか。

　しかし同時に、俺は現実を理解してもいる。

　僕だけではない。ネットによればかなりの人がそうなっている様だ。少なくとも掲示板の書き込みでは。まだ一般のニュースにはなっていないけれども。

　記憶の一つは魔法がなく、科学技術で発達した二十一世紀の日本で過ごした記憶。

　もう一つは科学技術もそこそこ発達しているが、魔法があり、魔獣が出現する水瓶座時代の日本で過ごしてきた記憶。

　魔法がない記憶がメインで、魔法がある記憶は意識しないと思い出せないけれど。

　俺の外見、名前、住んでいる家、通おうとしている学校、付近の街。その全ては二十一世紀日本のまま。そこに魔法世界で過ごしてきた記憶や知識が『こういう記憶もあるよな』という形で薄くのっている形だ。

　学校でも行っていれば、現実に他の人もそうなっているかどうか、割合的にどれくらいの人がそうなっているかが少しはわかるだろう。

　しかし今は三月末。そして俺は十五歳でこの前中学校を卒業したばかり。高校に入学するまでの間、学校は無い。

　そして新しい高校へ行くのは、正直かなり憂鬱だ。

　俺は地元を離れたかった。この地元が嫌いだからだ。正直この辺の雰囲気には、もううんざりしている。中学校なんか、まさに掃きだめ状態だったし。

　俺の通った市立の中学校は、県営団地と旧市街地の合間にある。市内でも一番レベルが低く荒れている学校。

　マイルドヤンキーなんて言葉がある。でも俺が通った中学校は、時代遅れのマイルドではないヤンキーが主流だった。

　勉強なにそれ大学なんだそれ。全員部活必須で、部活で地区優勝なんてのがもてはやされる。全国的に見れば全然大した事はないのに。

　しかも部活は、ごく一部を除けば運動部ばかり。脳筋養成所かよここはと言いたくなる状態。仕方なく興味が無い美術部に在籍していたけれど。

　そんな感じで、中学は間違いなく嫌いだった。

　でもそれだけではない。俺はこの街そのものが嫌いなのだ。街の雰囲気とか、住んでいる住民の雰囲気とか、とにかく全部が。

　正直なところ何故そこまで嫌いなのか、あまりよくわからない。何か理由があったような気もする。

　それでも思い出す気は無い。意識するだけで嫌になる、それくらいに嫌いなのだ。

　だから通うのには少し遠い、都内にある私立の進学校を第一希望、第二希望とした。しかし残念ながらどちらも見事に落ちた。

　残ったのは公立の、この付近では一応はトップ校。でも俺の家からは、自転車で数分で通えてしまう高校。

　そんな訳で高校では、この地元を脱出することは出来なかった。

　確かに学力の足切りがあるだけ、中学よりましではあるかもしれない。それでも優秀とは言え、同じ中学から十人くらいは行く学校。雰囲気もおそらくはきっと地元志向。俺としてはもう勘弁してくれという感じだ。

　進学実績を見ても何だかなと思ってしまう。ごくごく数名のごく優秀なのをのぞいて、メインは付近の適当な大学。割と優秀な部類でも県内の国立大学。古い親父なんかが駅弁大学と呼んでいたというアレだ。

　大学に行かずに地元公務員というのも結構いる。そんなに地元志向が強いのかよと思うと、もう入学前から期待薄だ。

　これがメインの方、つまり二十一世紀の日本、東京近郊の通勤限界圏に位置する住宅地に住む、俺の現状であり記憶だ。

　そんな俺に比べると、もう一人の方の記憶はかなり違う。遠く離れた場所にある、中高一貫で寮付きの学校にいたようだ。

　普通に暮らしている限り、何となくしか思い出せないけれど。

　そちらの方の記憶もあるから、一応魔法らしき物は使える。

　勿論安全に試す場所が無いから、実力をフルに確認なんて出来ない。しかし電気無しで部屋を明るくするとか、コップの中に水を出すなんて事は出来た。更に試験問題を解いた後、ケアレスミスを発見するなんて事まで。

　この魔法がもう少し早く、せめて私立の試験日までに発揮できていたら……

　そう思っても仕方ない。現実は現実なのだ。つまらない方の現実が主であったとしても。

　窓の外は一昨日や昨日と変わらない風景。つまりは二十一世紀日本のままだ。

　どうせなら外の世界も明らかに重なっていれば少しは面白くもなっただろうに。そう思うのは不謹慎なのだろうか。

　それにしても、一体何が起きているのだろう。

　現実にはまだ、目に見える変化はない。

　どうせ面白くない世界なら、思い切りよく変わってくれればいいのに。そうでなければいっそ、壊れてしまえばいい。極論だとはわかっているけれど。

　俺は小さくため息をついて、窓の外を見る。まだ変化が無さそうな世界を……