第15話 すれ違いの涙

 ――まずい。

 白瀬さんが、固まっている。

 僕の隣にいる水野さんを見たまま、動かない。

 須藤さんも有村さんも、白瀬さんの様子がおかしいことに気づいている。

 この空気を、誰かが破らないと――

 

「お! 白瀬さんじゃないか、最近よく来るね。嬉しいよ」


 店長が、明るく声をかけた。

 でも――白瀬さんの表情は、変わらない。

 

「あ、はい――店長、また新しい子雇ったんですか?」


 白瀬さんが作り笑顔で、言葉を震わせながら言う。

 動揺している。

 両隣にいる有村さんや須藤さんも、それに気づいているようだ。


「そうだよ、この子は水野さん。水野さん、こちらは前ここで働いていた白瀬さん」


 店長はそう言って、水野さんに白瀬さんを紹介した。

 そして、水野さんは笑顔を崩さずに言う。


「この前お会いしましたよね! 私は水野愛莉と言います! 蓮くんとは中学からの同級生なんです!」


「そ、そうなんだ...ハハッ...」


 白瀬さんは笑おうとしたが、その笑顔は引きつっていた。

 顔色が、目に見えて悪くなる。

 そして、白瀬さんは僕や店長、水野さんと目を合わせることなく、ただ立ち尽くしている。


「さ、紗良?」


 有村さんが心配そうに声をかける。

 須藤さんも、白瀬さんの肩に手を置いた。


「...店長、席、案内してもらえますか」


 白瀬さんは弱々しく手を挙げた。

 それを見た店長は困惑しながらも、彼女たちを席へと案内する。


「白瀬さん……」


 僕は、席についた白瀬さんを見送る。

 ――やっぱり、おかしい。

 この前から、ずっと様子がおかしい。

 僕、何かしたのかな...


 ※


 それから15分ほど経った頃。

 僕は、白瀬さんたちの席にお冷を運んだ。


「こちらお冷です」


 そっとグラスを置く。


「サンキュ! 有馬っち!」


「ありがと」


 須藤さんや有村さんは、いつも通りの様子で言う。

 しかし、白瀬さんだけが明らかに違っていた。


「……ありがと、有馬っち」


 小さな声。

 目を合わせてくれない。

 このパターン、この様子……絶対に僕が何かやらかした感じがする!

 そう思ってしまうと、原因を探してしまう。

 えーっと、先週の土曜日から少し変な感じがしてた……

 でも、水野さんと出会う前までは普通だった。

 ――ということは、原因は水野さん!?

 僕は作り笑顔を保ったまま、厨房へと戻る。


 ※


 なんでだ?!

 仮に原因が水野さんだとして、どうしてあんな風になるんだ!?

 変な疑問に頭を抱えていると、水野さんが僕の前に立った。


「あの〜、蓮くん」


「は、はい!?」


「店長から、仕事内容は蓮くんから教えてもらうように言われたんだけど……」


 あぶない、完全に忘れていた……。

 僕は「ごめん」と言って、立ち上がった。

 なんとしてでも明日――いや、今日。

 白瀬さんの元気を取り戻さないと!

 胸に決意を秘め、僕は水野さんにレジ操作や料理の運び方を教えた。


 ※


 そう志したのは良かったけど――

 いつも話しかけてくれる白瀬さんが、全く話しかけて来ないんだが!?

 絶対に僕が何かしてる……どうしよう。

 どうしようもない悩みを休憩室で抱えていた時、


「蓮くん、少しいいかな?」


 そこに現れたのは水野さんだった。


「なんか、蓮くん元気ないね?」


「……大丈夫です」


 水野さんが何かを察したような顔で、僕の隣に座る。


「さっきの白瀬さんのこと?」


「――ッ」


「図星だね? 分かりやすいよ、蓮くんは」


 まるで僕をからかうように微笑む。

 そして、水野さんは僕の顔を覗き込むように見た。


「白瀬さん、すごく綺麗な人だね」


「……はい」

 

「白瀬さん、すごく綺麗な人だね」


「――はい」


 白瀬さんの顔が、自然と浮かぶ。

 銀色の髪。

 青灰色の瞳。

 笑った時の、少し意地悪そうな表情。

 全部、好きだ。


「あ、やっぱり好きなんだ」


「――ッ!?」


 頬が、一気に熱くなる。

 水野さんに、バレてた。


「ごめんごめん、別にからかってるわけじゃなくて」


 水野さんが、優しく笑う。


「でも、蓮くんが白瀬さんを見てる時、

 いつも優しい目をしてるもん」


「そ、そんなに…分かりやすいですか?」


「うん。すごく、分かりやすい」


 ――恥ずかしい。

 でも、嬉しい。

 僕の想いは、白瀬さんに届いてるのかな。

 

「ねぇ、蓮くん」


「はい」


「私ね、中学の時から蓮くんのこと、

 ちょっとだけ気になってたんだ」


「――ッ!?」


「でもね、今日何となく分かった。

 蓮くんには、大切な人がいるんだなって」


「水野さん……」


「私、ずっと応援してるから。蓮くんのこと。

 だって、蓮くんが幸せそうにしてるの、見てたいから」


「ありがとうございます……」


「うん。でもね、一つだけ言わせて」


 水野さんが真剣な視線を僕に送る。


「白瀬さん、さっきすごく悲しそうな顔をしてた」


 分かってる。

 そんなこと、僕にだって分かる……

 でも、どうすれば?

 何も言えない自分の未熟さが、辛い。


「蓮くんのこと、好きなんじゃないかな?」


「――ッ! そ、そんな……」


「女の子には分かるんだよ。

 白瀬さん、私たちが話してるのを見て、

 すごく辛そうだった――

 だから、ちゃんと話した方がいいよ。

 誤解されたままだと、もったいないから」

 

 水野さんが立ち上がり、僕に手を差し伸べる。


「...ありがとう」


 水野さんの言葉が、胸に染みる。

 ――白瀬さん。

 話さないと。

 ちゃんと、説明しないと。


 ※


「ねぇ、紗良〜。まだ食べないの?」


 香澄が、私のハンバーグを見て言う。

 ハンバーグが来てから、どれくらい経ったんだろう。 

 私、絶対みんなに失礼なことしてる……

 新しく入ってきた水野さんという人。

 すごく可愛い人だった。

 そんな可愛い人と、有馬っちがあの時、親しげに話していた時――

 変な、胸の苦しさがあった。


「紗良、気分悪いなら無理しなくていいよ」


 奏も香澄も、私を心配してる。

 早く、みんなの「紗良」を演じないと……。


「ごめん、ちょっとお手洗いに行ってくる」


 私は彼女たちに言って、席を立った。

 苦しい……

 いつも簡単に演じてきた「紗良」が、上手くできない。

 ――平気。

 私、全然平気。

 有馬っちが誰とLINEしようが、関係ない。

 ...関係ない、はず。

 ――嘘。

 すごく、気になる。

 でも、気にしてないフリしないと。

 いつも通り、明るくいないと。

 それが、私だから。

 急ぎ足で廊下を歩いていた時だった。


「私ね、中学の時から、蓮くんのこと、

 ちょっと気になってたんだ」


「――ッ!」


 スタッフの休憩室から、突然聞こえた声。

 私の足が止まり、思わず声が出そうになる。

 水野さんの声だ。


「蓮くんが幸せそうにしてるの、見てたいから」


 休憩室から聞こえてくるのは、水野さんの優しい声。


「……ありがとうございます」


 そして、その後に聞こえてきた有馬っちの声。


「――」


 足が動かなかった。

 ただ、その場で立ち尽くしていた。

 ――水野さん、有馬っちのこと……好きなんだ。

 中学の時から。

 で、有馬っちは……?

 "ありがとうございます"って、あんな優しい声で……。

 そっか。

 有馬っちも、水野さんのこと――。

 棒立ちしていると、再び二人の会話が聞こえてくる。


「白瀬さん、私たちが話してるのを見て、

 すごく辛そうだった」


「――」


 胸が、また苦しくなってきた。

 息遣いが、だんだん荒くなってくる。

 ――見られてた……

 私が辛そうな顔をしてるところ。

 ...バレてたんだ。

 恥ずかしい。

 情けない。

 みじめ。

 有馬っちには、好きな人がいて。

 それなのに、私――


「……もういい」


 私は、その場から足早に去った。


 ※


 重い足取りで席に戻ると、香澄が私を見て驚いている。


「おかえり。……泣いてる?」


 香澄が心配そうな声で言うと、隣にいた奏も驚いていた。

 ――なんで。

 なんで……私を演じられないの?

 なんで、この苦しさが消えないの?

 頬を伝う涙に、ようやく気づいた。

 私は「紗良」を演じるため、外の空気を吸いに外へ出た。

 フラフラとしながら、建物の壁に寄りかかる。


「バカみたい、私……もう自分が分からなくなってきた」


 顔を手で覆い、溢れ出る涙を隠す。

 胸が、まだ苦しい。

 私は、この感情の名前を知ってる……

 でも、それを認めたら――

 私は、有馬っちのこと――


「白瀬さん!」


「――ッ!」


 覆っていた手を、開く。

 涙で歪んだ視界。

 でも――

 そこに立っていた彼だけは、はっきり見えた。


「有馬っち……」


 なんで。

 なんで、ここにいるの。

 水野さんと一緒にいたんじゃ――


「少し、話しませんか!」


 有馬っちの必死な顔。

 息を切らして、私を見つめている。

 ――どうして。

 どうして、そんな顔をするの。


「わ、私……」


 言葉が、出てこない。

 でも――

 有馬っちは、私の答えを待っている。

 必死に、私だけを見ている。

 ――ずるい。

 そんな顔されたら、断れない。


「……話、聞きます」


 小さく、頷いた。

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