第8話「芽生えた想い、結ばれた魂」
柔らかなシーツの感触と、微かに香るアシュトの匂いに包まれて、俺は目を覚ました。
どうやら儀式の後、彼の寝室に運ばれたらしい。
隣を見ると、アシュトが穏やかな顔で眠っていた。
彫刻のように整った彼の寝顔を、こんなに近くで見るのは初めてだ。
『綺麗だな……』
思わず、その銀色の前髪にそっと触れる。
すると、彼がゆっくりとまぶたを開けた。
目が合うと、アシュトは優しい手つきで俺の頬を撫でる。
「……目が覚めたか」
「はい。あの、俺……」
昨夜の出来事が一気に蘇り、顔に熱が集まるのがわかった。
儀式とはいえ、あんなに濃厚に触れ合ったのだ。恥ずかしくないわけがない。
「体は、大丈夫か」
「はい。なんだか、力がみなぎっているような気がします」
実際に、体内には今まで感じたことのないほどの力が満ち溢れていた。
これがアシュトの魔力。彼と俺が、深く繋がった証だ。
アシュトは安心したように微笑むと、俺の体をそっと抱き寄せた。
彼の胸に顔を埋める形になり、心臓の音がすぐ近くで聞こえる。
「ユキ」
耳元で名前を呼ばれ、体が甘く痺れた。
「昨夜は、驚かせたな。だが、私の気持ちに嘘はない」
「……俺も、です」
俺は彼の胸に顔をうずめたまま、小さな声で答えた。
「俺も、アシュト様のことが……好き、です」
ずっと胸の中にあった想いを言葉にすると、全身が熱くなった。
でも、それ以上に心が軽くなるのを感じた。
俺の告白に、アシュトは一瞬息をのみ、そして壊れ物を扱うかのように優しく、しかし力強く俺を抱きしめた。
「……そうか」
彼の声は、喜びでわずかに震えているように聞こえた。
「永い時の中で、このような感情を知る日が来るとは思ってもみなかった」
彼は、俺の髪に顔を埋めるようにして深く息を吸い込む。
「お前が私のものになったというのなら、私もお前のものだ。この命も、魂も、全てお前に捧げよう」
その言葉はどんな甘い愛の言葉よりも、深く俺の心に響いた。
俺たちはもう、ただの魔王と人間ではない。
魂で結ばれた、唯一無二の番なのだ。
唇が自然に重なり合う。
昨夜の儀式のように激しいものではなく、互いの想いを確かめ合うような優しくて温かいキスだった。
その日以来、俺たちの関係はより一層深いものになった。
俺は正式に領主代行として、魔王領の再建を指揮することになった。
進化したスキル【慈愛の奇跡】は以前とは比べ物にならないほど強力で、広範囲の大地を一度に蘇らせることができるようになっていた。
魔族たちは俺とアシュトの関係をすぐに察し、祝福してくれた。
彼らにとって、永い間孤独だった王が幸せになることは何よりの喜びだったのだろう。
俺は「聖なる運び手様」から「ユキ様」と呼ばれるようになり、名実ともにこの領地のもう一人の主として認められた。
アシュトは公の場では威厳ある魔王として振る舞っていたが、二人きりになると独占欲と愛情を隠そうともしなくなった。
仕事中にそっと手を握ってきたり、後ろから抱きしめてきたり。
その度に俺は顔を真っ赤にしたが、彼の愛情表現が嬉しくないわけがなかった。
「ユキ、少し休憩しないか」
「でも、まだ今日の作業が……」
「お前が働きすぎると、私が心配で仕事にならん」
そう言って、彼は俺を半ば強引に執務室のソファに座らせ、自ら淹れたハーブティーを差し出してくる。
その過保護ぶりには少し呆れるが、彼の瞳が心から俺を案じているのがわかるから何も言えなくなってしまう。
「……美味しいです」
「そうか。お前が作ったハーブだからな」
当たり前のようにそう言って微笑むアシュト。
こんな穏やかな日常が、ずっと続けばいい。心の底からそう願っていた。
俺たちの努力の甲斐あって、魔王領は目覚ましい発展を遂げていた。
荒野は緑豊かな大地に変わり、町には活気が溢れ、魔族たちの生活は驚くほど豊かになった。
もはや、かつての荒廃した領地の面影はどこにもない。
幸せな日々。
だが、俺の心の片隅には常に小さな不安が巣食っていた。
それは、俺を捨てたカイたちのことだ。
彼らは今、どうしているのだろう。
魔王討伐に失敗した勇者パーティーが、世間からどう見られているのか。
俺は時々、そんなことを考えてしまう。
もう会うこともないはずだ。俺の居場所は、ここなのだから。
そう自分に言い聞かせる。
しかし、運命は俺に安息の時間を与えてはくれなかった。
その知らせがもたらされたのは、領地がすっかり冬支度を終えた、ある晴れた日のことだった。
「申し上げます! アシュト様、ユキ様!」
血相を変えた見張りの兵士が、執務室に駆け込んできた。
「領地の境界線に、多数の軍勢が……! 人間たちの連合軍です!」
「なんだと?」
アシュトが鋭い声で聞き返す。
俺も、思わず息をのんだ。人間たちの連合軍? なぜ、今になって?
兵士は、震える声で報告を続けた。
「軍を率いているのは……かつての勇者、カイと名乗る男です!」
その名を聞いた瞬間、俺の血の気がさっと引いていくのがわかった。
カイ。
忘れたくても忘れられない、俺の心を絶望の底に突き落とした男。
彼が、なぜ。
俺の隣で、アシュトの纏う空気が氷のように冷たくなるのを感じた。
「……何の用だ。今更、私の至宝を奪いにでも来たか」
彼の低い声には静かだが、底知れない怒りが宿っていた。
穏やかだった日々は、突如として終わりを告げた。
黒い雲が、俺たちの幸せな楽園を覆い尽くそうとしていた。
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