第6話 「獣」に成り果てる

「薬が効かなくなってきたのかもしれません!」


「…そうか」


 そういうとセルシは立ち上がり、腰に付けている短剣を引き抜くと…


 ーーーガンッ!!


「あ”ッ!?」


「おいッ!?」


 短剣の柄の部分で勢いよく少女の頭を殴りつけたのだ。少女から力がガクンと抜け落ち、深い眠りについた。


「落ち着け、仮死魔法をかけた」


 魔法というより物理攻撃では?と言おうとしたがやめておこう。


「しかし薬が足りません…彼女は『堕ちた獣ビーステッド』になってしまいます」


「なん…だって!?」


「ここを見てください」


 ミークが少女の体を少し起こして頸を指差す、そこにはちょうど大人程度の大きさの歯形がくっきりと残っていた。血は出ていないが歯形の部分から肌が紫色に変色し、少しずつ全身に広がり続けているように見える。


「この傷口から病が侵食しています…彼女の場合進行は遅いですが放っておいたら激しい頭痛と悪寒、吐き気と激しい飢餓感を起こしてゆくゆくは…」


「これでも彼女は大分耐性がある方だ、耐性のない奴は1時間もしない内に変異するからな…だが時間の問題だ」


「…どうしたらいいんだ?」


「…唯一『秘薬草』という薬草で完治した事例は数多くあるんですが…」


「じゃあその薬草を持ってこればいいんだな!」


「それが足りないからシオンさん達はそれの調達のために今回の遠征に行ってたんです」


「そんな!」


 つまりここには無いという事だ。


「入るぞ」


 後ろから鉄の重音を響かせながら扉を潜ってくるドリアの姿、見るのは2度目だがやはり威圧感がすごい。


「状態は…もって二日と言う所か」


「はい…」


「…そうか…惜しいな」


「は?」


「え…?」


 突然の言葉に思わず耳を疑う。今の発言、「切り捨てる」つもりのやつが言う言葉だ。


「日の出までにトドメを刺しておけ」


「なんで…なんでもう既に死ぬの確定みたいに言ってんだよ…?」


「次の調達遠征は5日後だからだ」


「そ、そんなの早めればいいだけじゃねぇか!」


「そんなのだと?」


 ーーダァンッ!


 アイザックの顔の横を鉄骨のような厚い腕が突き刺さる、壁にめり込みパラパラと砂ぼこりが頭上から舞い落ちる。


「魔法使いの出没により被害が出た。今ここにいるメンバーでは誰も太刀打ちできない、しばらくの間獲物を探して居座るだろう、魔法使いが街を離れるまでは息を潜めるしかないんだ、それともお前が行くか?」


「…それは」


「戦士たちにも休息が必要だ、今回の遠征でトラウマを抱えた者もいる、人手も足りない、彼女には申し訳ないが仕方のない事なんだよ」


「…….」


「私も残念に思う、彼女は強かった、だが彼女が『堕ちた獣ビーステッド』になればその強さがそのまま我々の脅威になる、彼女も望んではいないだろう。」


 …何も言い返せない、本当に何もできないのか?このまま彼女を見殺しにするのか?


「…人手が足りないって言ったよな」


「あぁ言ったな」


「…俺が…この子の代わりを務めるって言ったら?」


「…は?」


 ーーーできない。


 自分の命を救った彼女を見殺しにするなんてアイザックはできない。このまま見殺しにして、見て見ぬ振りをしていれば楽なのかもしれない、しかし…


「…俺はこの子に助けられた、だから俺はこの子をみすみす見殺しになんてできねぇよ!」


 自分に何ができるかなんて、考える時間なんてない。グズグズ悩んでる間に、もしあの女の子が死んでしまったら…そんな後悔を抱えるなんて、絶対に耐えられない。


「俺も賛成だ」


 アイザックに賛同したのはセルシ=アルバイエンだった。


「こいつ程『堕ちた獣ビーステッド』に臆せず立ち向かえる戦士はそうはいない、さらに人望もある。そんな戦力をここで切り捨てたら後々作戦に影響が出るだろう」


「では魔法使いはどうする?あの一騎当千の勇者一行の1人は」


「おいおい、ここにいるだろ、その勇者一行と唯一渡り合える奴がここに」


「…あぁ…そうだったな」


 セルシ=アルバイエンは魔王軍幹部の1人、勇者達と互角の戦いを繰り広げた豪傑の1人なのだ。


「俺とこいつ、そして志願者のみの調達遠征だ、体力に余裕があるやつだけ連れて行けばいい、薬を取ってくるだけなんだろ、目的が一つしかないならそれ程時間はかからない」


「もし集まらなかったら?」


「その時は2人だけでも行くさ」


「あ…あの…」


 か細い声でミークが手を上げる、微かにその手は震えている。


「さ、3人です…私も連れてってください…」


「ミーク、お前大丈夫なのか?」


「こ…この人には恩がありますので…怖いけど…お役に立てると思います…」


「ミーク…ありがとう」


「と言うことだ」


「…」


 しばしの沈黙が流れた後、バツの悪そうな態度でドリアが口を開く。


「わかった、明日だ、しかし私も行く、準備をしておけ」


「ドリア!!」


 礼を言う前にドリアが部屋から出ていってしまった、しかしこれで方針は決まったようなものだ。


「もう手遅れだが…一応聞いておく、本当に行く気か?」


「あぁ、俺はこの子に命を救われたからな、今度は俺が救う番だ」


「その割には足が震えてるぞ」


「…あ」


「はぁ…」


 セルシは静かにため息をつく。当然だろう、あれだけの啖呵を切った男が今になって怖気付くなど恥もいいところだ、セルシから見たアイザックはさぞ頼りないだろう。


「…1日、志願者を集めるのに半日かけるとしても時間はある、それまでに必要最低限の訓練はしてやろう」


「ほんとか!?」


「ミーク、お前も付き合え」


「きょ…強制ですか〜?」


「当たり前だこの引き篭もり魔女」


「ひぃぃ…頑張ります〜」


 こうしてアイザックはセルシから必要最低限の事を教わった。受け身の取り方、攻撃の見切り方、ナイフの使い方、火の起こし方など本当に必要最低限のものを。


 ーーーガツン!


「ゲバァ!!」


「また受け身が取れていない、あと20回空中に巻き上げるから慣れろ、後数時間もないぞ」


「ひ、ひぃぃぃ!!」


「体を捻って背中で受けろ、ひたすら転がれ。あ?攻撃の術?無駄、お前らじゃ付け焼き刃にもならん、さぁ行くぞ」


「ま、まっでぇ!!ちょっと休憩をーー!!」


「ひぃぃ!!」


 ーーーふわっ


「あ」


 セルシの魔法によって高く巻き上げられ、地面に叩きつけられるーーーーー顔面から。


 こうして約半日に及ぶセルシの戦闘訓練は終了し、志願者招集までの間アイザックとミークは寝て(というより気絶して)過ごすことになる。


「アイザックさん…体動きますかぁ…?」


「全く」


「私もですぅ〜」


「…ミーク」


「はぃ…?」


「絶対生きて帰って、あの子救おうな」


「…はい!」


 しかしこの訓練は決して無駄ではない、この経験と痛みはアイザックとミークのだらけきった肉体を叩き起こし着実に強くしていっているのだが、当時の2人は気付くことはなかった。


 そしてついに調達遠征の日がやって来た。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「無理ぃぃぃぃ嫌ですぅぅ!!やっぱ無理ぃぃいいいい!!」


「マジかこいつ!!こいつマジかよ!!」


「こいつはそういうやつだよ」


 あの決意はなんだったのだろうか、集合の時間になっても来ないので様子を見に来たらご覧の有り様。ベッドの下から出てこない、全力で引っ張ってもびくともしない、その怪力はどこから出せるのだろうか。


「お前昨日…ついこの前一緒に頑張ろうって言ったばっかじゃねぇーかあぁぁああッ!」


「いってないぃぃぃ!言ってないですもぉぉんんん!!」


 ついに始まる調達遠征、はたして2人は生きて帰れるのか。


 そしてその日の夜、徐々に更なる脅威が近づいている事をこの時誰も知る由も無かった。

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