第11話、新しい仲間

 宿の部屋はあまり広くは無いけれど、備え付けのベッドがあり、鍵付きのキャビネットと小さなテーブルがあった。確かにベッドで二人寝るにはキツそうだな。それでも、僕と小柄なニヤとだったら二人で寝れそうだと思っていると。ニヤはそそくさと床の上に座ってジッとしている。


「どうしたのニヤ?」


 ニヤは部屋の入り口の前で正座して座ったまま。


「ニヤ……ここ」


 んー、来る前にギルドの職員さんが床で良いなんて事言ったから気にしてるのかな。


「僕は奴隷だからと言って差別はしないよ。もうニヤは仲間なんだから、ベッドは一緒で寝よう。ご飯も半分こすれば良いよ」


「ダメ……おこる」


 ニヤは凄く体を震わせて縮こまってしまった。


 僕はニヤに近寄ると、隣に座って体を摩ってさすってあげる。震えていた体が少しずつ落ち着いて、固くなっていたのも解れてきたところで。


「誰も怒らないよ。ホラ立って、こっちに腰掛けてごらん」


 そう言ってニヤを立ち上がらせ、ベッドに腰掛けさせる。


 そして、背負い袋から出すフリをして、収納から焼き菓子を取り出す。この焼き菓子は、僕が町を出るまでの間に作って収納に入れておいた物だ。


「ほら、これ食べな」


 ニヤは僕が持っている焼き菓子を、鼻でニオイを嗅ぎ、少し突いて、そっと口に含んだ。


 サクッ


 軽い音と一緒に甘い匂いが広がる。ニヤの目が見開き動きが止まる。


「全部食べていいから、ホラ」


 残っていた焼き菓子をニヤに持たせて、僕はカップに水を注いでテーブルに置いておく。


 サクッ……サクッ、モグモグ。


 サクッ


 モグモグ。


 サクッ!


 ンッ、グフッ!


 案の定、喉に詰まらせた。


「ほらほら、慌てないで水飲んで。大丈夫、誰も取らないよ、それはニヤの分だから」


 ニヤが焼き菓子を食べ終わり、落ち着いた所を見計らってから話を続ける。


「さて、ニヤ。これから話す事は絶対に他の誰にも言ってはいけない事だ、君は奴隷だから大丈夫だと思うけど、誰にも話さないと約束できるね?」


 ニヤは、ピッと背筋を伸ばし「ニヤ……誰にも……言わない」とすごく緊張した様子で頷いた。


「よし、じゃあイヅミ。出ておいで」


 イヅミがいつもの様に何も無い空間から姿を表すと。ニヤが突然ベッドから降りて正座し、頭と手を床にペッタリとつけた。いわゆる土下座スタイルだ。


「どうしたんだニヤ?」


 土下座スタイルのまま動かないニヤに話しかけるけれど、プルプル震えて何も喋らない。


「きっと私の美貌びぼう恐れ慄いおそれおののいているにゃ」


「かみ……さま。私の里……白い猫の姿……神様」


 残念、美貌じゃ無かったようだね、だけと神様か。


「……まあいいにゃ。ニヤ、私の名前はイヅミ。アベルの一番の仲間にゃ。お前もアベルの仲間になるのだから、私の言う事を聞くように」


「はい……かみ、イヅミさま」


 イヅミがニヤに近寄る、テシテシとニヤの頭を叩いて頭を上げさせると。リリーの時と同じように鼻と鼻をくっ付ける。


「マーキングできたにゃ」


(聞こえるか? ニヤ)


 声が聞こえた筈のニヤは、キョロキョロと辺りを見回している。


(ニヤ。僕だ、僕がお前の頭の中に直接話しかけているんだ)


「聞こえる……よく、聞こえる……。ニヤ、耳が無くなってから……声、あまり聞こえない……けど、いましゅさまの声、よく聞こえる」


 やっぱり耳が無いと聞こえ難いんだね。

 

(ニヤ、君も話したい相手に向けて頭の中で話しかけてごらん)


(こう? ですか?)


(そうそう、僕にもちゃんとニヤの声が聞こえたよ)


(ニヤ、私にも話しかけるにゃ)


(イヅミ様のお声もハッキリ聞こえます。あぁ……うううぅ)


 今度は体を震わせて泣き始めてしまった。そんなに不便な生活を虐げられてきたのだろう。


(ニヤ、大丈夫? 聞こえるのは僕とイヅミの声だけだから、まだ不便なのは変わらないだろうけど。一緒の時には色々声を掛けてあげるからね)


 ニヤは、イヅミに背中をトントンされて泣くのは辞めていたけれど、とても緊張しているようだった。


(お兄ちゃん!? お兄ちゃん聞こえる!?)


 おう、可愛い妹リリーからの定期コールだ。ニヤへの指導はイヅミに任せて、僕はリリーとの定期コールに応える。


(やあリリー。今日も可愛い声だね)


(ひゃう……もう、お兄ちゃん。揶揄わからかわないでよ)


(揶揄ってなんていないよ、いつも思っている事さ)


(……それはそうと、お兄ちゃん! いま誰かそこにいるでしょう!?)


 リリーには声が届くだけで見えていない筈なのに、何で分かるんだ?


(リリー姉さんには隠し事はむりにゃ、全部話すにゃ)


 リリー姉さん? イヅミの言い方を不思議に思いながら、僕はリリーに今日の出来事を話した。


(あのねリリー、実は今日……)



(分かったわ、お兄ちゃん。で、ニヤと代わって!)


 え? 代わって?


(か・わっ・て?)


 おふぅ、見えていない筈のリリーちゃんの仁王立ち姿が見える……。


(あの! ニヤです! 初めましてリリーお姉様)


 急に僕との会話が切れて、リリーとニヤが二人だけで会話を始めた。


 ニヤが空中を見つめながら頷いたり、激しく首を振ったり。時々声に出して「はいっ!」なんて答えていたり。リリーは何を話しているんだろう?


(お兄ちゃん、ニヤとは話がついたから。こっちでしっかり教育しといたので、後はイヅミにも頼んでいるから世話はお願いね。あと、もうこれ以上女の子を増やすのは禁止です!!)


 女の子?


(やっぱり……分かって無かったのね。ニヤは女の子! ちゃんと可愛い服を着させてあげてね)


 ええー!!!! え? え? どゆこと?


「アベルはやっぱり分かっていなかったにゃ。ニヤはメスにゃ。最初に見ただろスケベ」


 最初にって。あのボロ布状態の時は本当にボロボロで、着替えさせた時も性別より獣人とアザとかの方が気になって分かんなかったよ。


「とにかく、アベルの周りはこれで女が二人になったにゃ。リリー姉からはこれ以上は絶対に増やすなと厳命を受けたから、本当に増やしたらダメにゃ」


 え? 二人って?


「あちしがいるにゃ!」


 ペシッ!


 イヅミは、一瞬だけわざわざ人の姿になって突っ込んできた。


「それで、ニヤとの話はどう纏ったの?」


(ニヤは三番目の妹になるにゃ。これから暫くは、ニヤの体力を戻すためにゆっくりするにゃ。食べ物は取り敢えず収納の中の物で何とかなるけれど、あとはお金にゃ)


 そうだよな……出発までの三年間で食べ物は溜め込んでいるけれど、お金は僅かしか貯まっていない。町では働く事が出来なかったから仕方がないのだけれど、これからこの街でお金を稼ぐにはどうしたら良いのだろう?


 とにかく、また明日も冒険者ギルドに行ってみる事かな。話をすれば何か教えて貰えるでしょ。

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