第13話 ポーション

ロボのパンチに吹き飛ばされたモンスターが、書架を粉砕して壁にぶち当たる。


それきりピクリとも動かなくなった。


……あー……。ちょーっと、パワーが強すぎたか……?

衝撃で図書館がズズンと揺れて、俺はちょっと反省する。


どうやら、今回のモンスター達はコンカーが一般人を守るものだと分かって、食べるつもりのない人間を攻撃することにより、コンカーの動きを制限しているようだ。

これは戦いにくかっただろうな……。


結果、コンカー達はそれぞれが1階のあちこちで逃げ遅れた人たちを庇う形になり、モンスター達と一人ずつ対峙することになってしまっていた。

だがそれも、俺達の乱入でようやく均衡が崩れたようだ。


「柊木さん、スピーカーつけるよ」

言いながら、俺は避難者の元に向かう。

『避難誘導に来ました。皆さんこちらへどうぞ』

「なんだ!?」「ロボット?」などとざわめく避難者の中で「かっけー」という少年の声を耳にして、俺は内心ガッツポーズをする。


そうして、俺達は次々に避難者たちをスロープへと誘導した。


手の空いたコンカーが近くのコンカーのサポートに入りはじめると、拮抗していた戦況もコンカー達の優勢に変わってゆく。

モンスターは一体、また一体と確実に討伐されていった。


「はぁっ」と後ろで苦しげな息が吐かれる。

これを動かしているだけで彼女の巡力をゴリゴリ削ってるからな……。


俺は右脇に設置したスマホの時計をチラリと見る。

駆動時間はそろそろ10分を過ぎそうだ。ここまでだな。

俺は最後の避難者達がスロープを登り始めるのを横目に確認しながら、邪魔にならない場所にロボを移動させて足をコンパクトに折り畳み、コックピットの位置を下げて、柊木さんに声をかける。


「柊木さん、巡力止めていいよ。ありがとう」

「ひゃぃぃ……」

ほっとした柊木さんが左右のハンドルから手を離す。

思った以上にヘロヘロだな。実戦という緊張感もあったんだろうな。


「あと巡力はどのくらい残ってる?」

「えーっと………………、10分の1くらい……でしょうか」


返事にずいぶん時間がかかったな……。


「柊木さんが無理しないで出せる量は?」

「うぅ。残ってないですぅ……」

「わかった、ありがとう」

「ごめんなさい……」

「柊木さんが謝るとこじゃないって。俺こそたくさん使わせちゃってごめん」

「そんなことないですっ、前の時よりずっと楽でしたっ」

「それはよかった」

俺が肩越しに笑うと、柊木さんもふにゃっと安心したように笑った。


コンカー達の数人が、書架が倒れて散乱した1階を少し片付けて、救護スペースを再建しようとしている。

その近くで床に座る3人のコンカーと、それの手当てをしている医療班の人達。

それを眺めつつ側に立つ傷だらけのコンカーは、順番待ちか。さっき俺達が助けた人だな。


動けるコンカー達のほとんどは外に出て、防衛ラインを作り直している。

上から見た時に外で倒れていたコンカー達は大丈夫だったんだろうか。


コックピットカバーの内側に取り付けた、元々車椅子のハンドリムだったハンドルを、俺は腕を伸ばして回した。

キィ、と小さな音を立てて、色付きのガラス部分が下から開く。


完全密閉にしてしまったからな。少し空気を入れ替えておこう。


「それ、手動なんですね」

「柊木さんに何かあった時、開け閉めできないと困るからね」

そっかぁ、みたいな顔で俺を見ている柊木さんに「ちょっと重いけど、こっち向きに回せば開くって覚えといて」と説明する。


しっかり強化した分厚いガラスはずっしりと重いが、普段から車椅子を漕いでいる俺も、腕力ならそれなりにある。

グイグイ回して五センチほど開けたところで、不意に強い巡力の光がそばに来た。

黒髪をオールバックにした体格の良い男性の腕には腕章が三本巻かれている。

エントランスで説明していた人より腕章が多いって事は、この人が今回の攻略隊の責任者か?

一瞬で近くに来たって事は、この人もボスみたいな身体能力強化の人なんだろうか。


「話は聞いたよ。協力ありがとう。君はどこの支局の所属かな?」

「ええと……」

と口を開きかけた柊木さんを手で制して、俺は尋ねる。


「それを答えて俺達が不利になる可能性はありませんか?」


男は「そうだね……」としばらく考えてから「今後の状況次第ってところかな」と答えた。

なるほど?

この人が良い人かはまだ分からないが、そこまで悪い人ではないということだけは、分かった。


「では、この件は今後の状況次第でお返事させてください」と俺は返事をする。

男は一瞬目を丸くしてから声を上げて笑った。

「ハッハッハ。いや、最近の若い子はしっかりしてるなぁ」


「褒められちゃいました」と柊木さんが嬉しそうに呟く。

いや今のは違うと思うぞ。


体格の良い男は、いかつい顔でほんの少し微笑んで尋ねる。

「今後も君達は我々を手助けしてくれると思っていいのかい?」

俺は柊木さんをチラと振り返ってから、正直に答えた。

「そうしたいのは山々ですが、巡力が残り少ないため、お力にはなれないと思います」


男は「ふむ」と頷いて、胸元から小瓶を一つ取り出した。

「これは、私の個人的な差し入れだ。支局のものではないよ」

コックピットのガラスが開いている隙間から、小瓶が差し入れられる。


これは……巡力回復ポーションじゃないか。

こんな高価なものをヒョイと受け取っていいのか……?

脱出時に操作系能力者が飲むほうがいいんじゃ……。


「大丈夫だよ。こういうのはあるところには沢山あるもんだ」

つまり、俺たちがこれを一本もらったところで在庫に余裕はある。と……?


俺の後ろから柊木さんが尋ねた。

「ならどうして、脱出しないんですか?」

男の表情がけわしくなる。

男は口元を手で覆うと、俺達だけに聞こえるように答えた。

「実は、今こちらにいる操作系の全員で道を作っても、出口に届きそうにない」


つまり、追加で操作系能力者がダンジョンに来るまでは、この図書館を守り続けるしかない。ということか。

しかしそれを正直に話せば人々はより不安を強めてしまうだろう。

それで、あの時は操作系能力者が疲弊していると伝えていたのか。


「皆には黙っててくれるね?」

男は大柄な体格と渋い顔面にも関わらず、しーっと唇に人差し指を当てて、ウインクをしてみせる。


「わかりました。ありがたくいただきます」

俺が頷くと、柊木さんが後ろから降りてきて瓶を受け取る。


「まだ見習いの子には重い言葉かも知れないが、私は君達に期待しているよ」

「ひ、ひゃいっ」


相変わらず大事なとこで噛むな、柊木さん……。


「しかし、ロボットが作れるなんて本当にいいなぁ。私もこんな能力がよかったよ」

男は俺のロボを見上げて残念そうに笑うと、一瞬のうちに姿を消した。


身体強化の方がよっぽど正統派ヒーローっぽい気もするが、まあ、それはそれとして、ロボはいい。間違いない。

そりゃ俺だってこんな能力だったらいいと思うよ。


とはいえ、柊木さんは『ロボを作る能力』だとは思ってないし、実際『ロボを作る能力』ではない。

たまたま『ロボも作れる能力』だったそれで、勝手にロボを作っているのは俺だった。


うん?


つまり、柊木さんを『ロボで戦うコンカー』にしてるのは、俺か?



「これって、今飲んだほうがいいですか?」

ヘロヘロと自分の席に戻る柊木さんの膝が笑っている。

このままでは有事の際に走って逃げることもできないだろう。

「そうだな、今飲んでおこうか」

しっかり寝て起きれば、巡力は今の半分は回復するだろうことを思うと多少勿体なくはあるが、彼女が咄嗟にこれを飲めるとも思えなかった。


キュッと小さな音を立ててガラス瓶の蓋が開く。

ドキドキワクワクした顔で瓶を傾ける柊木さんを、俺はちょっとだけ不憫に思う。


「ふぇぇぇええええぇぇなんですかこれぇぇぇぇぇぇ!?」


「気持ちは分かるけど、それ全量飲み切らないと効果発動しないから、吐き出さないようにな……」

「薙乃さんっ、これマズイって知ってたんですか!?」

「息を止めて、一気に流し込もう」

「そういうアドバイスは先にしてくださいよぅぅぅぅっ」

「美味しかったら、よかったのにな……」

「ぴぇぇぇぇ……」


やっとの思いでポーションを飲み干した半べその柊木さんがふわりと淡い光に包まれる。

「ほわぁ……」


お、これはかなり高いポーションだな?

回復量が柊木さんの巡力許容量を上回りそうだ。


「右手だけでいいから、ロボにも巡力を注いでみて」

俺に言われて、柊木さんが慌ててハンドルを握る。

俺はカチカチとボタンを操作して、巡力経路を切り替える。

俺が左手で握る操縦桿から、余った巡力が俺の中に入ってくる。

このロボに巡力を溜めるような設備はないが、いくらかでも俺に溜められれば儲け物だ。


俺は、両親に言われていた指定ラインを超えて溜まってゆく巡力に集中した。

俺は今、どのくらい巡力を溜めることができるんだろうか。


幼い頃はあんまりこれを溜めすぎると体に良くないと言われて、トイレに行く度体外に流すよう言われていた。

実際、うまく流せなかったり、忘れたり、遊びに夢中で今度にしようなんてやってると、俺はすぐ熱を出して寝込んだ。


小学校に入る頃に指定されたこのラインを俺はずっと守っていたが、確か三年生になったらもう少し上げようなんて母さんも言ってたんだよな。


両親がいなくなってもう今年で七年だ。

あの頃の倍かそこらは入るんじゃないか?

じわじわと溜まる巡力は、俺のいつものラインの倍ほどになった。


「ふぅ、終わったみたいですね。私、元気いっぱいになりましたよっ!」

柊木さんが座席の上でぴょこんと跳ねる。

俺はその衝撃を座面のサスペンションがしっかり吸収したことに満足感を感じつつ頷いた。


「回復ポーションってすごいんですねぇ。私、初めて飲みました。薙乃さんは飲んだ事があったんですか?」

「いや、俺は無いけど――」


ガシャンと一斉に割れる図書館の窓ガラスに、俺は急いでハンドルを回した。

暴風が室内を吹き荒れると、本や千切れたページが舞い飛ぶ。


ゴガガン! とロボに当たる本や物に「ひぇぇ」と柊木さんが怯える。


コックピットを大きく開けてなくてよかった。

乗り降りできるほど開いていたら、ハンドル操作ではとても間に合わなかったな。


風がおさまると、図書館の一階の視界はすっかり開けてしまっていた。


書架はそのほとんどが出入り口から遠く離れた建物の奥に溜まってしまっている。

窓の外には、コンカー達が折り重なるようにして倒れている。


どういう状況だよ。


俺は救護スペースを振り返る。

あちらには障壁を張れる人がいたようで、負傷者が吹き飛ばされるような事にはならなかったようだ。


『お前が、頭か』


頭に直接響くような声。

ロボの前には、大剣を手にした立派な身なりのモンスターが一体、立っていた。

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