第五章:転換 6
十年越しに感じる、人生の黎明期。ベルトに引っさげた双子の剣――対極剣。拒絶の黒、そして簒奪の白。施された封印は、かつて、意図しない暴走を発生させた際、レセナが無意識に張り巡らせた多重封印式。
「わたしも対極剣の構造を理解しているわけじゃないから、詳しく伝えられないんだけど、対極剣の力に応じた三層構造の封印が掛けられてるの」
レセナが双子の剣の封印式を解除しながら告げる。
「わたしが無意識化で掛けた封印結界が、対極剣に適用する形で三層構造になった、といった方が分かりやすいかな。拒絶の黒、簒奪の白自体の力を封じ込めた三式、それ以上のなにかを封じた二式、下手に解き放てば街ひとつ消し飛ばせるなにかを封じた一式」
「俺の家系でも、その三式とやらで封印されてる力くらいしか伝わってなかった」
これは想像だけどね、とレセナが言う。
「ハーデル家に代々伝わるこの対極剣は、本来大した力じゃないんだよ。施術を斬り、施術を吸収し増大させる。あくまでその程度。ただ、ヴォルトが持ったときだけその上限を超える。この表現は違うかな。ヴォルトが持ったとき、本来の力を発揮する、の方が正しいのかもしれない」
「どうして俺だけ?」
レセナが首を振る。
「分からない。ただ気になることがひとつ。ハーデル家は対極体系の施術士家系だった。ヴォルトのお父さんがこの剣を使ってた時、あんな馬鹿げた力なんてなかったでしょ?」
「あんな力を個人が持ってたら国が取り上げるだろ」
「そう、だからヴォルトだけっていうのが気になってる。もしかしてヴォルト、施術が使えないんじゃなくて、対極剣に適応してるんじゃない?」
「どういうことだ?」
「施術士がこの剣を使うのが非効率ってことだね。簒奪の白なんて、持ってるだけで施力を吸われるでしょ。でも、ハーデル家の者しか扱うことができない」
まあ、とレセナが剣から目を放して顔を上げた。
「これ以上は考えてもしょうがないかな。ただ、ヴォルトはこの剣を扱うために最適化されて生まれたっていうのがわたしの見解かな」
そうか、とだけヴォルトは返した。
ヴォルトに用意された部屋には、いまは二人しかいない。窓からは斜陽が影が伸ばす。
「クレスとアイリーンが心配だな。あいつら、いま俺が牢屋から出てることは知らないだろうからな」
「駄目だよ。敵は国の一部そのもの。相手は超高位施術士を用意してきてる。ふたりは巻き込むべきじゃないよ」
「分かってる」
「《ベロア》っていうのがよく分からないんだけど。勝てそう?」
「いまの対極剣で五分だろうな。相手を小隊規模として考えれば五人から六人はいるはずだ。あいつらを暗殺に特化した部隊と仮定して、たとえば本気で殺しに来たら、勝負の土台に立つ前に殺されるな」
「不意打ちで来られたらたまらないなあ。こっちはわたしとクレセント、ヴォルトしか戦力いないんだよね。フーリィンもエクレールも傍観するみたいだから。高位施術士二名に超高位施術士に匹敵する剣士一名。で、相手の勝利条件はわたしを殺せば勝ち」
「網は張れるか?」
「入ったら気づけるってレベルの結界ならいま展開中。負荷を下げるために出力をかなり絞ってるから、本当に気づけるくらいしか意味ないよ」
「奇襲が一番まずいから助かるよ。リディル家の動きで敵も制限時間が掛かった。確実に今日中――夜には来る」
はあ、と息を吐いたレセナが額に指を添える。
「戦闘場所はリディル家の邸宅。わたしたちも、相手も、これ以上は表で戦えない。さすがにわたしを中心に戦いが発生しているなんて事実は表に出せない」
「二人目の福音伝達者に繋がる情報は出したくない。この観点で一致しているのは幸いだな」
「あくまで予想だから、固執はしないでね」
手札は足りない。情報も穴だらけ。確実な事実、敵はレセナを狙う。
かつてない冷静さが身に帯びる。
そして、夜が落ちる。
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