広報調整室

「この件については一切書面に残してはいけません。全て聞いて覚えてください」


 塩原さんはそう前置きして、椅子についた。

 これから話す内容について、口外しない。それを約束する契約書にサインし、社長と塩原さんと僕とで、静かな会議室で向かい合う。

 社長が改めて、話し出す。


「田口くん。君のようなつまらない人間に使い道があるとしたら、『燃えること』だ」


「燃える?」


「そう。君に提案するのは、『身代わり炎上芸人』契約だ」


 身代わり炎上芸人……?

 いつになく真剣な顔の社長が、じっと、試すように僕を見ている。塩原さんが、まるでマニュアルでも読むかのように、抑揚のない声で言った。


「政治家のスキャンダルや大企業の不祥事が起これば、当然、マスコミに報道されますよね。それと同時期に、全く関係ないところで芸能人が炎上して、話題が二分する。そんな様子を見たことがありませんか」


「あ……」


 そういえばそうだ。モチ米パン太と反社の繋がりが報じられたとき、前日に政治家の裏金問題が浮上してメディアに取り上げられていた。

 しかし翌日のモチ米パン太の記事がセンセーショナルだったから、世論やSNSのトレンドはそちらに移った。彼の謝罪会見は苦しい言い訳のオンパレードで、取材へのヘンテコな受け答えはネットミーム化して未だに擦られている。

 テレビや新聞、ネットの記事は、モチ米パン太の件ばかり掘り下げる一方で、裏金問題については言及しなくなった。

 塩原さんがひとつ、まばたきをした。


「モチ米パン太には反社と繋がりがあり、過去の営業先の暴力団とズブズブの関係だった。というのは、でっち上げです。私が週刊誌にタレコミました」


「えっ、あの報道、嘘だったんですか? しかも記事を書かせたのは塩原さん?」


 理解が追いつかない。僕は背中に変な汗をかいて、頭を抱えた。


「なんでそんな嘘を? 所属タレントを守るのが、事務所の仕事じゃないの? それに、嘘だったなら、モチ米さんはなんで否定しなかった?」


「炎上が目的だったからです。モチ米パン太も、了承の上で」


 塩原さんはあっさりと言い切った。


「この事務所には、『広報調整室』という部署があるんです。政府や企業からの、炎上依頼を受ける係です。所属タレントが炎上に至るまでの台本を作成、炎上用のタレントのスケジュール管理、謝罪会見の演出、SNS炎上のタイミング調整などを担当しています」


 オフィスは表の受付とは別フロアにあるので、タレントはもちろん社員も一部の者しか知り得ませんが。と、彼はさらりと補足した。


「政界や経済界、上流階級の人間に不都合なニュースがあるとき、話題性のあるタレントが問題を起こす。炎上し、注目を集めることで、上流階級の失態をうやむやにする。簡潔に言えば、タレントを身代わりにしてきた、ということです」


 突然襲い来る衝撃の暴露に、僕は唖然とした。


「そんなこと……ある……?」


 信じられないが、思い起こすと、モチ米パン太の件以外もそうだ。

 製薬会社が違法の成分を含んだ飲料を輸入していたことが報道されたときは、トリリンガル鳥居が話題を攫った。不買運動に発展するほど燃えた製薬会社は、形だけの謝罪ののち、だんまり。一方で鳥居は黙っていればいいものを火に油を注ぐ発言で炎上し続けた。製薬会社の件は世間から忘れられ、今ではしれっと通常運転に戻っている。

 大御所の大池吾郎のときは、彼の騒動に注目が集まっているうちに、わけの分からない法案がいつの間にか可決されていた。大企業ばかりが優遇される税政で、下々の者の手取りは減る、そんな内容だった。一応SNS上では反対の声が上がったが、法案が白紙に戻るほどの勢いはなかった。多くの民衆が大池に気を取られていて、法案に気付きすらしなかったからだ。


「あれもこれも、全部、仕組まれた炎上だったんですか……?」


 先輩芸人たちは、上流階級を守るため、都合よく捨て駒にされたというのか。


「そんな……酷いじゃないですか」


「酷くありません。モチ米はうちの主力タレントにまで上り詰めたけれど、共演した他所の大御所に失礼を働いて、その結果仕事が減っていました。ああなった彼にできる仕事は、その知名度を生かした炎上くらい」


 塩原さんは冷ややかに切り捨てた。


「鳥居は尖ったキャラクターが珍しがられて人気を得ましたが、素行が悪かった。バラエティ番組での態度の悪さ、SNSでの度重なる問題発言で、嫌いな芸人ランキング上位常連になっていました。テレビ出演の機会が減ってきていたので、得意の炎上で最後にひと仕事してもらいました」


 あのランキングは、そういう見方をされていたのか。


「大池は自身の冠番組を持つ司会者クラスでしたが、過去に起こした問題が記事になり、週刊誌から揺さぶられました。この記事が出たらいずれにせよ芸人人生は終わる。ですので、週刊誌に記事の発表時期を調整してもらい、利用できるタイミングで炎上させました」


 捏造のスキャンダルでなくても、使える炎上は使う、と。


「社長は各界隈、政界や経済界にもパイプを持っていらっしゃいます。彼らから依頼されれば、タレントを差し出す。そうして、事務所を反映させてこられたのです」


 心臓がどくどくいっている。知らなかった。芸能界の裏側で、こんな残酷な計算が行われていたなんて。

 社長が再び、口を開いた。


「上流階級の失態の火消し。そのために、燃える素材となる芸人。それが、広報調整用芸人――通称、身代わり炎上芸人だ」


 上手く、息ができない。無言になる僕に、塩原さんが言った。


「こういった役割を担っているのは、うちの事務所だけではありません。アイドルや俳優でも、同じようにタイミングよく炎上するでしょう」


 今まで見てきた炎上の裏側を知った。もちろん自発的なものもあっただろうが、こうして仕組まれた炎上も、きっと数え切れないくらいあったのだ。

 塩原さんが手指を組む。


「私は、タレントにつくマネージャー兼、広報調整室の職員です。所属タレント複数人をマネジメント担当しながら、身代わり炎上芸人の台本作成、マネジメントも担当しています」


 塩原さんはこれまでは、身代わり炎上芸人なんかではない僕の、担当マネージャーだった。通常のマネージャー業務をこなしながら、同時進行で、別の芸人の炎上を仕組んでいたのだ。


「この契約は、タレントにとっても悪い話ではない。落ち目であろうとなんであろうと、炎上依頼が来るまでは事務所からプッシュされて、仕事をもらえる。そして仮に炎上後に芸能界から追放されたとしても、場合によっては復帰も可能。これで人生が終わると、決まったわけではない」


 たしかに、トリリンガル鳥居さんは、炎上後もネット上で細々とネタを披露している。炎上商法が板についているおかげで、却ってキャラ立ちしており、好き嫌いが分かれはするが完全に消えてはいない。

 とはいえ、わざと炎上して民衆を怒らせて、上流階級の人々のために大衆を騙すなんて、あり得ない。僕は目を泳がせた。


「そんなの、芸人の仕事じゃない。芸人は、笑わせるのが仕事です……」


「でも、笑わせられなかっただろう?」


 社長は容赦なく、僕の心の柔らかいところを踏んだ。


「タレントの仕事というのは、目立って世間を動かすことなんだよ。人気になって社会現象を起こして、大金を動かす。でも人気が落ち目になってきたら、別の手段で世間を動かすしかないだろう?」


 モチ米パンさんも、トリリンガル鳥居さんも、大池吾郎さんも。これまでどおりには売れなくなって、世間を動かす力が落ちた。だからかつて築き上げた知名度を利用して、ネガティブな方向で世間を揺さぶった。

 社長の感情のなさそうな目が、僕を射貫く。


「田口くん。君の芸は、誰かの笑いにはならなかった。でも、誰かの『怒り』にはなれる。そして『笑い者』にはなれる。これも、芸人の仕事だよ。違うか?」


 社長の言葉が、重くのしかかる。


「でも、僕は……」


 怖い、とは言えない。聞いてはいけない話を聞いてしまった手前、拒否権はないのだろう。でも、ささやかな抵抗だけしてみる。


「僕は、知名度が低いので……炎上、しないと思います」


 渾身のギャグ動画がまるきり伸びず、批判コメントすらつかない、世間からは「誰?」のひと言で一蹴される。僕はそんな芸人だ。なにかしでかしたところで話題にならない。

 塩原さんは、フォローするでもなく頷いた。


「そうですね。これはタレントの知名度を利用した戦略であり、本来であれば知名度があるタレントでなければ成立しません。現在の田口さんでは、燃えにくい。だからあなたの人気を操作します」


「へっ?」


 間抜けな声を出す僕に、塩原さんが言う。


「あなたを国民的人気芸人に仕立て上げるんです。たとえネタがつまらなくても、バラエティ番組にいつもいてテレビCMに起用されてと、露出機会が多ければ、大衆が『知ってる』存在になります」


 塩原さんの説明に、社長が深く頷いた。

 社長は各界隈に繋がりを持っている。売れない芸人であっても、ゴリ押しでテレビに出して、人気芸人に仕立て上げることができるのだ。

 塩原さんは相変わらず、機械的に話した。


「先程も申し上げたとおり、本来は、タレント本人が築き上げた知名度ありきの戦略です。人気を演出するなどとコストのかかる手段は、通常であれば取りません。が、うちの事務所は今、身代わり炎上芸人が足りていない。例外的に、この手を使います」


 胃がキリキリする。たしかに僕は人気芸人になりたかった。売れたかった。この提案に乗れば、事務所がゴリ押ししてくれる。念願叶って、売れるのだ。

 でも、それは自分で笑いを取って手に入れる栄光ではない。僕はそれでいいのか? 僕が求めているのは、そんな作り物の「スターの座」なのか?


 塩原さんが、僕に囁いた。


「売れるためなら、なんでもするんでしょう?」


 額に汗が伝う。会議室に沈黙が落ちる。静寂に押しつぶされるようだ。

 今の僕は、きれいごとを言っている場合ではない。そんな余裕はないし、そんな立場でもない。

 炎上は芸の一部。耐えられる者だけが売れる。


「なんでも……します」


 この日、僕は、売れない芸人をやめた。売れない芸人をやめて、燃える芸人になる道を選んだ。

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