第一話 雑魚、仲間を募集する

 スキル【最適化】。

 それはあの自称女神様が俺に授けた、唯一のチート能力(?)らしい。


 森のど真ん中で目覚めた俺は、途方に暮れていた。

 右も左も、木、木、木。どっちに行けばいいかなんて分かるわけがない。


「はぁ…だる。どっちが楽かな…」


 俺がそう呟いた、まさにその時。


《思考を検知。最適化を開始します》


 脳内に直接響く無機質な声。

 直後目の前の空間にはうっすらと光の矢印が浮かび上がった。


「……え?」


 矢印は森の奥へと続く、一見すると険しそうな道を指し示している。

 なんだこれ。幻覚か?


 いや、待てよ。


 【最適化】…。

 楽をしたい、という俺の思考を「最適化」した結果が、これか。

 まるで、目的地まで最短ルートを教えてくれるスマホのナビみたいな。


「……なるほどな」


 途端、このスキルの使い方を直感で理解した。

 これは、どうやら俺の「楽をしたい」という願いを叶えるためのツールらしい。


「推奨ルートはこちらです、と。上等じゃねえか」


 俺はその胡散臭い光の矢印を信じて、一歩を踏み出した。


 結果は、案の定だった。


 道中、遠くで狼みたいな魔物の遠吠えが聞こえたり、巨大な熊の足跡を見つけたりもしたが、光の矢印はそれらを巧みに避けるように俺を導く。

 ぬかるみも、崖も、うざったいイバラの道も、全部スルー。


 マジで快適。神スキルじゃん。

 これさえあればサバイバルなんて楽勝すぎる。


 半日ほど歩いただろうか。

 視界が開け、眼下に巨大な城壁に囲まれた街が見えた。

 いわゆる、ファンタジー世界の街ってやつだ。


「……着いたか」


 デカい城門の前まで来ると、槍を持った兵士が二人、だるそうに立っていた。


「おい、お前。身分証は持ってるか?」

「いや、ないです」

「じゃあ、あっちのギルドで仮登録してこい。話はそれからだ」


 兵士は、顎で街の一角を指し示した。


 ギルド。冒険者ギルドってやつか。

 めんどくせえ。でも、これがないと街にも入れないのかよ。


 渋々、言われた方向へ歩き出す。

 街の中は、活気に満ちていた。


 獣の耳を生やした亜人。ローブを着た魔法使い。全身鎧の騎士。

 ああ、ファンタジーだ。すげえ。


 でも、俺の心は一ミリも動かない。

 俺には関係ないことだ。


 俺が求めるのは、この街の片隅にある安い宿屋の、ギシギシ鳴るベッドの上で惰眠を貪ることだけなのだから。


「……腹減ったな」


 ぐぅ、と腹が鳴る。


 最後に食ったのは、森で拾ったよくわからん木の実だけ。

 ポケットを探ると、いつの間にか銅貨が5枚だけ入っていた。


 通りの看板で相場を調べた限り、パンと宿代でほぼ消える金額だ。

 最低限にも程があるだろ。あのクソ女神。


「マジでどうすんだよ、この先…」


 働きたくない。

 絶対に、働きたくない。

 でも、このままだとガチで野垂れ死ぬ。


 そんな絶望を抱えながら、俺は「冒険者ギルド」と書かれた、バカでかい建物のドアを開けた。



 ギルドの中は汗と酒と血の匂いが混じったような、むせ返る熱気に満ちていた。

 そこら中で筋肉ダルマみたいな男たちが酒を飲み、大声で自慢話をしている。


「うわ、だるそう……」


 完全にアウェーだ。帰宅部一筋の俺が足を踏み入れていい場所じゃない。

 さっさと用事を済ませて帰ろう。


 カウンターの受付嬢に事情を話し、簡単な書類(名前を書くだけ)を提出して、あっさりと仮登録は完了した。

 ついでに、依頼掲示板の場所を教えてもらう。


「……は?」


 掲示板に貼られた依頼書を見て、俺は思わず声を漏らした。


【緊急依頼】火吹き竜ファイアドラゴンの討伐 報酬:白金貨100枚

【指名手配】盗賊団『黒い牙ブラック・ファング』の殲滅 報酬:金貨50枚


 死ぬわ、こんなの。

 過労死する前に、物理的に八つ裂きにされるわ。


 俺の顔からサッと血の気が引いていくのがわかった。

 異世界、ハードモードすぎだろ。


 絶望に打ちひしがれ、視線を下にずらした、その時だった。


 掲示板の一番下の、さらに隅っこ。

 誰にも見向きもされない場所に二枚の汚れた紙が貼られていた。


【依頼】スライム討伐(10匹) 報酬:銅貨5枚

【依頼】薬草採取(良質なもの5本) 報酬:銅貨3枚


「……!」


 萎びていた俺の目に光が宿った。


 これだ。

 これだよ!俺がやるべき仕事は!


 スライム。毎日。ペチペチ叩く。銅貨ゲット。

 薬草。時々。引っこ抜く。銅貨ゲット。


 楽じゃん。


 ドラゴン? 無理。

 姫様? 知らねえ。

 人助け? 他を当たってくれ。


 毎日スライム。たまに薬草。

 稼いだ金で、安いパン買って、安い宿で寝る。


 最高かよ。

 これぞ異世界だらだらスローライフじゃん。


 ……いや、待てよ。


 一人だと、さすがに不安だな。

 スライムと言っても油断したら死ぬかもしれんし。



 じゃあ、どうする?

 ……そうだ、仲間だ。


 一人で無理なら仲間にやってもらえばいい。


 それも強い仲間じゃなく。

 俺と同じ、スライムをペチペチ叩いて満足するような雑魚な奴ら。


 雑魚ばっか集めれば、「あいつら、スライムがお似合いだなw」って思われる。

 そうなるとギルドも面倒な依頼を寄越さない。完璧。


 これぞ、異世界版帰宅部!


 俺は、異世界に来て初めて、本気になった。

 輝かしい「永遠のスライム狩りライフ」のために。


 早速、掲示板の空きスペースを使うため、カウンターでペンと羊皮紙?(この世界の紙らしい)を借りて、一枚の募集要項を書きなぐった。


【仲間募集】

 当方、雑魚です。


 スライムとかを、だらだら狩るだけの毎日を過ごしたいです。

 向上心とか、やる気とか、そういうのは求めてません。

 同じような人、いたらパーティ組みませんか。


 追伸:金はないので、成功報酬でお願いします。

(場所:『陽だまり亭』の隅の席。時間:今日の夕暮れ時)


 よし、完璧だ。


 このやる気の欠片もない、向上心のこの字もない、史上最低の募集要項。

 これに釣られるのは俺と同じ、社会の底辺に生きる真の雑魚だけのはずだ。


 自分の計画の完璧さに惚れ惚れしながら、俺は指定した酒場『陽だまり亭』へと向かった。



 夕暮れ時。

 酒場の隅の席で、俺はテーブルに突っ伏していた。


 目の前には、水しか入っていない木製のジョッキが一つ。


「……まあ、だよな」


 誰も、来ない。


 そりゃそうだ。あんなふざけた募集要項に引っかかる奴がいるわけない。

 俺の異世界版帰宅部計画、初日にして頓挫とんざか。


 一人でスライム狩りか……だる……。


 諦めて席を立とうとした、その時だった。


「あ、あの……!」


 か細い声がして、顔を上げる。

 そこに立っていたのは、一人の女だった。


 大きな丸メガネ。山のように抱えられた、分厚い魔導書。

 見るからにガリ勉。運動神経ゼロ。

 世間を知らなさそうな純粋な目。


 女は、俺の顔色を窺うように、おずおずと口を開いた。


「こ、こちらの募集要項を拝見しました……!わ、私、魔術理論には少々自信があるのですが、その、実戦は、未経験でして……それでも、よろしいでしょうか……?」

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