第24話 勇者

 藻部市は、宝箱をつつく。

スライムたちは、宝箱とは無関係そうに這っているだけだ。

 

煙が出てきて老化したら――浦島太郎を想像して、藻部市は苦笑した。が、真顔になる。

そんなこと――ないとは言えないのだ。

 

宝箱を置いて、なるべく遠くからシャベルで開けることにした。

開けるか、開けないか――悩む藻部市の手に、スライムが乗って、手のひらに痛みが弾ける。

 

「ッ……!」

 

軍手が溶けていた。酸液だろうか。

その勢いで、シャベルが宝箱にあたり蓋が開く。

 

藻部市はとっさに顔を覆った。

 

――――――――――――――――

――@[system]

当たりの宝箱です。

50ポイント入手しました。

――――――――――――――――

 

「50ッッ……!」

 

――ダンジョンに入って良かった!

 

怯えながらスライムを倒し、謎のスキルも使えた。

その努力は無駄にならなかったのだ。

 

この調子なら思ったよりポイントは貯まるのが早いかもしれない――少しゆとりが出て、藻部市は四つのエリアを彷徨く。

五つ目の部屋に顔を出すと、人より巨大なスライムが突如藻部市目がけて跳ねてきた。

 

「うわ……!」

 

慌てて、藻部市は隣のエリアに転げ込む。

そして、それを後悔した。

 

凄まじい腐臭と、迫り来る腐った四肢が藻部市を強く出迎える。

慌ててスライムゾーンに戻ろうとするも、肉が崩れた腕が多数、藻部市を捕まえて離さない。

 

――ゾンビだ!

 

息をするだけで詰まる。とてもではないが、呼吸ができない。

掴まれた腕を振りほどこうともがくと、突如風の壁が生まれてゾンビと藻部市の間に透明な結界が生まれた。

 

へちゃり、と藻部市の腰がぬける。

 

「風障壁か……助かった」

 

鼻がもげそうな悪臭も、いきなり綺麗な空気が生み出されて体が病みそうな臭いも遮断された。

こちらは、スキル[空気清浄]だろう。

 

貰ったスキルがこんなに役立つとは思わなかった。

だが、見えない結界の向こうでは相変わらずゾンビがおめき、手を招く。

 

動かなければ、と思いながら腰が立たない。手で這おうにも、風障壁の範囲は広くなかった。

シャベルはスライムエリアに落としてきているし、手元には武器がない。あるのはD端末のみだ。

 

「そうだ……!」

 

オークションに散々出した武器があるではないか。

震えながら、藻部市はD端末を取り出した。

 

問題は、どれならゾンビを倒すのに効果的なのか。

ふと、藻部市の視線を捉えたものがあった。

 

―――――――――――――――――

白蓮斬びゃくれんざん――浄化能力のある刀〉

――――――――――――――――――

 

浄化の意図はあまり分からなかったが、ゾンビは腐っているのだし相性が良さそうだ。

20ポイントと高いが、今の藻部市は65ポイントある。

 

この先も考えて、強い武器が必要だ――。

言い聞かせて、購入を押す。

 

どういう仕組みか分からないが、ゴトリと手元にDマークの入ったダンボールが出現した。

ゾンビに荷物をひったくられそうになりながら、必死に藻部市はダンボールを開ける。中には白く発光した刀と鞘があった。

 

藻部市はもがきながら、刀をつっかえにして立ち上がる。

ゾンビのおぞましい顔がアップになって、吐き気を堪えながら、残ったダンボールをできるだけ遠くに投げつけた。

 

全員とはいわないが、一部のゾンビが藻部市から剥がれて、ダンボールに興味が反れる。

藻部市は、力任せに白蓮斬を振るった。

 

その効果は、あまりにも劇的だった。

カタリカタリ、音を立ててゾンビが魔石に変貌する。

 

刀が当たらずとも、その風を受けただけで消えた個体すらあった。

 

「は……ははは、当たりだぞ! 俺は当たりを引いたんだ!!」

 

宝箱に引き続いてこの刀まで。

この世界の主人公は俺なのかもしれない。

 

藻部市は風障壁を解いて、空気清浄だけかけながら、ゾンビを追い回す。

スライムにかけていた時間が嘘のように、ゾンビは瓦解していった。

 

藻部市は笑いながらそれを追う。次のエリアには近づかなかったが、軒並み倒していくのは紙を切るようなものだった。

我に返ると、地面は魔石だらけになっている。

 

D端末を見ると、藻部市のポイントは70になっていた。

刀を買ったのに、これだけ倒せればおつりがくる。買ったのはやはり間違いではなかった。

 

藻部市はリュックを取りに戻る。たちまち、リュックは魔石でいっぱいなった。

今は歓びと、喉の乾きが溢れている。

 

ダンジョンから這い出て、藻部市はリュックを置くとスコップを持って自販機に駆け寄った。

生憎と財布は置いてきている。それでも狂おしい渇望と、ゾンビを倒した高揚とが、藻部市を衝動に駆り立てた。


 ガツンガツンと、音を立ててスコップが自販機に叩きつけられる。

繰り返していると、紙コップが落ちてきてコーヒーらしきものが大量にあふれ出た。

 

藻部市が紙コップをとっても、まだ液体は流れ続けている。

ドリンクは、コーヒーと緑茶の交じった味がした。苦かったが、今の藻部市には勝利の味だった。

 

「くくく……ははは!」

 

笑い出すと、止まらなくなった。

床を叩き、シャベルを蹴り倒し、藻部市は笑う。

 

魔法のようなスキル、オークション、ゾンビにスライム。何もかもが、馬鹿らしかった。

 

――この世の終わり、か。

 

一体誰が予想しただろう。こんな世界の終焉の始まりを。

ひとしきり笑って、藻部市はホームセンターの中をさすらう。

 

フードコートには、作りかけのうどんやたこ焼きなどが放置されていた。

藻部市は餓鬼のように、作りかけのうどんを飲み込む。

 

やがて、吐いた。食べたものも、胃液も、何もかも。

そうして吐くと、徐々に藻部市の正気が頭をもたげる。

 

――これを家族にも届けられれば。

 

魔石の入ったリュックと食料のリュック。どちらも持って原付バイクでは移動はできない。

戻って、藻部市は魔石をオークションに出すことにした。疲労感にまかれながら、一つ一つ出品すると手元の魔石が消えていく。

 

D端末が前ぶれなく鳴って、藻部市は少し怯えた。

 

――――――――――――――――

商品が購入されました。

2ポイント振り込みます。

―――――――――――――――――

 

最初に出した靴のうち、女性用ブーツが二足売れていた。

やはり、必要としている者はいるのだ。

 

明日は、ホームセンターのあらゆる物を出品し、またゾンビを倒してポイントを貯めればいい。

 

――神か仏か分からないが、生き残れと言っている。

 

きっとそうだ、そういうことなのだ。

慣れない仕事について体をこき使い、サラリーマンを捨ててこの土地にきたのは、きっと。

 

大量のポイントと、食料を持って帰宅する自分に、妻は、子は、母はどんなにか喜ぶだろう。

 

まるで勇者のような面持ちで、藻部市は最後の魔石が消えるのを見送った。

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