春のバザールと森のともだち


 長い冬がようやく終わり、森にも村にも、やわらかな春の光が差しこんできました。

 雪どけ水はせせらぎとなって小川を流れ、野原には小さな花がぽつぽつと顔をのぞかせています。


 この季節、村では毎年「春のバザール」というおまつりがひらかれます。

 村の人たちが、自分たちで作ったものを持ち寄って、お店をひらくのです。

 おいしいパン、てづくりのジャム、草花で作ったリース、あたたかい毛糸のマフラー……。

 村じゅうが春の香りとにぎやかな声でいっぱいになる、いちばんたのしい日です。


 ある朝のこと。

 森の奥でリスのリッキーとウサギのルル、タヌキのゴンがあつまっていました。


「ねえ、ことしの春のバザール、ぼくたちも出たいね!」とリッキー。

「うんうん! 去年、町のみんなが楽しそうにしてたもん」とルル。

「でも……ぼくら、なにを出せばいいんだろう?」とゴンはちょっぴり首をかしげました。


 そこへ、フクロウのおばあさんが羽ばたいてやってきました。

「みんな、なにをそんなに真剣な顔をしてるんだい?」

「春のバザールに出たいんだ。でも、なにを持っていけばいいかわからなくて」

「ふふふ……森にはたくさんの宝ものがあるじゃないか」


 おばあさんは森を見まわしながら言いました。

「木の実もあるし、ハチミツもある。花もきれいに咲きはじめている。森のめぐみを少しわけて、村のみんなとわかちあえばいいんだよ」


 その言葉に、みんなの目がぱっとかがやきました。


「そうだ! ぼくたちの森のパンを持っていこう!」とリッキー。

「花かんむりを作って売るのもいいかも!」とルル。

「ぼくは、木の実のネックレスをつくるぞ!」とゴン。


 みんなで力を合わせて、森のブースを作ることになりました。


 次の日から、どうぶつたちはおおいそがしです。

 リッキーはパン職人のトーマスさんに教わったレシピを思い出しながら、小さな手でパン生地をこねました。


「やさしく、ふわふわにね……」とトーマスさんの声が聞こえるようです。

 森のミツバチたちが集めたハチミツを少しわけてもらい、あまくていい香りのパンが焼きあがりました。


 一方、ルルは春の野原で花をつみ、白やピンク、黄色の花で花かんむりを作っています。

「これをつけたら、みんな笑顔になるはず!」と、ルルの耳の先にも花がちょこんとのっていました。


 ゴンは器用な手で木の実に穴をあけ、糸をとおしてネックレスをつくります。

 まるで宝石みたいに、つやつやと光る木の実です。


 フクロウのおばあさんは、森でとれたハーブを小さな袋につめて「ハーブの香り袋」をつくりました。

 やさしい香りは、春風にのって森じゅうを包みました。


 そして、春のバザール当日。


 村の広場には、朝からたくさんの人々が集まってきました。

 パンの香り、花の香り、草のにおい、笑い声――まるで春そのものが広場にやってきたようです。


 森のどうぶつたちは、広場のはしっこに小さなお店をひらきました。

 リッキーたちの作った看板には、かわいらしい文字でこう書かれています。


 「ようこそ! 森のめぐみのお店へ」


 はじめは、ちょっぴりドキドキしていたリッキーたち。

 村の人たちが森をこわがったり、近よってくれなかったらどうしよう……と、胸の中で不安がよぎりました。


 けれども――


「まあ、かわいらしいお店ね!」

「森のパンですって! どんな味かしら?」


 村の子どもたちが、おそるおそる近づいてきました。

 リッキーがふわふわのパンを差し出すと、子どもがひとくちかじりました。


「……おいしい!」


 ぱっと顔が花のようにほころびます。

 その声を聞いた村のお母さんたちも、次々とパンを買いにきました。


 ルルの花かんむりは女の子たちに大人気。

「お花のティアラみたい!」

「きょうのバザール、いちばんかわいいのはこれね!」


 ゴンの木の実のネックレスは、村の男の子たちがこぞって首にかけました。

「ぼくらも森の戦士みたいだ!」と大はしゃぎです。


 おばあさんのハーブの香り袋は、大人たちに好評でした。

「森の香りがする……」「家に飾ったら、春が来たみたいになるね」


 やがて、森のブースのまわりはたくさんの人でにぎわいました。

 お客さんたちの笑い声に包まれて、どうぶつたちの緊張もとけていきます。


「ねえ、ルル。村の人たち、みんなやさしいね」

「うん! 森のこと、もっと知ってもらえるといいな」

「きっと、来年もいっしょにバザールをしよう!」


 そんな話をしていると、パン職人のトーマスさんがやってきました。

「リッキーくん、パン、とってもよく焼けてるじゃないか!」

「えへへ。トーマスさんに教えてもらったから!」

「まるで本当の職人だよ」


 リッキーの胸は誇らしさでいっぱいになりました。


 お昼すぎ、村の広場では音楽隊が演奏をはじめました。

 軽やかな笛と太鼓の音がひびきわたり、春の風が広場をすりぬけていきます。


 村人たちは踊りはじめました。子どもたちは花かんむりをつけて、くるくる回ります。

 ゴンのネックレスが光を反射して、まるで春の星のようにきらきらとかがやいていました。


「みんな、いっしょに踊ろう!」

 ルルが声をあげ、リスもタヌキもフクロウも村の人たちといっしょに輪のなかへ。

 手をつなぎ、肩をふり、笑い声が広場いっぱいに広がっていきました。


 森と村が、ひとつの大きな家族のように感じられる――そんな瞬間でした。


 夕方になるころ、バザールもそろそろ終わりです。

 森のブースの商品は、ほとんど売り切れていました。


「すごいね……! こんなにたくさんの人が森のものを気に入ってくれるなんて!」とリッキー。

「お金ももらったけど、それより“ありがとう”って言葉のほうがうれしいね」とルル。

「うんうん。森と村って、こんなに仲よくなれるんだね」とゴン。


 フクロウのおばあさんは、静かにうなずいて言いました。

「森と村は、昔からずっとそばにあるんだよ。ただ、心の扉をひらくきっかけがなかっただけさ。きょうは、その扉がひらいた日だね」


 バザールが終わると、森へ帰るどうぶつたちの手には、村の人からもらった小さなお礼の品がありました。

 かわいいリボンや、色とりどりのガラス玉、小さなパンのかけら。


「こんなにたくさん……」

「村の人たち、ぼくらにプレゼントしてくれたんだね」


 夜の森に戻ると、リスたちは焚き火をかこんで、きょうのことを話しました。

「きょう、ほんとうにたのしかったな」

「森と村、ずっと仲よしでいられたらいいな」

「うん、また来年もバザールに出よう!」


 空には春の星がまたたいていました。

 森と村のあいだを流れる風は、あたたかくて、やさしくて、まるでみんなの笑顔を運んでいるようでした。


 そしてその後も、春のバザールは毎年つづきました。

 森と村はおたがいの大切な存在になり、助けあい、わかちあいながら、にぎやかでたのしい春を迎えるのです。


 森のリスも、ウサギも、タヌキも、フクロウも、そして村の人たちも――

 春のバザールがくるたび、心がふわっとあたたかくなりました。


おわり

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