11
魔術捜査課
二人の男が足早に廊下を通り過ぎる。櫂と誓である。「お疲れ様です」と声をかける同僚への返事もそこそこに、突き当たりの扉を乱暴に開く。
「蓮介」
扉の奥、スマホを片手に座っている蓮介に声をかける。蓮介は櫂たちに気がつくと、電話越しの会話を中断して櫂たちの方を向き直す。
「お疲れっす、待ちくたびれちゃいましたよ」
「悪いな、央乃にも謝っておいてくれ」
「言われるまでもなく謝りっぱなしですよ。このままスピーカーホンにしちゃっていっすか?」
「念のため、誓、頼めるか?」
櫂の後ろから入ってきた誓がピタリと扉を閉めながら頷く。
「silent」
静々しい中低音の声色が室内に響くと同時に、誓の魔力が広い会議室を包み込む。
「そんじゃ、頼むぜ、盗聴犯さん」
スマホに向かってそう言いながら、蓮介が画面上のボタンを押す。
「あーあー、テステス。聞こえてるかしら?」
スマホ越しに聞こえてきたのは少女の声。わざと声を低くして、まるで海外映画の吹き替え版のような大仰な台詞回し。どう見てもシチュエーションに酔っている。
「問題ない。続けてくれ、央乃」
そんな央乃の声を一蹴するように、櫂は何事もないかのようなテンションでそう返す。
「もーう、もうちょっとノリとか空気とかあるでしょう〜?私一人だけノリノリでなんか恥ずかしいじゃないっすか〜」
「ノリ……?すまない、そういうのには疎いんだ。何か失礼があったなら謝ろう」
「……もういいっすよ。なんだか調子のいい米汰さんと話してるみたいっす」
しょんぼりと声のトーンを落とす央乃。その声に、蓮介が苦笑いを浮かべている。
「あー、コホン。えー、蓮兄から連絡が行ってると思うっすけど。例のスマホに掛かってきた電話の回線が追えたっす」
央乃はつまらなそうな声のままそう言った。
「わざわざ連絡をよこしたんだ。何か訳ありなんだろう?」
「大した訳じゃないっすけどね。簡単にいうと、そのスマホの持ち主は、それを探った人間がある人物に辿り着くように細工をしてたんすよね」
「どういうことだ?」
櫂が蓮介に視線を送るが、蓮介は「知らないっすよ」とでも言いたげにぶんぶんと首を振る。
「まあ、魔術に頼りっぱなしの蓮兄にはわかんないっすよね〜」
「あぁん?」
央乃の言葉を聞いて、蓮介が監視カメラの方にガンを飛ばす。
「あっはは、すみませんっす。けど、事実この細工は多分、魔術師じゃない人が作ってるっす。魔術師ならこれと同じことを、もっと簡単にできるっすから。蓮兄が騙されたのはそのせいっすね」
央乃の説明になお、蓮介は首を捻り続けている。
「説明は多分してもわかんないんで、結果だけ話すっすね。さっき言ったある人物ってのが、“神山肇”だったんすよ」
「神山だと……!?」
「あ、やっぱ櫂兄は知ってるんすね。まあ当然かぁ。そっちの泣きぼくろのお兄さんも知ってるっすよね」
話をふられて、誓が監視カメラの方をチラリと見やる。
「ええ、一体いつから見てたんですか」
「見たのはついさっきっすよ。神山さんのことは私もあんま知らないんで、彼の住んでるネカフェのカメラのログを遡ってたんすよ。したら、泣きぼくろさんも映ってたんで」
「……月嶋です」
誓は困ったような表情で名前を訂正する。別段自分の名前にこだわりがあるわけではないが、泣きぼくろさんと言われて返事をできるほど、自身のチャームポイントを肯定しているわけではない。
「……けど、このスマホの持ち主はなぜわざわざ彼につながる情報を寄越したんです?」
「そんなの知らないっすよ」
央乃はあっけらかんとそう言い切った。
「私はただの情報屋っすからね、探偵役は皆さんにお任せするっすよ」
それだけ言って、央乃は返事も聞かずに電話を切ってしまう。広い会議室に残ったのは、ツーツーと規則的な電子音のみ。スマホを片手に握ったままの蓮介が「はぁ〜」と大袈裟なため息を吐き出す。
「すみません、礼儀がなってなくて」
蓮介はそう言って、細い目元を更に細めて櫂に頭を下げる。
「構わない。巻き込んだのはこちらなんだ。立場的には彼女の方が上だよ」
櫂は少しも気にしていないどころか、当然のことだとでもいうように、爽やかな表情を崩さずにそう言った。
「むしろ、危険な橋を渡らせてしまってすまなかったと思っているよ。魔術師とはいえ、彼女はまだ一般の高校生だからな。……それはそうと蓮介」
「はぁい」
「ダン先生に連絡してくれ。一人、思い当たる人物がいる」
櫂の口角が上がる。これまで彼の胸を渦巻いていた疑問が、一気に晴れたかのような顔をしていた。
× × ×
央乃 自室
「緊っっっっ張したぁ〜」
パソコンの画面以外なんの明かりもない室内に、央乃の間の抜けたハイトーンボイスが響く。
「私はちょっと天才なだけの一般JKっすよ〜?蓮兄の頼みとはいえ、魔捜への捜査協力は荷が重すぎるんすよ〜」
盛大なため息をつきながら、央乃はキーボードの上に突っ伏する形で倒れ込むと、右手を伸ばし、その先にあるスマホを手に取る。昨日有羽に送ったメッセージ、既読はまだついていない。
「有羽さんとは結局連絡とれずじまいっすし。今頃どこで何をやっているんすかね〜」
ふぅ、と軽く息を吐いて、パソコンの画面に視線を移す。
「さぁて、私もそろそろ身を隠さないとやばいっすかね」
もこもこしたルームウェアの袖をグイ、と引っ張り上げる。筋肉の少ない細い腕が顔を出す。
「……とっとと逃げおおせるっすよっと」
自身を鼓舞するようにそう言って、カタカタと無心でキーボードを叩く。央乃が杏花のスマホへの着信から肇に辿りついた時と逆の道筋を辿る。丁寧に、しかしスピードを上げて、自身の通ってきた足跡を消していく。自身が一度そこを通ったことはもちろん、痕跡を消して回ったことすら相手にバレてはいけない。魔捜に恩を売るのは悪くはないが、
「ハッキングはただの趣味っすからね、命を張るつもりはさらさら無いんすよ」
央乃がキーボードを叩く音が一層強くなる。そこからはもう、央乃は一言も言葉を発さなかった。
× × ×
歌舞伎町 ネットカフェ
「何の用だ」
開けられた扉の方を一瞥もしないまま、その個室の
「何の用だは無いだろう。僕と肇ちゃんの仲じゃないか」
「お前とそんな仲になった覚えは微塵もない」
ズカズカと部屋に入り込むレガリアに目もくれず、肇は終始不機嫌を貫いている。
「うん、心の底から僕のことを嫌悪しながらも、そうして僕との会話に付き合ってくれる、君のアンビバレンスなところが僕は好きだよ」
「僕はお前のそういう、勝手に他人の心に入り込んで、あえて気分を逆撫でするような言葉を選ぶところが大嫌いだ」
吐き捨てるようにそう言って、肇は深々とブランケットをかぶり直す。
「そんなこと言うなよ。この距離だ、もちろん聞いていたんだろう?」
レガリアが何のことを言っているのかは肇にもすぐにわかった。だが、わかっていたからこそ、肇は自身がその注文に応えられないことも知っていた。
「悪いが、僕が聞いていたのはサイレンサー付きの銃声だけ、ことが起こったことを知ったのはその瞬間だ。不覚だけど、僕は数日前に権田原のマークを外していた」
レガリアの表情がかすかに動く。その表情以上に変化のあった情報を、肇は見逃さなかった。
「珍しいな、怒っているのか」
肇のその言葉に、一番驚いたのはレガリアだった。
「怒る?僕が?」
レガリアは肇の言葉と、それを受けての自身の言葉を脳内で反芻する。胸の奥を何だか形容し難いものがざわめいている。モヤモヤと蠢くそれが、体のあらゆる部分に広がり、全身に不快感が伝播する。なるほど、とレガリアは手のひらをグーパーと動かしながら、自身の体の反応をまじまじと観察する。
「なるほど、これが怒りか」
血の気の引いた指先の感覚を噛み締めながら、レガリアはひとりごちる。
「何にそんなに怒っている、昨日会ったばかりの他人の死がそんなに悔しいか?」
「さあね、僕にも初めての体験なんだ。けど、これは多分そんなのじゃない。単純に不快なんだ。犯人は僕はおろか、君の耳すらもだし抜いたんだ。安直な言い方をすると、ムカつくんだよ」
レガリアらしくない直接的な言い回しに、肇は思わず笑い声を漏らす。
「どうした、らしくないな。……面白いものを見られた礼だ、一つ教えてやるよ。殺された権田原は以前、白亜徹と会っていた」
「白亜?白亜って、あの彼か?」
「お前が一昨日ここで会ってる白亜徹だよ。僕が権田原のマークを外した原因も、白亜との接触だ。会話の内容から、敵対してるようにも聞こえなかったからな」
肇が悔しげな顔で歯噛みする。肇の高校時代の同級生である白亜徹とは、一昨日このネットカフェ内で殺人事件が起きた際にレガリアも会っていた。感情を交えずに事実だけを話す語り口には、レガリアも好印象を抱いていた。とてもじゃないが、悪事に加担するような人間には見えなかった。一度会っただけのレガリアですらそうなのだ。長く彼と付き合いのある肇が、白亜の知り合いならと個人的なマークを外してしまうのも無理はない。
「あークソっ。ここまで話したんだ、僕ももう無関係では居られない。なんかあったら守れよ?僕もフィーネもまだ死にたくない」
「ああ、なるべく早く呼んでくれ。知人の死体は見ていて気持ちのいい物ではないからね」
ニコリと柔和な笑みを浮かべて、レガリアは個室を後にする。
「あぁ、今こそ使えばよかったかな」
レガリアの脳裏を掠めるのは、誓の盗聴防止魔法。まぁ、今更言っても仕方ない。レガリアはカツカツと高級そうな革靴のかかとを鳴らしながら、薄暗いネットカフェの廊下を進んでいく。ふと、視線の先で綺麗な銀色の髪が揺れているのに気がついた。
「肇には会えた?」
艶めかしい黒いゴシックロリータを身に纏った少女は、落ち着いた川のせせらぎのような声でそう言った。
「フィーネか、元気だったかい?」
「ええ、おかげさまでね」
ふふ、とフィーネは長い銀髪を揺らしながら、奥ゆかしい雰囲気の笑顔を見せる。
「肇、怒っていたでしょう?」
「そうか?いつもあんなものじゃないか?」
そう答えてしまった後で、「あ」とレガリアがとある記憶に辿り着く。
「そういえば、喧嘩別れしたままだったっけ」
件の殺人事件が解決した直後、肇とレガリアは口論になっていた。そのことを、レガリアは今の今まですっかり忘れていた。
「あぁ、それで僕の顔を見てくれなかったのか」
「ふふ、そういう子供っぽいところも可愛いでしょう」
フィーネが目を細めて笑う。
「君が幸せそうで何よりだよ」
レガリアがそう言うと同時に、彼のポケットの中のスマホが震える。ファイからのメッセージだ。
「もう少し話していたかったけど、呼び出しみたいだ。肇によろしく言っておいてくれ」
朗らかな笑顔のまま軽くフィーネに会釈をして、ネットカフェを後にする。自動ドアの開く音と共に、湿度を帯びた不快な熱気が肌を這う。眩しさに目を細めながら空を見上げると、東から登ってきていた太陽が、間も無く頂点に差し掛かろうとしているところだった。
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