第9話「聖なる夜」

 ふくよかな体型で白いひげが首半分のところまで伸びていて、赤い帽子を被った――サンタクロース達が子どもに渡すプレゼントの入った袋をソリに置いている。


 いよいよ子どもたちにプレゼントを渡す日になった。

 もちろん私も同じ格好をしている。

 見た目だけでは、誰かわからない。

 初めて目撃したら、失神してしまうほどの異様な光景。


「リリシラ様、似合っていますか?」


 一人のサンタクロースが話しかけてきた。

 声から察するに、パン屋のミシルだろう。

 彼女も私と同じ。

 サンタクロースになるのは初めてで、そわそわしている。


「似合ってる」

「そう? あと口調もどうかな? ほっほっ皆さん、サンタクロースじゃ。どう?」

「ええ、良いと思います」


 ミシルの声は大人の声より幼い印象がある。

 私の声も似たような感じがあるし、今回はあまり喋らないにしよう。


「それとね、地図の見方を覚えたんだよ」


 ミシルは地図を広げ私に見せた。

 地図には、様々な色の丸印が記されていた。

 これは、家族ごとにプレゼントの袋に結ばれているリボンと同じ色。

 その上には一枚の紙が貼られていて、そこには玉梓で書かれていた子どもの名前。

 ミシルと同じ私も、地図の見方を覚えた。

 地図を見なくても場所がわかるぐらいに。


「でも、ちょっとわかりづらいのがあって、同じ色が使われている所あるよね?」


 ミシルは地図の同じ色の印を指さす。


「それは、記を付けた人の彩色がとても繊細で、少し薄くなった色とか、濃くなった色を別の色として扱っているからだよ」

「あっ、そういうことね。わかった、わかった。ありがとうね、リリシラさん」


 ミシルは元の場所に戻りサンタクロースと話している。

 どちらも同じサンタクロースの姿なので混乱する。

 身体をくるっと回して、姿を見せているのが、ミシルだろう。

 それを見て拍手をしているのが、ミシルの母――フィシィルだと思う。

 ようやく所作だけで判別ができるようになってきた。


「リリシラさん、そろそろですよ」


 隣のサンタクロースが話しかけてきた。

 声と位置的にルナセインだ。


 あともうちょっとで準備が整う。

 今、手に持っているハンドベルを鳴らすと『一つのグループが準備完了』という合図になっている。

 

 八つのグループに分かれており、私たちを含めて六回鳴った。

 残りあと、二回。


 ハンドベルの音は低い『ド』から高い『ド』まで。

 全部で八音。

 グループの数と一緒だ。

 私たちが鳴らした音は、低い『ド』で一つ目のグループだ。


 グループは横一列に並んでいて、私たちはその一番左端に位置している。

 右奥から二回連続で鳴る。


 準備が整ったようだ。

 私は、ハンドベルを揺らし二回鳴らし、一拍置いた後、三回鳴らす。

 これは『出発します』という合図だ。

 

 ソリが浮かび始めた。


「あっ……」


 思わず、ルナセインに抱き着く。


「リリシラさん? 苦手なのですか……?」


 ルナセインは戸惑いの声で言う。


「わ、私ね、初めてで……」

「――ん? 初めてじゃないですよ。最初、リュナリア王国に来た時、経験したと思いますよ」

「あのふわふわした感触がそうでしょうか?」

「それです。あの浮いた感じですよね。私も最初の頃は苦手でした。直に慣れますよ」


 ルナセインに励ましの言葉を貰ったが、慣れそうにない。

 嫌悪感が身体の中に大きくなる。

 思わず、手すりを強く握る。


「リリシラさん!」


 ルナセインは叫ぶ。


「――なんですか?」

「私の手を握ってて下さい」

「ええ……」


 言う通りにルナセインの手に覆いかぶさるような形で握った。

 ルナセインは片手で紐を引き、トナカイの首元にある鈴を鳴らす。その音を境に、トナカイは勢いを増して駆け出す。


「ちょっと!」

「掴まってください。それと、ハンドベルは落とさないでくださいね」

「――ええ、わかっているわ」


 ハンドベルには、まだ使い道がある。

 それはサンタクロースがやってきた合図をするためだ。目的の地に近づいたら鳴らすことになっている。

 現地の人も同じ音階のハンドベルを持っていて、サンタクロースが鳴らした後に鳴らすらしい。

 それにしても、前景に人がるミニチュアみたいなものは全て本物の建物で、おもちゃではない。

 最初に目にしたときは、あまりにも現実離れしていてミニチュアと錯覚してしまった。あの頃の自分が今の事実を知ったら驚きのあまり気絶してしまうのかもしれない。


「ふふ」

「リリシラさん、寒いですか?」

「い、いえ……丁度いいですわ」


 このサンタクロースの中は心地がいい。

 温かすぎず、息苦しいこともないし、視野が遮られることもない。

 私たちが訪れるのは全部で三か所。


 一か所目は小さい村が点在していて、意外と広範囲に広がっている地域。

 二か所目は高低差が激しく、最上部は山を一つ登るくらいの高さがある

 三か所目は二つの国を合わせたような広さの城下町。


 今回は、初めてということもあり、少なくしてもらっている。

 その分、他のグループに負担がかかり、一番多いところでは、三十地域も行くことになってしまった。


 ……本当に申し訳ない。


「リリシラさん、そろそろです」

「ええ」


 トナカイが下を向いて降りて行っている。

 また、あの嫌な浮遊感が身体に伝わる。思わず声を出してしまうほど。


「リリシラさん、痛いです」

「――すみません」


 ルナセインの手を強く握ってしまったようだ。


「リリシラさん、これは慣れです。十回ほど体験すれば、楽しくなります」


 ......何を言っているの?

 十回……もしないと慣れないの?

 ……長い、長いわ。


 そこまで辛抱強く耐えられない。


「リリシラさん、目を瞑ってみてください」

「――ええ」


 ルナセインの言う通りに目をつぶる。

 きっと浮遊感を軽減できるのだわ。


 ……違った。


 余計に身体の感じ方が強くなり、怒りが出てきた。


「はあ、ルナセインさん」


 隣を向いて、じっと見つめた。


「い、いや。あっ、松明の光が見えますよ。ハンドベルを鳴らしてください」


 話のすり替えて良かったな、ルナセイン。

 まあ、私のすべきことに集中しよう。

 ハンドベルを揺らしてサンタクロースが来たことを伝える。

 こんな遠いのに聞こえるかしら。

 何度も、何度もハンドベルを鳴らした。


「リリシラさん、耳を澄ましてください」


 ハンドベルに鳴らすのをやめて、耳を澄ます。

 微かに『ド』の音が聞こえる。


「――聞こえました」

「そうでしょ、そうでしょ」


 ルナセインは体を小刻みに揺らし、嬉しそうにしている。

 駆け下りている最中にあの動き出来るのか感心する。

 微かなハンドベルを聞きつけてトナカイは速度を上げる。

 私も負けじと、ハンドベルを鳴らし続けた。


 ……なにか、騒がしい。


 目を開けると、松明の光に囲まれた場所で人々が子どもたちへのプレゼントを手際よく仕分けしている。

 どうやら、無事に着いたみたいだ。


「リリシラさん、そこから離れたほうがいいです」


 ルナセインが耳打ちしてきた。


「ええ」


 ソリから離れ、ルナセインが立っている所に移動した。

 どうやら、私が眠っている間に袋が私の体に絡まってしまって、みんなの移動がちょっと大変だったみたい。


 ……本当にごめんなさい。


 人々は一人持てるぐらいの袋に子どもたちのプレゼントの入った袋を入れていく。

 そして、入れ終わったら、続々と村の方に消えていく。


「私たちには手助けすることはないですね……」


 ルナセインはぼそっと呟く。

 この後、私たちが手助けすることなく、最後の人が村の方に消えてしまった。


「行っちゃった……」

「行っちゃいましたね」

「どうするのですか?」

「待ちましょうか、リリシラさん。まだこれを渡してないですからね」


 ルナセインが持っている編みカゴには、たくさんの小袋で詰まっていた。

 中身はクッキーで、ラタマリアと一緒に作っていたものだ。

 外はサクサクで、ほんのりバターの香りがする。


 ラタマリアの所に協働きょうどうしに行った際に、いつも貰うのはこれの原型だった。

 色んな施策をしていて飽きさせず、食べられる味わいを目指していた。

 暗闇から、続々と人が現れた。

 皆、持っていた袋は無くなっていた。

 どうやら、子どもたちに渡し終えたようだ。


「サンタさん、あれを貰い忘れていました」


 ルナセインは編みカゴを村の長に渡した。


「確かに……と」


 村の長は小包からクッキーを取り出し、口に入れた。


「今回はプレーンですか。久しぶりに食べたのですけれど、この味たまらない。みんな、お好きに取っていいぞ」


 村のおさが大きい声で言うと、村の人は駆け寄り小袋を持っていき、暗闇に消えた。

 続々と小袋は無くなっていき、残り一つになった。


「これは渡しておきます。サンタクロースさん、次の所に行って下され」


 村の長の計らいにルナセインは会釈をし、ソリに乗り込んだ。

 続いて私も乗り込む。

 ソリは浮かび、次の場所に向かった。

 

                       ★


 次の場所は、山の斜面に家を建てられている地域で、山の屋上付近に村長に家があるらしい。村長の家族は大家族で子どもがたくさんいる。


 今回の三か所の中で一番時間がかかるとルナセインが言っていた。


 山の斜面は足取りを重くし、屋上の付近の家は絶望感を与えますよと格言みたいな形で言っていた。

 ソリを平地に置いて、斜面のある民家に向かった。

 斜面にあるので民家は少なく、大体三十軒しかないので、プレゼントの数は他のものよりも少ない。

 とはいうものの、運びやすいわけではない。

 一軒ごとの子どもの人数が多く、渡すプレゼントは全部で五十個にもなる。


 しかも、現地の人たちは、自分が転んでしまうと仕事に支障が出るため、手を貸してはくれないということだ。


「リリシラさん、あの通りのプレゼントを渡し終えたら休憩しましょう」


 ルナセインは家々が並ぶ通りを指さしながら口にした。


「ええ、そうしましょう」


 一番手前の家まであと半分。

 半分登るぐらいまではまだ、体力は残っている。

 しかし、地面に足に踏み入れるたびに足に負担が増していく。


 つらい。

 しんどい。

 ……歩くのをやめたい。


 そう思うたびに足取りが重くなる。

 ルナセインの方を見ると。

 もう着いたようで、やりきった表情で私のことを見ている。


 ……いいな、代わってほしい。


「リリシラさん、あともうちょっとですよ。四歩ですよ」


 ……何を言っているの、ルナセインさん。

 私が歩くと八歩。

 二倍近くも歩かないといけない。

 ルナセインよりも二倍疲れるということだ。

 しかし……もうこのことについて考えない。

 考え続けても、結局は足が止まるだけ。

 そう割り切って、前に、前へと足を運んだ。


「リリシラさん、頑張りましたね」

「はあ、はあ……ええ」


 私はその場に座り込んだ。

 こんなに座ることが心地いいと感じたのは初めて。

 少しお尻が汚れてしまったけれど、座っている間の回復していく感覚の方が、ずっと勝っていた。


 ある程度体力が戻ったところで、一番手前の家に向かった。

 摺りガラスと木の枠を組み合わせた扉だった。

 軽く叩くと、隣の扉が当たり、思いのほか大きな音が響く。

 左の扉が右へと動き、男性が現れた。


「ああ、サンタクロースですか。子どもたちのプレゼントを渡しに来たのですよね?」

「ほっ、ほっ、そうじゃ」


 担いでいた袋から子供たちのプレゼントを探す。

 袋の中には小袋だらけ。

 数が多く、皆がかくれんぼでもしているみたいに埋もれている。

 何とか見つけて、男性に渡した。


「こちらですね」

「間違いないです。うちの子どもたちのプレゼントです。ありがとうございます」


 男性はプレゼントを三つの袋を腕に抱えながら、頭を下げた。


「それと、君のじゃ」


 私はクッキーに入った袋を二つ渡した。

 渡した途端、男性の瞳から水が溢れだした。


「……これ、貰って良いのですね?」


 涙を流しながら私に尋ねる。


「ええ、どうぞ……」


 彼の状況に、思わず素に戻ってしまった。


「なんですかね、報われた気がして」


 彼の涙がとどまることを知らない。


「では、次のところに向かいますね」

「お願いします……」


 彼の涙を止められないまま、次の場所に向かった。

 次の場所は、三軒先の所で少し小さい家だった。

 扉をノックしようと前に立つと、扉が開く。


「サンタさん……ここで渡してもらっても、よろしいですか?」

「ええ、構いませんよ」


 袋から取り出し、二袋を渡した。


「すいませんね、こんなところで渡してもらって……うちの子たち、警戒心が強くて、他の人が家に入っちゃうと、起きてしまうんですよ」

「気になさらないでください。色んな事情がありますから。それと、こちらクッキーです。お二人でこっそり召し上がってください」


 女性は一つの袋を開け、口に入れた。


「……おいしい。頑張ってください、サンタさん」


 と女性は言って、扉はしまった。


 次の場所がこの通りの最後の所だ。

 向かうと、家の前で二人が立って待っていた。

 どうやら、待ちきれずに外に出てきてしまったようだ。


「ご苦労様です、サンタクロースさん」


 二人は深々と頭を下げた。


「サンタクロースとして当然のことをしているだけです」


 私は袋の中から、小袋を四つとクッキー入りの袋を二つ取り出し、二人に手渡した。


「奥さん、クッキーで一杯いかがですか?」

「いいわね。サンタクロースクッキーに乾杯ね……」


 二人ともお互いを見つめ合っている。


「じゃあ、次の所に行っていますね」


 私が次の場所へ向かおうと足を踏み出した瞬間、二人は声を合わせて。


「サンタさん、頑張ってくださーい」


 二人の声に背中を押され、私は次の家へと歩き出した。

 次の場所は離れていて、ゆるやかな斜面が人がっている。足的にはまだ大丈夫だけれど、気持ちは少し疲れが見えている。


 プレゼントは、残り十六個で、後三か所だ。


 もう一度気を引き締めて前に進んだ。

 人が近づいてきた。


「うちの子どものプレゼント。あんたが持っているのだろう?」

「ええ」

「ここで待っていてください。あとは、親の出番です」

「親に任せてください、サンタクロースさん」


 親と名乗る人が、私の持っている地図を広げて、仕分けし始めた。


 その様子に気付いたのか、四人の男女が駆け寄ってきた。

 「うちの子も、うちの子も」と口々に言っていたので、彼らもまた、親なのだろう。


 各々がプレゼントの入った小袋と、クッキーの入った袋を腕に抱えていた。

 穏やかな笑みを浮かべながら、家の中に入っていった。

 おそらく、ルナセインが隣の家へ入っていく物音を聞いて、気になって様子を見に来てくれたのだろう。


 ……本当に助かった。


「大丈夫ですか、リリシラさん」


 地面に座り込んでいる私を見て、ルナセインが近づいてきた。


「ええ、平気よ。ルナセインさんは終わったのですか?」

「いや、まだ。村長の家に届けてない」


 村長の家と言うことは、山を登るということだ。

 斜面の角度をきつく、道の真ん中には紐が張られ、握りながら渡らないといけない。


「リリシラさん、ここで待っていて下さい。私が行きます」

「――嫌よ。王妃として最後までやり切ります」

「リリシラさん……一緒に行きましょう」


 ルナセインは手を差し伸ばした。

 私はその手を握り、体を起こした。


 息を整え、村長の家へと向かった。

 私は全てのプレゼントを渡し終え、ルナセインだけが袋を担いでいる。

 その背中には、少し疲れた様子を見せている。

 紐を引っ張り、なんとか前に進もうとする姿が心配になる。


「ルナセイン、半分分けてもらえないでしょうか?」

「これは、私が引き受けたものですから。最後までやり遂げます」

「意地をならないでよ……バカ」


 私の口から飛んでもない言葉が飛び出してしまった。

 普段なら、そんな言葉を発しないのに。

 この場では、息を吐くようにこぼれてしまった。


「……」


 ルナセインは袋の中から小袋を二つ取り出し、私が担いでいた大きい袋に入れて渡した。


「お願いします……意地になっていました、すいません」

「――承りました」


 私たちは紐に引っ張り前に進んだ。


「リリシラさん、私の両親は小さい頃に亡くなって、親との思い出がほとんど残っていないです。でも、今ふと「助け合い」という言葉を思い出したのです」

「……助け合い、ね……」


 見上げた空はあまりにも綺麗でぼやけていて幻想的だった。

 なんとか登り終え、村長の家にたどり着いた。

 ルナセインが扉をノックすると、村長が現れた。


「本当にお疲れ様です」


 村長に案内されたのは子どもたちが寝ている所だった。


「子どもたちの枕元に、プレゼントを置いていただけますか?」

「ほっほっ、構いませんぞ」


 不安が頭を過る。

 子どもたちの名前は知っているけれど、誰が誰なのか、顔と一致しない。

 それらしい場所に置いてはいるものの、もし間違っていたらどうしよう――そう思ってルナセインの方を見ると、彼は平然とした顔で、迷いなく枕元にプレゼントを置いていた。

 その姿を見た瞬間、私の中の迷いが無くなった。

 私も枕元にプレゼントを置き始めた。


 すべて置き終え、クッキーを渡すと、村長は大変満足な表情をしていた。

 帰りの際、私たちの姿が見えなくなるまで、ずっと手を振ってくれていた。


                        ★


 最後の二つ王国の合わせたような城下町。

 街灯が照らす中、私は現地の人々と手を取り合い、子どもたちの贈り物を届けるサンタクロースの姿を思い描いていた。


「リリシラさん、今回は王様と王妃が待っています」


 視線を下に向けると、王様と王妃が手を振っているようにハンドベルを鳴らしている。

 普段は子どもたちのプレゼントを渡しに終えたあとに少し顔を見せるだけという。

 確かにおかしい。

 そういえば、お姫様が十歳と言っていた。

 最後だから見に来たということなのかな。

 王様と王妃が待っている付近にソリを止めた。


「サンタクロースさん、これを渡してはもらえないでしょうか?」


 王妃がソリに駆け寄り、渡されたのは円筒の赤い箱。


「この中には白い帽子が入っています」


 王妃は手を背に回し、傷のある手を隠した。


「慣れないことはするものじゃないわね……」


 ぽつりとこぼした。


「ええ、構いませんよ」

「サンタさん?」

「ほうほう、王妃の為とあれば」


 サンタクロースが言いそうな台詞を自分が出せる野太い声で言ってみた。

 実際、他のサンタクロースが言うのか気になる。


「それと、最後に、最後に渡してくださいね」


 王妃は「最後」を念押しして言う。

 ソリを降り、現地の人と一緒に仕分けをし、そのまま彼らと配りに向かった。ルナセインと私で、十個ずつ手渡していく。


 扉をノックすると、店の小窓が勢いよく開いた。


「おお、サンタさんだ」


 すぐに小窓が閉まった。


「お父さん、サンタクロース来たって!」


 店の外なのに声が響く。

 階段を駆け下りる足音が聞こえ、勢いよく扉が開いた。


「お久しぶりです。サンタさん」


 女性が息を整えながら答えた。


「あたいのプレゼント」


 扉の奥から女の子の声が飛んできた。


「どうしているの?」


 女性が扉の向こうの娘に話しかける。


「だって、お母さんがあんな大きい声で言ったもん。起きちゃったもん」

「ごめん。止められなかった」

「もういいですよ、お父さん。それで……それがプレゼントなんですね?」


 女性は扉を少し閉じながら、私に尋ねる。


「ええ、どうぞ」


 扉がゆっくり開き、女の子の足元が見える。


「待って、サンタクロースいるじゃん」

「そう言っているでしょ。ほら、サンタさんからプレゼントを貰ったし、扉閉じるよ」

「もうちょっと見たーい」

「終了でーす」


 扉が閉まった。


 ……なんだったんだ、今のは。


 次の場所へ向かうことにした。


 さっきの家では、サンタクロースの出番なんて、ほとんど無かった。

 あの家族のペースに巻き込まれて、気づけばプレゼントはもう手渡されていた。

 さて、気を取り直して次の家へ行くとしよう。


 ここは……随分賑やかだ。


 まだ外なのに、家の中から笑い声が漏れている。

 扉をノックすると、足音が聞こえてきた。


「ほっ、ほっ、サンタさんじゃ」

「あっ、サンタさんだ」

「――サンタじゃん」

「サンタ、来て、来て」


 子どもに引っ張れ家の中に入った。

 目の前には子どもが五人立っていた。


「うちの親は、完全に夢の中さ。あれだけ、お酒を飲んでいたら、こうなるのも仕方がないよね、サンタさん」


 五人の中で一番身長が高い人が口にした。

 同情はしたいが、それでは親の誇りは消えてしまうだろう。

 私はそのことには何も言わず、プレゼントを渡した。


「ありがとう、サンタさん。では、一年後にお願いします」


 二番目に背の高い人物が言葉を発すると、皆が軽く頭を下げた。

 一番背の高い人物は、どこか不満げな表情を浮かべながら、控えめにお辞儀をした。

 残り、あと四つ。


 お姫様を除けば、あと三つで、次の場所で終わりだ。

 たまあずさに記された内容は同じで、三つ子のようだ。


 扉を開けると、三つ子の両親が出迎えてくれた。


「サンタクロースさん、こちらです」


 案内された大広間に入ると、三人の子どもたちが奇妙なポーズで待ち構えていた。

 真ん中の子が両隣の手を握り、左右の子たちは片手と両足を床につけてバランスを取っている。遠くから見ると、まるで扇子が広がっているような形だ。


「サ、サ、サンタさん……ど、ど、どうですか……?」


 小さい腕をぷるぷると震わせながら尋ねてきた。

 どう反応すればいいのか、正直判らない。


「これはおうぎというもので、サンタさんもやったことがあると思うんですよ」


 三子の父親は耳元で囁いた。

 でも、私は納得できない。

 こういう舞踊ぶようのようなものは、見るものであって、自分でやるものじゃないと思っていた。


「サンタさん、困らしたわね」


 三つ子の母親が茶化すように言う。


「じゃ、サンタさんにプレゼントを貰いましょうか」


 彼女が言うと、三つ子は縦に並び始めた。

 私は一人、一人に一言を言って渡した。


「ありがとうございます、サンタクロースさん」


 三つ子はそろって口に出し、私はその家をあとにした。


 これで残り一つ。あとはお姫様のプレゼント。


 まさか、ルドウィックでやっていたことを私がやることになるとは微塵も思ってもみなかった。

 彼女も私と同じで「サンタさんに会いたい」と書いているのだろう。


 ……まったく手間のかかる願いだ。


 王宮に足に踏み入れた。

 入り口付近で戸惑っていた私のもとに、執事が近づいてきて、お姫様の居場所を丁寧に教えてくれた。


 部屋の扉をそっと開けると、そよ風に髪をなびかせながら、お姫様が窓際で空を眺めていた。


「こんばんは、サンタクロースさん」


 お姫様は一歩前へ出ると、スカートの端を指先でつまみ、ゆるやかに膝を折った。


「初めまして……お姫様」

「あたくしの名前はミッシェルって言うの、ミッシェルって呼んでくださいな」

「――ミッシェルさん」

「ミッシェル」


 両手を下げ駄々をこねる。


「ミッシェル」

「そうそう。それでサンタクロースさん、それってあたくしの?」


 ミッシェルは円筒の箱に指を指した。


「――そうじゃ」


 返しはこれで良いのかな?

 もうちょっと長めの答えの方が良かったのかな。


「ありがとう」


 突然ミッシェルは抱きついてきた。

 子どもながら強い力。


「あのね、あのね。あたくし、サンタクロースに会いたかったの。玉梓にも書いたんだよ」

「へえ、そう……嬉しい、嬉しいじゃな」


 なんとか、サンタクロースらしい言葉には切り替えられたものの、どこかおかしかった気がする。


「空けていい?」

「ええ」


 あっ、言ってしまった。

 しかし、ミッシェルは気にせずに円筒の箱を開けている。


「……白い帽子? どうして? サンタさん」

「それはじゃな。日差しの強いこの地域に一番うってつけだと思ったのじゃ。それに、ミッシェルに似合うと思ってな」

「サンタさんに、あたくしの名前を言われた。なんてご褒美を頂いているのかしら」


 ミッシェルは白い帽子をかぶる。


「どう、似合ってる?」

「似合っております」

「良かった」


 ニコっと微笑みを見せた。


「最後に三つの質問に答えて頂戴」

「なんじゃ、答えられるかな?」

「一つ、どこから来ましたか?」

「それは……」


 こういう時ってなんと答えればいいのだろう。

 「サンタクロース王国」とおとぎ話のようにファンタジーで濁すか、本当の国――リュナリア王国と言うべきなのか。

 十歳の私に向けてなら、濁さずに真っ直ぐ答えてほしい。あの頃は、嘘や隠し事にすぐ気づいて、嫌がったからね。


「雪と森に囲まれたリュナリア王国というところじゃ」

「ふーん、次ね」


 ……あれ?


 食い気味に王国についての質問に聞いてこないし、王国に対して興味がない?

 それとも、次の質問で聞いてくるのかな?

 ミッシェルは上を見上げ、考えている。


「二つ目は、うーん。好きな食べ物」


 王国についての質問が来なかった。

 ミッシェル的にはあの答えで満足したのかな……。


「……ショートケーキとか、ロールケーキ、チョコレートケーキが好きじゃな」

「あたくしと一緒でお菓子が好きなのね。最後の質問。サンタさんはサンタクロースからプレゼンを貰ったことある?」

「ええ、あります。オレンジ色のマフラーをね」


 最後の質問だけ野太い声を忘れて、自分の声で発言してしまったが、ミッシェルは優しく微笑んだ。


「質問は終わり。楽しかったわ。執事、聞いているのでしょ? サンタクロースを帰してあげて」

「お嬢様、今、寝ているはずです。良い子ですから」


 ミッシェルは「はいはい」と言いながらベッドに入った。


「寝言よ」

「わかりました。ミッシェル様」


 扉が開いた。


「サンタクロースさん、終わったようですね」

「ええ」


 王宮を出るとルナセインが待っていた。


「こちらは終わりましたよ、帰りましょうか」

「ええ」


 ソリに乗り込んだ。


「ところで、リリシラ。少し時間がかかったようですが、お嬢様とは何を話されたのですか?」

「――内緒よ」


 ルナセインには教えない。

 私にしか答えられない質問。

 過去の私と対面したときに答える内容。

 恥ずかしくて言葉にならないから。

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