第3話「協働①.初めてのマフィン作り」

「リリシラ様、玉梓たまあずさが届いております」

「ルドウィック。早すぎないか?」

 

 ルナセインはルドウィックに鬼気迫る感じで尋ねる。


「ルナセイン様も、そうだったじゃないですか。こんなに小さいときから……」

 

 ルドウィックは、ルナセインの当時の背を手で表現する。

 あの感じからして、六歳ぐらいだろうか。

 そんな小さい頃からやっていることって一体何をやらせようとしているのか見当もつかない。


「どなた方から来ているのかしら」

 

 私は不安交じりにルドウィックに尋ねる。


「パシェードからですね」

「パシェード……?」

 

 私が店の名前に、首をかしげているとルナセインは説明し始めた。


「パシェードは……確か、独創的なパンやお菓子とかを作っているところで、昨日、たくさんのパンを袋に詰めてもらったお店じゃなかったかな? ほら、あの元気な女の子が出迎えてくれるところの」

「さすがです。ルナセイン様」

 

 ルナセインはその言葉を聞いて、なんだか照れているみたいで、満更でもないように頭を手でさすっていた。


「こちらです」

 

 ルドウィックから、一つの玉梓たまあずさを受け取った。

 玉梓たまあずさを包んでいる紙の表面にはリリシラ様と刻印されている。

 封は切らており、ろうが横半分に二つに分かれている。きっと、ルドウィックが確認するために封を切ったのだろう。

 包み紙を開くと、二つ折りされた玉梓たまあずさが入っていた。

 たまあずさには、こんなことが書かれていた。


リュナリア王国十五代目王妃リリシラ様


初めまして、フィシィルと申します

突然の玉梓たまあずさで、驚かれていることと思います

日も浅く、初めての連続で困惑が多いことと思います

単刀直入に、お力を貸していただけないでしょうか

娘はまだ小さく、手が掛かります

一人でも、人出が欲しいのです

良ければ明日、パシェードに来ていただけないでしょうか


フィシィル


 この玉梓たまあずさをもらったということは、手伝わざるをえないと感じた。

 昨日、あれだけ貰ったのだ。

 何か返したいと思っていたところにいい話が舞い込んできた。

 何も拒否する理由もないし、何より嬉しかった。

 街の人に玉梓たまあずさを受け取ったのは、初めてだったから。


「リリシラ様、協働きょうどうなさいますか?」

協働きょうどうとは何でしょうか?」

協働きょうどうとは、手伝いみたいなものです。どうされますか?」

 

 ルドウィックは、玉梓たまあずさを読み終えたことを感じたのか、どうするか私に尋ねてきた。


「ルドウィック。動きやすいドレスはないかしら」

「リリシラ様、用意しております」

 

 ルドウィックは、ダイニングを出て左から三番目のドアに手を掛けた。


「こちらです」

 

 ドアを開けると、そこには、全体が黄色の煌びやかなドレスがあった。

 スカートの丈は短く、そこまで派手ではない装飾。

 今日の活動にふさわしい、そんなドレスだった。


「では、私はこちらで」

 

 ルドウィックは、扉を閉める。


「ルドウィック……私、一人でこれを着るの?」

 

 返事は返ってこない。本当に一人で着ないといけなくなりそうだ。

 でも、どうやって?

 昨日は、コアファフトンから来た。グラアスという方にやってもらっていたのに。今日は、来ないの?

 

 私は、一人でドレスを着ることができない。

 いつも、誰かの手を借りていたから――それが当たり前だったのに。

 

 茫然ぼうぜんとドレスを見つめ、途方に暮れていると、扉をたたく音が聞こえる。

 扉が開くと、老婆と少女が立っていた。


「どちら様?」

「コアファフトンのママーラと申します」

 

 老婆は自分の胸に手を当て挨拶した。


「この子は、マチャネル」

「どうも……」

 

 小さい女の子はこくんとうなずく。


「では、始めるよ。マチャネル」

「うん」

 

 ドレスの着替えが始まった。

 手慣れた様子で、ドレスの準備をする老婆。

 とにかく早い。

 ターナル王国でもこんなに早く準備をする方はいなかった。


「では、コルセット巻かせていただきます……」

 

 マチャネルは、初めてなのか。

 戸惑いながら巻き始めた。

 

 そういえば、最初に担当した使いの人も同じ感じだったっけ。少しおぼつかなく、慌てている感じで巻いてもらったような。


「マチャネル。締め付けが甘い。見てなさい」

「は、はい……」

 

 ママーラはコルセットをきつく締め始めた。


「三・二・一」

 

 カウントするママーラ。カウントが一に近づくにつれ締め付けを強く感じる。


「――っ!」

 

 思わず声が漏れてしまった。声が漏れるのと同時に、背もピンと伸びる。


「息苦しくないでしょうか?」

 

 ママーラは優しく尋ねる。


「ええ、大丈夫だわ」

 

 なんだ、この絶妙な締め感は。

 きつく過ぎず、ゆるくもないこの感じ……。

 それに、普段よりも少し息がしやすい。


「ドレスにいかせていただきます」

「ええ、頼みます」

 

 感動したからなのか、少しかしこまった言葉が口から出た。

 ママーラがドレスを空中に投げた。

 空中に舞ったドレスはゆっくりと私の体に入る。

 その光景に、思わずマチャネルは拍手をした。


「こんなんで、感動されたら困るよ。まだ終わってないのだから」

 

 ママーラは、少し嬉しい様子で言った。

 それから、マチャネルにボタンを留めてもらった。


「このドレスも、こんなに美しい王妃に着られて嬉しいと言っています」

「ええ、そうでしょうか!」

 

 ママーラの言葉に、つい顔がにやける。


「これで完成ね。どうでしょうか、リリシラ様」

「ええ、悪くはないわ」

 

 コルセットのおかげなのか、ドレスが少し細いおかげか、体を回した時の重さが一段と軽くなっていく気がする。


「では、私たちはこれで」

「あの、グラアスって方はいますか?」

 

 昨日、お世話になった女性の方。

 確か、「コアファフトンから参りましたグラアスと申します」と言っていたから、何か関係があるはず。


「お母さんのこと?」

 

 マチャネルは、首をかしげながら答えた。


「ええ……そうなの?」

 

 まさか、お母さんとは思わなかった。あの所作、風格はどこか冷たさがあった。

 この二人には温かく、どこか穏やかな感じで、冷たさは感じられない。


「お母さんは、寝ているよ。朝弱いから」

「そういうのは、言っちゃいけないのよ」

「――え⁉ そうなの?」

 

 マチャネルは、驚いた顔でママーラを見ている。


「つい、長居してしまいました。では、私たちはこれで」

 

 そそくさと帰る、ママーラとマチャネル。

 あまりの早い帰り支度に、言葉を返す暇なんてなかった。

 なんて職人気質な人たちなのだろう。

 

 衣裳部屋を出ると、ちょうどルナセインが他の部屋の扉から出るのが見えた。


「ルナセインさんも、協働きょうどうですか?」

「え、は、はい。リリシラさん、お、お似合いです……」

 

 ルナセインの姿は、王族が着ている豪華な装飾では無く、灰色の単色で構成された衣装。

 よく城とか街を補修している人の姿に酷似していた。


「ルナセインもお似合いですよ。どうしてその様な恰好を?」

「家の補修に……街の補修に呼ばれましてね。リリシラさんは、どちらへ?」

「パシェードですよ。さっきお話ししていたじゃないですか、ルナセインさん」

「そうですね……そうですよね。あはは。あっ、大事なものを衣裳部屋に忘れていました。頑張ってください」

 

 ルナセインは、すぐに部屋へ引き返した。

 よっぽど見られるのが恥ずかしいらしい。



                      ★



 私は、パシェードの扉の前で立ち悩んでいた。

 

 後は、扉を開けるだけ。

 けれども、行動できない。

 昨日は、お忍びという形で訪れたばかりに姫さまとしての振る舞いをどうしようか定まっていない。

 高貴な振る舞いをしたほうがいいのだろうか。

 それとも、昨日のフレンドリー的な感じがいいのだろうか。

 うーん……悩んでしまう。

 

 とはいえ、ここでずっと扉の前に立っていれば、いずれ誰かに開けられてしまう。

 それなら、自分の手で開けたい。

 私は覚悟を決め、扉に手をかけた。

 引いた瞬間、鈴の音が鳴り響いた。


「お、お姉ちゃん!」

 

 花が開いたように、元気な様子で女の子が走ってきた。


「また、来てくれたの?」

「うん……」

 

 今日は、王妃して来たのだけれどね——心の中で付け足しをした。


「今日ね、お姉ちゃんの相手はできないの。ごめんね、お姉ちゃん。今日、王妃が来るの」

「そうなんだ……」

「だからね、お姉ちゃん……」

 

 女の子が言いかけた時、奥から女性の声が聞こえた。


「ちょっと、待ってください。はぁ…はぁはぁ、お名前教えてもらってもいいですか?」

 

 女性は息を整えつつ、尋ねる。


「――ええ。リリシラと言います」

「えええええ⁉︎」

 

 奇声に近いような声で驚く女の子。


「お姉ちゃんが王妃……? 昨日来たのも、王妃……。でも、格好が違う。街の人と同じ格好していた。もしかして、顔が似た人? ということは、初対面……? じゃあ、お姉ちゃんとは別人?」

 

 女の子は頭を抱えながらぶつぶつと言っている。

 昨日の件は本当に申し訳ない。

 私の興味本位でお忍びしていただけ、なんて言えない。

 余計に困らせてしちゃいそうな気がする。

 私は困り果て、女性の方に助け船を求める形で目を向けると微笑みながらうなづく。


「そういえば、たまあずさでしかお名前をお伝えしていませんでしたね。改めまして、フィシィルと申します。この子がミシルです」

「リリシラお姉ちゃんよろしくね」

「では、リリシラ様。始めましょうか」

「ええ」

 

 フィシィルに連れられ、奥の工房室に行く。

 マフィンから教わることになった。


「まず、バターをクリーム状になるまで混ぜ続けてください」

 

 特殊な形のスプーン——泡立て器を使って混ぜていくみたい。

 泡立て器でバターを押し付け一周、また一周と回していく。

 こんな塊から本当に、クリーム状になるのだろうか。

 

 十周ぐらい回したところで、塊が少しだけ小さくなったのが見てわかる。塊が小さくなったぶん下にクリームのようなものが溜まっている。

 

 さらに一周、また一周と回す。

 下にクリーム状のものが溜まっていくにつれ、腕が重くなっていき、痛みが生じてきた。その痛みに耐えつつ、塊がすべてなくなるまで混ぜ続けた。

 

 バターがクリーム状になったところで、フィシィルは白い粉――グラニュー糖を加えた。


「ここから白くなるまで、混ぜ続けて」

「ええ」

 

 ここからまた、混ぜるみたいだ。

 どんどんと、粘性が高くなっていき、かなり力を入れないと、回せない。

 これを普段やっていると考えると、恐ろしい。

 なんとか、全体的に白くなるまで混ぜ続けることができた。

 一呼吸しつつ、深めの皿に視線を戻すと黄色の液体が入っている。


「これはなんですか?」

「これはね、卵を溶かしたやつで、この液体がここから、無くなるまで、混ぜ続けてね」

「ええ……」

 

 ……まだ終わらないかと、弱音が出てしまう。

 軽く二呼吸をし、気を取り戻して、再び混ぜる。

 

 混ぜていく中で気づいたのは、力任せに回すのではなく、流れに身を任せることによって無駄な力がかからず楽に回せるということだ。

 これは、慣れていくなかで編み出した考えであった。

 

 浅めの皿に、卵がなくなるまで混ぜ続けた。全体的に白かったものが、黄色に色づいていき一つの液体に変わったところで、手を止めると、フィシィルは言う。


「あと、牛乳ね。それと、わたしからのワンポイトアドバイス聞いて損はないと思うわ」

 

 フィシィルは混ぜ方に対して説明し始めた。


「リリシラお嬢様の混ぜ方は、少し効率が悪いわね。わたしがやるんだったら」

 

 フィシィルは私が使っていたヘラを手に取り、深めの皿に入っているクリーム状になっているものに斜めから差し、少し持ち上げ、深めの皿自体を回す。


「これを繰り返することによって、ふわふわになるのよ。リリシラ様、やってみて」

「ええ、わかったわ」

 

 まず、ヘラというものを斜めに差す。これは簡単だった。

 続いて、クリーム状になったものを少し持ち上げる。


「少し、持ち上げすぎかもしれないですね……」

 

 フィシィルはそう言って、丁度いい高さになるまで、私の腕を手で下げる。

 最後に、深めの皿を回すことになっている。

 しかし、どのタイミングで回していいかわからないし、頭がこんがらがっているせいか、クリーム状になったものを見続けることしかできなくなっていた。


「こうやって、回すのよ。やってみて」

 

 フィシィルが私の手を使い、やってみせる。

 その感覚を覚えつつ、二回、三回と繰り返すことで、なんとなくではあるが、こなれてきた。


「いいよ。いい調子。牛乳入れるから、この調子で混ぜてね」

 

 深めの皿に牛乳を入れ、今の方法で混ぜる。

 さっきの全体的に回すよりも、こっちの方が、腕の負担は少なく、おまけになめらかなクリーム状になりやすいのが視覚でもわかる。


「これで、混ぜるのはおしまいね。あと、オーブンで焼いたら完成……そうだ! そうだわ。マフィンの中に何か入れましょう。そっちの方が、面白いわ」

 

 フィシィルはそう言って、小皿を置き始めた。

 小皿の中には、ブルーベリー、ベリージャム、アーモンド、ナッツ、洋ナシ、エビ、アボカド、ソーセージ、ザクロ、スイカ、パイナップル、サクランボ、オレンジ、リンゴが、一種類ずつ、入っていた。


「ここの中から、二つ選んでください」

「二つですか……」

 

 どれも良い。全部入れたい。

 いや、ダメだ。

 二つと言われたんだ。

 うーん……。


「……ザクロとナッツにします」

 

 私の口から二つの食材が漏れ出た。


「ザクロとナッツ……?」

 

 フィシィルは信じられないという表情をしていた。


「いいんじゃない。いいのよ。その……やってみたら、超絶合う可能性もあるし、やってみましょう」

 

 ザクロとナッツを入れ、クリーム状になったものを注ぐ。

 そして、マフィンと原型と出来たものは大きい板に敷き詰めた。

 フィシィルは、オーブンに入れる。


「おいしくなかったら、承知しないわ……」

 

 末恐ろしい吐息が耳に聞こえた。

 ……聞かなかったことにしよう。


「お姉ちゃんどんな感じ?」

「ええ、悪くない感じだと思う……わ」

 

 さっきの、フィシィルの声が怖かった。

 私は今、とんでもないものを作ったのかもしれない。


「あっ、焼くところまでいったんだね」

「ええ」

「どんなの、作ったの?」

「マフィンよ」

「なんか入れたの?」

「ええ……」

 

 ……この子するどい。


「ザクロとナッツを入れてみたわ」

「へぇ、面白い組み合わせだね」

「そうでしょ……」

 

 ……本当にそうかしら、つい口からザクロとナッツが声から漏れってしまったけれど、本当においしい組み合わせかわからない。フィシィルさんの執念じみた顔は、美味しくないじゃないかと烙印を押されたような気分になる。


「お姉ちゃん、ちょっと暗いよ」

 

 ミシルは私の姿を見て、覗き込む形で尋ねる。


「新しいことばかりで、疲れちゃったのかな」

 

 ミシルに心配させまいと嘘をついた。


「ちょっと、来て」

 

 ミシルに強引に引っ張られ、パンがたくさん置かれているところに連れてこられた。


「見て、見て」

 

 ミシルは声を弾ませた。

 そこには、たくさんの人々が待っていた。

 皆、パンの入ったカゴを手に持っている。


「皆さん、そろそろです。そろそろですよ」

 

 ミシルは人々を煽るような形で声をかけた。

 一体、なにを待っているのだろうか。

 どこからか、香ばしいにおいがする。

 この香ばしい匂いに釣られて、ざわめきが大きくなる。


「みなさん、お待たせしました」

 

 フィシィルは、焼きあがりのマフィンが入っているカゴを置いた。

 置いた後、人々はマフィンをカゴに入れ始めた。


「みなさん、これを待っていたんですか?」

 

 私は小声でフィシィルに尋ねた。


「そうだよ。みんな楽しみにしてたの。でも、今回は人が多い。きっと街の補修が一段落したからかな?」

 

 店の外まで列をなしていた人々が、二呼吸している間にいなくなった。

 あまりの速さに、理解が追い付かない。


「あらら、なくなっちゃったね、リリシラ様」

 

 ミシルがそう言うので、周りを見ると、さっきまであったパンはなくなり、カゴだけが残されていた。


「もうやることもないし、どうする?」

 

 ミシルは気楽そうに尋ねる。


「そうね。試食会でもしましょう」

 

 フィシィルはそういって、パンの工房室に駆けて行った。

 ほどなくして、一つのカゴを手に持ち、戻ってきた。


「実はね、三つだけ残しておいたのよ。自分たちが食べられないのも不憫でしょ」

 

 フィシィルは軽く息を整えつつ、口にした。

 カゴの中には、マフィンが三つ入っていた。


「これが、お姉ちゃんが考えたマフィンね」

 

 ミシルはマフィンを手に持ち、マフィンを眺めた。


「ええ、そう。ザクロとナッツのマフィン」

「改めて聞いても、不思議な組み合わせだよね。いただいちゃいます」

「あら、ちょっと」

 

 フィシィルが止めに入るが、ミシルはお構いなしに口に放り込む。


「ほお……不思議」

 

 ミシルは酸っぱいのか、口をとんがらせながら咀嚼する。

 この表情は、おいしいのか、まずいのか、わからない


「お母さん、食べてみてよ」

「……」

 

 フィシィルは、一度マフィンを見つめ、目をつぶり一口かぶりついた。

 一口、二口と、咀嚼すると口をむっと上げる。酸っぱいと感じるのかな。

 私もマフィンを手に取る。やけどしそうな温かさが手に伝わる。

 おそおそる口にすると、ザクロの酸っぱさが口の中に伝わる。


「――っ!」

 

 思わず口から声が出るほど酸っぱい。

 唾液が波のように押し寄せる。

 酸っぱいのが来た後に、素朴な甘さとナッツの食感がくる。

 とても、癖になりそうな味だ。

 しかし、この酸っぱさ。

 苦手な人もいそうだ。

 街の人も気に入ってくれるといいな。


「意外といいですね、これ」

 

 私がそう言うと、ミシルは、明るくうなづいた。


「そうでしょ、そうでしょ」


                     ★


 王宮に戻り、ルドウィックに今日の出来事を話した。

 親身に耳を傾けてくれたあと、小さな声で呟いた。


「私には合いませんでした」

 

 どうやら、私が作ったマフィンを食べてくれたようだ。

 やっぱり、合わない人もいるよね


「ルドウィック、一つ聞きたいことがあるの?」

「何でしょうか?」

他郷たきょうのお金が保管されている部屋に行ってみたいわ」

「……いいでしょう。ついてきてください」

 

 ルドウィックに案内され、階段を下へ下へと降りていく。

 ……少し肌寒い。


「リリシラ様、着きました」

 

 着いた場所には、壁に一枚の石で作られた扉がはめ込まれていた。

 ルドッウィクが扉に手を掛け、手前に引いた。

 

 近くのしょくだいに火を灯し、入口付近だけ確認した。

 部屋には、引き出しがたくさん並んでいる。


「ここが、お金を保管している所……」

「そうです。リリシラ様」

「もう一つ聞いてもよろしいですか?」

「どうぞ」

「サンタクロース関係で使った後って、どうやって補充されるのですか?」

「補充……ああ、サンタクロース恩義ってことですね」

「……なるほど」

「まあ、お金のことはお気になさらないでください。執事の仕事ですから。扉を閉めてもよろしいですか?」


「ええ……お願いします」

 

 ルドウィックは燭台の火を消し、扉を閉めた。

 

 少しもやもやした気持ちを抱えながら、部屋へ戻った。

 ――サンタクロース恩義って、何?

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