葬式で発覚、夫に妻が三人いた

ソコニ

第1話「葬儀場の悪夢」


プロローグ

携帯が鳴り止まない。

画面に映る名前は「健一」。

でも、健一はもういない。三日前、交差点で大型トラックに轢かれて、即死だった。

私、恵子は携帯を握りしめたまま、葬儀社のソファに座っていた。42歳。結婚17年目。子供はいない。いや、作らなかった。健一が「二人だけの時間を大切にしたい」と言ったから。

「奥様、祭壇のお花の配置ですが…」

葬儀社の担当者が話しかけてくる。私は頷いた。何を聞かれているのかよく分からない。頭の中が真っ白で、ただ涙だけが流れ続けている。

健一。

あなたは私の人生のすべてだった。

なのに、なぜこんなに突然いなくなってしまうの。

「では、明日午後1時から通夜、明後日が告別式ということで」

「はい…」

私は書類にサインをした。震える手で、何度も何度も。

健一の会社の人たちには連絡した。健一の両親はすでに他界している。私の両親も同じ。親戚は遠方で、ほとんど付き合いがない。

だから、この葬儀はきっと静かなものになる。

健一と私、二人だけの最後の時間。

そう思っていた。


第一章:通夜の日

葬儀場のロビーに、健一の遺影を飾った。

五年前、社員旅行で撮った写真。笑顔が眩しい。

「綺麗な方ですね、ご主人」

受付の女性が言う。私は小さく微笑んだ。

そう、健一は格好良かった。背が高くて、優しい目をしていて、いつも穏やかで。営業の仕事をしていて、出張が多かったけれど、帰ってくるといつも私を抱きしめてくれた。

「恵子、会いたかったよ」

そう言って。

午後1時。通夜が始まる。

喪服を着た人たちが、ぽつぽつと集まってくる。健一の会社の同僚たち。上司。取引先の人。みんな驚いた顔をしている。45歳での突然の死。誰もが信じられないという表情だ。

「奥様、どうかお気を確かに」

「ありがとうございます」

私は何度も頭を下げた。

そして、午後2時を過ぎた頃。

彼女が現れた。


第二章:最初の亀裂

「すみません」

ロビーに、一人の女性が立っていた。

黒いワンピース。肩までの黒髪。目が赤く腫れている。38歳くらいだろうか。私より少し若く見える。

「あの、私…健一さんの…」

女性は言葉に詰まった。そして、ハンドバッグから白い封筒を取り出す。

「お香典です。どうぞ、安らかに眠ってください」

「ありがとうございます」

私は会釈をした。会社の関係者だろうか。でも、見たことのない顔だ。

「あの、失礼ですが、お名前を…」

「美咲です。森田美咲」

森田?

健一の会社の取引先リストに、そんな名前はなかったはずだ。

「森田様は、主人とどのような…」

「妻です」

え?

「私、健一さんの妻なんです」

時間が止まった。

周囲の人たちの話し声が遠くなる。葬儀場の空調の音だけが、やけに大きく聞こえる。

「何を…おっしゃって…」

私の声が震えた。

美咲と名乗った女性は、もう一度ハンドバッグに手を入れた。そして取り出したのは、一枚の紙。

婚姻届の受理証明書。

夫:川崎健一

妻:森田美咲

受理日:平成27年4月3日

「嘘…」

私の手から、香典帳が滑り落ちた。

「奥様?」

受付の女性が駆け寄ってくる。でも私は立っていられなかった。膝が笑って、その場にへたり込む。

「ちょっと、大丈夫ですか!」

「すみません、私…」美咲の声も震えている。「でも、本当なんです。私と健一さんは、10年前に結婚して、息子もいます。翔太、今年10歳です」

息子。

10歳。

10年前の結婚。

私が健一と結婚したのは17年前。

どういうこと?

「あなた、何を言ってるの? 健一は私の夫よ。私たちは17年前に結婚したの。戸籍にもちゃんと…」

「私も戸籍に載っています」

美咲はきっぱりと言った。

「健一さんは、私の夫です。毎週水曜日と週末は、必ず家に帰ってきました。翔太の誕生日も、運動会も、入学式も、全部一緒にいました」

「そんな…」

水曜日。

健一は毎週水曜日、「得意先との会食がある」と言って帰りが遅かった。いや、帰ってこない日もあった。

週末。

月に二回は「ゴルフ」だと言って、土日を空けていた。

まさか。

「奥様、少し奥の部屋で休みましょう」

葬儀社の担当者が私の腕を掴む。でも私は動けない。

美咲を見つめることしかできない。

そして、美咲も私を見つめている。

その目には、私と同じ混乱が映っていた。


第三章:崩壊の序章

私と美咲は、葬儀場の控室に案内された。

二人きり。

白い壁に囲まれた、小さな部屋。テーブルを挟んで向かい合う。

「あなた…本当に健一の…」

「妻です」

美咲は繰り返した。そして、スマートフォンを取り出す。

画面に映っていたのは、写真。

健一が、小さな男の子を抱きかかえている。笑顔。幸せそうな笑顔。

「これが翔太です。目が健一さんにそっくりでしょう」

確かに、似ている。

健一の面影が、はっきりとある。

「私、わからない…」私は頭を抱えた。「健一は営業で、出張が多くて…」

「健一さん、営業じゃありません」

「え?」

「経理です。本社勤務。出張なんて、年に一、二回あるかないかです」

営業じゃない?

でも、健一はいつも「営業で飛び回ってる」と言っていた。名刺だって、「営業部」になっていた。

「嘘…全部、嘘だったの…?」

美咲は黙って頷いた。

そして言った。

「奥様は、お子さんは?」

「いない。健一が、二人だけの時間を大切にしたいって…」

「そう言ったんですか」美咲の表情が歪む。「健一さん、私にも同じことを言いました。『翔太が生まれたから、もう一人は作らない。翔太だけを大切にしたい』って」

私たちは、同じ言葉を聞かされていた。

同じ嘘を。

「あの、本当に失礼なんですが」私は震える声で聞いた。「美咲さんは…健一とどこで知り合ったんですか?」

「会社の同僚です。私も同じ会社で働いていました。経理部で」

同じ会社。

健一の会社のホームページは見たことがある。でも、社員の写真なんて載っていない。私は健一の同僚を、ほとんど知らない。

「私たち、社内恋愛で。健一さんが『戸籍上の手続きをする』と言って、婚姻届を出しました。でも…」

美咲は言葉を切った。

「でも?」

「私、奥様の存在を知りませんでした。健一さんは独身だと…」

その時だった。

控室のドアが、激しくノックされた。

「すみません! あの、また別の方が…」

葬儀社の担当者の声が、妙に上ずっている。

私と美咲は顔を見合わせた。

嫌な予感がする。

ドアを開けると、担当者の後ろに、もう一人の女性が立っていた。

若い。28歳くらいだろうか。

ロングヘアの、華奢な体つき。

そして、彼女は泣いていた。

「健一さん…健一さん…」

女性は震える声で言った。

「私、由紀です。健一さんの…」

私の心臓が、嫌な音を立てる。

「妻です」


エピローグ

控室に、三人の女が座っている。

恵子。42歳。結婚17年目。

美咲。38歳。結婚10年目。

由紀。28歳。結婚は…

「5年前です」由紀は涙を拭いながら言った。「健一さんと結婚したのは。双子がいます。ユウとアイ。3歳です」

双子。

私の頭の中で、何かが弾けた。

健一には、三人の妻がいた。

そして、三人の子供。

いや、待って。私には子供がいない。だから、五人?

「これ、どういうこと…」

私は呟いた。

美咲が、由紀が、同じように呟く。

「健一さん…何を…」

テーブルの上には、三枚の婚姻届受理証明書が並べられている。

日付が違う。名前が違う。

でも、夫の名前は同じ。

川崎健一

三人の女は、お互いを見つめ合った。

そして、外では通夜が続いている。

健一の同僚たちが、何も知らずに焼香をしている。

「健一さん、良い人だったのに」

「まだ若かったのにね」

そんな声が聞こえてくる。

良い人?

私は笑いそうになった。泣きそうになった。叫びそうになった。

でも、何も出てこない。

ただ、三人で座っている。

夫を亡くした、三人の妻が。


第2話「二人目の妻」に続く



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