短編未満(掌編やショートショート)

須藤

永遠の山脈

 古びたアパートの壁にかかったカレンダーは、ずっと同じ十一月のページで止まっている。

 テーマは「世界の絶景」。めくるたびに、眩しいほどの希望に満ちた風景が私を嘲笑う。

 ​四月。サントリーニ島の青と白。

「あの日、二人で見たかった景色だね。」私が口にした時、彼は何も言わず、ただ笑った。

 ​八月。ウユニ塩湖の天空の鏡。

「来年こそは、きっと。」そう約束した日、彼の手はまだ温かかった。

 ​今はもう十一月。カナディアンロッキーの雄大な山並み。紅葉は終わり、雪に覆われる直前の、全てが冷え切った景色。彼の声が聞こえなくなって、何ヶ月が経っただろうか。

 ​私は、カレンダーをめくる勇気がない。めくれば、十二月の凍えるような夜空のページが現れ、彼のいないクリスマスと、何もない未来を突きつけられるからだ。

 ​日付は、すでに新しい年を迎えているはずなのに、私の時間だけが、この十一月の山脈に囚われたままだ。壁の絶景は、いつまでも私に、手の届かない「幸せだった日々」を見せつけ続ける。

 ​私はただ、冷たい部屋で、めくられることのないカレンダーを見上げ、息を潜めて、この景色が終わるのを待っている。しかし、絶景は、永遠に変わらない。

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