第3話
あの事件が起きてから、やや二ヶ月ほどが過ぎていた。日々は特に大きな変化もなく、いつも通りに過ぎていく。気づけば学園入学まで、残り一ヶ月を切っている。 本来ならサヴァン家への取り調べや尋問が進んでいてよいはずだが、それは王都の継承戦のために一時停止となった。事の経緯は、ハルバの妻であるフィナがこう告げたからだ。
「今は継承戦の真っ最中です。ルミナに余計な負担をかけるわけにはいかないわ。 でも継承戦が終わったら、サヴァン家についてルミナとじっくり話をするつもりだから♪」
その言葉どおり、今は王城側も身動きが取れない。表向きは普段通りな表情だけれど、明らかに怒りが滲んでいた。それは自分を毒殺しようとした恨みか、はたまたルミナを利用しようとしたことか定かではないが…何はともあれ、今は入学試験に備えねばならない。
アリスティア学院一一王都でも名高い名門校だ。毎年、王都はもちろん周辺諸国や帝都からも志願者が押し寄せ、倍率は跳ね上がる。高得点を取らねば合格はほぼ望めない、そんな熾烈な戦いが待っている。その戦いに向けて各々準備を進めるのだった。薄暗い廊下に、窓から朝日の木漏れ日が差し込んでくる。
その光を受けて、ルアはゆっくりとベッドから体を起こした。今日は珍しく執事の仕事が休みで、久しぶりの休暇だ。
ルシアは母のフィナとともに同じ公爵のテラスト家へ出かけているという。テラスト家の令嬢ソフィもアリスティア学院を受験するらしく、二人で特訓をしたいとのこと――そのため、今日は屋敷が静かな休日になっていた。
休みの予定は二つ。ひとつは当然、入学試験に向けた練習だ。そしてもうひとつは遺跡への探。グレイシア家の北端には古びた遺跡があり、便利な装備や素材が手に入ると噂されている。だが、遺跡は難易度が高く、物語の後半でなければ歯が立たない場所でもある。 なによりこの世界ではレベルが表示されないため、自分の実力がどの程度か把握しづらい。
だからこそ油断は禁物。とはいえ、遺跡についてある程度の知識を持っている。準備を整え、短い休暇の朝に、彼は遺跡へと歩を進めた。薄暗い廊下を抜け、領地北端の古びた遺跡にルアは足を踏み入れた。苔に滑る石段を下り、湿った空気の中を進む。遠くで水滴が落ちる音が静かに響くだけだ。
遺跡の奥には、便利な宝具や素材が眠っているはず―その期待を胸に、懐中の地図と記憶を頼りに歩を進める。 やがて通路は開け、最奥の部屋に出た。古い石の床の中央には、ひときわ古びた宝箱がぽつんと置かれている。ルアは普戒を解かずに周囲を点検し、罠の有無を確かめようと手を伸ばしたそのとき、鋭い音が部屋に響いた。
――カチッ。
視線を上げる間もなく、天井の隅から白い人影が落ちてくる。直感で体を翻し、ぎりぎりで避けながら刀を抜いた。落ちてきたのは、メイドの姿を模した
一瞬の遅れもなく、
「
受身:斜刀乱は受けに回りつつ刀に蓄積した力を刃先へ変換して一撃を返す技だ。全てのダメージを防げるわけではないが、その一撃は反撃のチャンスを生む。
青白く輝いた刃先が白布の裾を裂き、金属音が薄暗い空間に響く。
ルアは呼吸を整えつつ、倒れた人形に近づく。表面はひんやりと冷たく、節々には精巧な関節が組み込まれている。表情は相変わらず無機質だが、背中のあたりに、微かに異様な光が滲んでいるのを感じた。胸の奥で不快な予感が潮の満ち引きのように押し寄せる。
慎重に近付き、光源の正体を探ると、そこには小さな魔道具が埋め込まれていた。黒曜の枠に銀の回路が走り、文字のように刻まれたルーンがくすくすと微光を放つ。明らかに外部からの制御を加えるための改造だ一意識を書き換える、あるいは意思を縛るための装置。私はすぐにそれを外す必要があると直感で感じ取った。
だが、ただ引っ張っても事は済まない。魔道具は人形の構造に深く組み込まれており、 無造作に外せば回路が暴走して人形が自爆する可能性もある。ルアは懐に入れてきた小さな工具と、魔力の制を準備する。掌に集中し、魔素を穏やかに周辺に流し込んでいく。余計な電流を押さえ、回路だけを静かに眠らせるためだ。
「頼む…」 独り言のように小さく呟くと、ルアは刃の先で回路の継ぎ目を慎重に削ぎ、最後に小さな磁針で魔道具をこじ開けた。銀の回路が煙を上げる。刃を引くと同時に、掌から放った制御の魔素が一瞬回路に注ぎ込み、ぴたりと暴走を止めた。回路は冷え、微かな残響だけが残る。ルアは素早くそれを引き抜き、布に包んで懐へとしまった。
「…これは…」呟きながら、彼はその魔道具をまじまじと眺める。刻まれたルーンの一部に、呪いの類である文字が含まれていた。原因はこれで決まりだろう。 余計な仕掛けを解除し終えると、ルアは倒れた人形を抱き起こし、宝箱へと視線を戻す。箱は古びてはいるが、堅牢に鍵が掛かっていた。
封印魔法が施されている可能性を考え、彼は小さな解錠錠具を取り出す。鍵の仕掛けをひとつずつ解除していくと、金属の音とともに蓋が軋んで開いた。
中に収まっていたのは、小さな宝具一一銀細工の懐中鏡だった。鏡面に刻まれた文様は魔素を反射する特殊合金で、光を集めることで簡易的な感知や増幅を可能にする。ルアは直感で、その機能が探索や素検知に非常に有用であることを理解した。加えて、箱の片隅には古びた巻物と小さな薬草袋や寂れた天のようなもの、さらに金貨数枚が入っている。遺跡らしい小さな戦利品だ。
荷物をまとめると、ルアは人形を背負って遺跡を後にした。帰路は来た時よりも幾分緊張が緩み、朝の光が外へと差し込む。屋敷に戻るまでの間、彼は何度も背中の感触を確かめ、人形が本当に動かないかを気にした。だが、巧妙に仕組まれた魔道具を取り去ったことで、危険性はほとんど払拭されたので動く気配は感じられなかった。
屋敷に戻るとまず行ったのは、研ぎ場と工房に人形を連れていくことだった。使い古された布で表面を拭い、関節に油を差し、裂けた布地は縫い直す。機械部分には錆止めの薬草を擦り込み、魔導回路には彼が持ち帰った宝具の鏡で魔素のバランスを調整した。修理は手早く、かつ丁寧に進められた。
ルアは手先の器用さを活かし、肢体の微調整を行う。まるで壊れた時計を組み直す職人のような集中力で調整をしていく。
数時間が過ぎ、
しばらく悩んでいると不意に、金属の関節がかすかに軋む音がした。すると、機械的で、どこか遠い音程の声が、ぎこちなく屋敷の仕事場に響いた。
「魔術人形起動。識別名:マドナール・ユニット。ステータス:低動作。指令待機状態。」
機械的な言葉は不安定で、文節ごとに間が生じる。だがその声の最後に、微かに人間的な疑問が混じっていたようにも聞こえた。
ルアは冷たい金属の声が少しずつ温度を帯びていくのを直感で分かる。彼は柔らかく笑い、続けて名前を告げる。
「いや、セラ。君はこれから“セラ”という名前ですよ。」
機械は一拍の沈黙のあと、再び口を開いた。その声は以前より少しだけ柔らかかったが、まだぎこちない感じがした。
「識別名:セラ。許可…理解……」言葉のぎこちなさが残るが、それは仕方のないことだ。
(確か、どこかに人化明晶があったはずだけど…)
人化明晶とは端的に言えば魔術人形などの魔道具を人に変えられるという代物。ただし、人化明晶は現存しているものが少ないため、 希少性が高く高額で取引されることも少なくない。それがあれば、 セラをメイドとして、グレイシア家に居てもらうことが出来ればこちらとしても有難いものだ。正直言って心強い。
学園に入学できたら人化明晶を探してみますか、と思案してその日は幕を閉じた。
そして、いよいよ入学試験の幕が上がる。
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