転生したら悪役令嬢の専属執事だったので、全力で死亡フラグを回避したいとおもいます

悪魔さん

第1話

いつも通りお嬢様のお世話をして、鍛錬をする…何も変わらないいつもの日常―のはずだった。


「それでは、お嬢様。おやすみなさいませ。」


「……」


「?お嬢様、どうかされまし…」


部屋の扉の前で立ち止まって微動だにしない、お嬢様に、声をかけようと近づく。その瞬間だった。

勢いよく腕を掴まれたと思ったら、そのままお嬢様の部屋に連れ込まれてしまった。その動きには一切の無駄がなく、洗練されていた動きだったので対応ができなかった。


「いてて…」


腰の痛みに耐えつつ、目を開ける。すると、そこには目を爛々と輝かせたお嬢様が顔を近づけながら、俺に覆いかぶさっていた。


「ねぇ、貴方に聞きたいことがあるのだけれど。」


「?はい、何の事で…」


「昼間私がいない間に楽しそうに喋っていたあのは誰?」


「あぁ、それはお嬢様と同じ公爵家のご令嬢で、お茶会の誘いを…」


「は?お茶会?貴方だけ?」


「まさか。お嬢様もご一緒に、ですよ。」


「ふーん。けれど、楽しそうに話してたわよね?何で?何で、あんなの前で笑顔なんか見せてるの?」


「お嬢様、口調が…」


「そんな事どうでもいいの。それで?何でなの?」


「それは…一応、公爵家のご令嬢なので失礼のないように接するのが従者としての役目なので。それに…」


私は、お嬢様の耳に顔を寄せて呟く。


「お嬢様に見せる笑顔とは100%違いますので。」


フッ、と軽く笑う。お嬢様は、顔を赤く染めて「えぇ、分かったわ…分かったから出ていってちょうだい。」とボソボソとした声で呟く。


「分かりました。それでは、お嬢様。おやすみなさいませ。」


「えぇ、おやすみなさい。」


私は、そのままお嬢様に挨拶をして部屋から出る。そして一息をつきながら考えてしまう。

(どうして、こうなったんだろうか…)

その考えと共に今しがた顔を真っ赤に染めたお嬢様の顔が浮かび上がってきながらふと、昔にふけるのだった。




―――――――――――――――――――――――



夜の街は静かだった。冷たい秋風が吹き込み、枯れ葉がくるくると街道を舞う。

沖尚流蒼おきしょうるあ―高校生だった自分はバイトから、家に帰宅する最中だった。馴染みの交差点に差し掛かり、携帯に目を落とした次の瞬間だった。鋭い光と衝撃に襲われ、そこで意識が途切れた。


次に目を覚ますと、柔らかな陽光がカーテンの隙間から差し込み、まぶたを貫いた。 鈍い痛みとともに、頭の奥で記憶がかき回される。


――ここは………………どこだ?


ゆっくりと目を開けると、見慣れない天蓋付きのベッド。

天井の彫刻は繊細で、明らかに「自分の部屋」なんかじゃない。

白いシーツに手を滑らせると、絹のような手触りが返ってきた。


「......夢、って感じでもないな」


ベッドから起き上がり、鏡に映る自分を見て息を呑んだ。

鏡の中の男は、確かに私だ。だが高校の制服姿ではなく、黒の燕尾服をまとい、胸にはグレイシア家の紋章を刻んだ徽章が輝いていた。


「…執事? グレイシア家? …いや、ちょっ…待て、どこかで一一」


思考が、急激に回転を始めた。

この見慣れた紋章に部屋の造り。そして、街並み。

記憶の奥底で、同じものを何度も見たことがある。

思考が、急激に回転を始めた。


「ま、まさか…ルスタビア・ソール?」


ルスタビア・ソール―それは、自分が人生の大半を注ぎ込んだRPGだった。

広大な大陸を探索し、仲間と共に魔物を討伐し、数々のエンディングを見た。


―――だがその中には、最も凶悪な裏ボスが存在した。


ルシア・フォン・グレイシア。


元々は、公爵家の跡継ぎ令嬢として文武両道だった彼女だったが、貴族社会の陰謀に飲まれ、絶望の果てに闇の女王へと堕ちる悪役令嬢。 そして、彼女を止めようとした唯一の理解者......執事・ルアが最後に殺される。


「そうなるって事は…」


執事服の胸元に刻まれている自分の名前を見て、喉の奥がひりつく。


『ルア・ハインド』


ルアの家系―ハインド家は、代々グレイシア家に仕えていた。そのため、幼少期から執事の所作や作法などを叩き込まれている。しかし、ゲーム内ではルアは支援魔法の使い手だったが、多くのユーザーからは


「最低ラインギリギリの攻撃力と支援で草」


という言葉が多かったイメージがある。


「よりによって、そのルアに転生って…ははは」


苦笑しつつ、窓辺に歩み寄ると、外には見覚えのある街並みが広がっていた。


石畳の通り、遠くに見える白い王城、青く澄んだ空――すべてが、あのゲームの世界そのものだ。


「…まだ、ストーリー開始まで三年。今は、ルシアが十三歳の頃…」


カレンダーの日付が視界の端に映る。


原作では、三年後にはルシアは学園に通うことになる。しかし、この三年間の間に彼女の母親が病で倒れ、公爵家の権力争いが始まる。


それが、彼女の闇堕ちの起点になる――。


「つまり......今なら、変えられるってことか」


手を握りしめる。

剣の扱いも魔法も、ルアは凡人以下だった。

けれど、私には“プレイヤー”としての知識がある。


アイテムの配置、人物関係、シナリオ分岐、隠しルート…そのほとんどはすべて頭に入っている。


「ルシアをヒロインが顔負けするくらいの令嬢として、今から私がしっかりと育て直せれば、何とか死亡フラグは回避できそうですかね…?」


事実、ルシアは当初、ヒロインとして人気を集めていた。しかし、裏ボスである悪役令嬢となると見え方が違ってくる。しかし、あくまで闇落ちしたら…の話だ。つまり、闇落ちを回避さえすれば、私も死ぬ必要はないし、ルシアも普通の令嬢として過ごせるはずだ。

軽く息を吐き、鏡に映る自分へと視線を向ける。

その瞬間、扉の向こうから小さな声が響いた。


「ルア? 起きているの?」


幼いような、可愛げのある少女の声。この声を、私は何百時間も聞いたことがある。

けれど今は、敵でも裏ボスでもない。

ただの純粋無垢な一人の少女として。


「ええ、お嬢様。朝の準備は、もう整っております」


――これが、破滅回避計画の始まりだった。

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