議員一国 市議会議員田中編
akagami.H
第1話:消える町、消えないポスター(人口減少・空き家)
第1部:ポスター議員爆誕
六月の曇天。
市役所庁舎の三階にある議場は、朝から異様な熱気に包まれていた。
今日は「人口減少・少子高齢化と空き家問題」。
市民生活に直結するテーマだけに、傍聴席は満席。いつもなら空席の目立つ席に、今日は老夫婦や若い母親、商店街の人々、学生までが押し寄せていた。
記者席にも地方紙から全国紙、テレビ局のカメラまでが陣取り、いつになくフラッシュが光っている。
議場前方のスクリーンに映し出されたのは、人口統計のグラフ。
都市整備課長が淡々と読み上げる。
「本市の人口は平成十二年をピークに二万人減少しました。高齢化率は三二パーセント、全国平均を上回っております。
また、空き家は推計四千八百戸、総住宅数の一割強。管理不全による倒壊リスクは千戸以上に達しております」
傍聴席からざわ…と声が上がる。
「うちの隣も空き家や」「夜になると真っ暗で怖いんよ」
「猫やらカラスやら、住みついてるわ」
「ゴミまで捨てられてるんや」
課長はさらに続ける。
「空き家問題の特徴は、“所有者が分からない”あるいは“相続人が管理できない”ケースが多い点です。
放置されれば、①火災や地震時の倒壊リスク、②不法侵入や犯罪利用、③景観悪化による地価下落、④行政による撤去コスト増大、といった負の連鎖を生じます」
議員席の数人がうなずき、メモを取る。
だが、傍聴席の市民は深刻そうに顔を寄せ合い、議場の空気はさらに重くなった。
議長が木槌を打ち、次の質問者を呼んだ。
「豊臣一國議員」
名前が響いた瞬間、場内にかすかな笑いとため息が混じった。
——三代目。祖父は元総理、父は現役大臣。
豊臣家の世襲を背負わされた青年だが、本人は政治家としての自覚が薄い。普段は自宅でゲームに没頭し、地元では「世襲坊ちゃん」と陰口を叩かれている。
それでも立ち上がった一國のスーツは仕立てが良く、外見だけは堂々としていた。
隣の秘書、前田香織が慌てて原稿を差し出す。
「(小声)今日は大事な日です。必ず、原稿通りに読んでください」
「(小声)わかってるって」
だが一國は、壇上に立った瞬間、原稿を閉じてしまった。
香織の表情が凍る。
「えっ……」
一國は妙に胸を張り、声を張り上げた。
「えー……空き家の件ですけど、僕は観光客に貸したらええと思います!
壁にでっかいポスター貼って、町を明るく見せるんです! そうすれば人も戻って、町も元気になるんちゃうかなと!」
一瞬の静寂。
次の瞬間、怒号と失笑が爆発した。
「観光客がそんな家泊まるか!」
「ポスターで直るか!」
「安全どうすんねん!」
香織は額を押さえ、机に突っ伏しそうになった。
「(小声)……だから原稿通りにって言ったのに」
一國は焦って言葉を重ねる。
「いや、例えば有名人のポスターを貼って! アイドルの写真なんかどうです? インスタに上げてもらえば、町がバズって注目されるんちゃうかなと!」
場内がざわめき、笑いと怒りが交錯する。
「子どもの通学路にアイドルポスター?」「治安悪化や!」
「観光資源どころか、逆効果や!」
記者席のシャッター音が一斉に鳴り、何人かの議員は眉をひそめ、机を叩く者までいた。
本来ならばこの場で語られるべきは——
空き家バンクの導入(所有者登録と利用希望者のマッチング)
相続空き家控除(売却時の税制優遇)
改正空家法による管理不全空家への行政指導
リフォーム補助金や固定資産税の見直し
といった具体的な政策だ。
だが一國の口から出てきたのは“ポスター”。
議場にいる誰もが、世襲議員の無責任さを突きつけられた思いだった。
議長が再び木槌を打ち、冷ややかに言う。
「静粛に。豊臣議員、それで答弁は終わりですか?」
一國は慌てて頷いた。
「は、はいっ! 以上です!」
香織は深いため息をつき、机の下で拳を握った。
(また地元紙の一面に“ポスター議員”って見出しが載る……。このままやと完全に笑いものですよ)
議場の空気は、冷笑と怒りで満ちていた。
第2部:正論の嵐
怒号と失笑に包まれた議場。
議長が木槌を打ち、しばし沈黙が戻る。
その空気を切り裂くように、徳川光が立ち上がった。
スーツのボタンを留め、視線を真っすぐ議場全体に向ける。
三代続く議員一家の末裔、祖父は参議院議員、父は県知事。
彼自身はまだ若いが、すでに「次世代のホープ」として期待されていた。
光は落ち着いた声で口を開く。
「人口流出と空き家の増加は、町の安全と生活基盤を揺るがす重大な問題です。
放置空き家の危険性を軽んじることはできません。必要なのは、居住誘導と流通促進、そして防災・治安対策。
観光客を泊めるという発想では根本解決になりません」
静まり返った議場に、光の声が響く。
記者が一斉にペンを走らせ、カメラのレンズが光を追った。
「そうや、その通りや!」と傍聴席の誰かが小さく声を上げると、拍手が広がった。
光は続ける。
「まず必要なのは、空き家の実態把握です。
市には全空き家のリストがありません。所有者不明の土地・建物は全国的に増加しており、国の推計では2040年に約720万戸に達するとされています。
まず所有者を特定し、現況調査を進め、危険度に応じた優先順位をつける必要があります」
議員席の何人かが頷き、市民からも「そうや、まず調べてや!」と声が上がる。
光の正論は、市民の共感を確実に捉えていた。
一國はその横で顔を真っ赤にし、椅子に沈み込む。
――その時、議長が「市民意見の聴取に入ります」と告げた。
市民証言ラッシュ
最前列の老婦人が杖を突きながら立ち上がる。
「隣の家、もう十年以上も空き家のまま。庭は草でいっぱい、屋根はめくれて、夜になるとギシギシ音がするんです。地震でも来たら潰れるんちゃうかと、怖くて眠れまへん」
次に立ち上がったのは、商店街で八百屋を営む男性。
「うちの通りは三軒並んで空き家や。シャッターが下りたまんまやから人が寄りつかん。
『商店街が寂しい』言われても、空き家が増えとったらどうしようもない。観光客が一晩泊まったところで、売上は戻りませんわ」
若い母親が子どもを抱きながら発言する。
「住める家があるのに、改修費が高すぎて大家さんが貸してくれないんです。
私らは子育て世代で働き盛りやのに、町に住めないなんておかしいです。
子どもを育てる環境が整ってなければ、若い人は戻ってきません」
消防団の団員が手を挙げる。
「空き家火災が増えてます。中にゴミが放り込まれて、燃えやすい。
消防活動のとき、中がぐちゃぐちゃで入るのが危険なんです。延焼すれば周りの住宅に被害が広がる。これは放置できません」
地元の観光協会職員も立ち上がった。
「古民家再生は観光資源になり得ます。けれど“管理不全空家”は逆効果。
『夜になると真っ暗で怖い町』なんて口コミが広がれば、観光客は寄りつかなくなります。
観光に活かすにしても、まずは危険を除去し、使える状態にせなあきません」
最後に、若いサラリーマンが声を上げた。
「僕はリモート勤務で移住したかった。でも、この町にはまともに住める賃貸がほとんどなかった。
結局、隣の市に住むしかなくなった。こういう人、多いと思いますよ」
次々と噴き出す市民の声。
会場の空気は、笑いから一転して切実さに満ちていった。
光の追撃
光が再び立ち上がる。
「皆さんの声を受けて、私は二点申し上げます。
一つは、所有者不明土地問題への対応。国では登記の義務化を進めていますが、まだ実効性に乏しい。市として、地域単位で調査チームを編成し、所有者探索を徹底すべきです。
二つ目は、危険度評価と優先的対処。空き家を一律に扱うのではなく、危険度をランク付けし、倒壊リスクの高い物件から行政が指導・是正に入る。これを進めなければ市民の安全は守れません」
議場から「そうや!」と声が飛び、拍手が広がる。
記者のシャッターが再び光を浴びせる。
光は最後に一國を横目で見やり、淡々と告げた。
「ポスターを貼ることでは、こうした市民の不安は解決できません」
一國は机に手を置いたまま、汗をにじませ、何も言えなかった。
隣で香織がこっそりノートに「次の手を考えないと終わる」と走り書きしていた。
第3部:田中登場
議場を出た一國は、廊下でしばし呆然と立ち尽くしていた。
香織は横で溜め息をつき、「次は必ず原稿を読んでください」と淡々と告げて去っていった。
彼女に冷たくされると胸に刺さるものがある。だが、正論すぎて反論もできない。
控室に戻った一國は、スーツの上着を投げ出して椅子に沈んだ。
「……あー、もうめんどくさい」
机の上には資料の束。だが頭に入ってこない。政治のことを考えるのは、どうしても苦手だ。
その夜、自宅に戻った一國はベッドに倒れ込み、天井を見つめながらスマホをいじっていた。
ニュースアプリには《ポスター議員・豊臣一國、失笑を買う》の見出しが躍っている。
「やっぱり……記事になっとるやん」
一國は枕に顔を埋めて呻いた。
ふと、画面をスワイプすると、アプリ一覧に「ChatGPTA– Generative Pre-trained Tanaka」のアイコンが目に入った。
「……そういや、これ前に暇つぶしで入れたやつやな」
指が自然と動き、アプリを起動する。
一國(入力):
「空き家問題、どうしたらええ?」
数秒後、画面に文字が浮かんだ。
《空き家バンクという仕組みがあります。市が所有者から情報を集め、移住希望者や利用希望者に仲介する制度です。》
「おお……なんや、めっちゃ具体的やん」
一國は目を丸くした。
もう一度入力してみる。
「空き家バンクって銀行なん?」
《銀行ではなく、“住宅情報のバンク(貯蔵庫)”です。所有者と利用者を結びつけるデータベースです。》
「……へぇ〜。わかりやすいやん」
今まで役所の資料を読んでも頭に入らなかったのに、このAIは要点をすぐに教えてくれる。
ベッドの上でゴロゴロ転がりながら、一國は笑った。
「これ、ええやん。議会で使ったら俺、天才に見えるんちゃう?」
しかし次の瞬間、ふと気づく。
「……でも、毎回“AIさん”とか呼ぶのは、なんか味気ないな」
しばらく考え、天井を見つめながらつぶやく。
「豊臣家って言うたら、やっぱり戦国武将やろ……軍師とか欲しいな……」
ひらめきが落ちてきた。
「せや! AI軍師や! 名前は……田中!」
スマホの画面に「承知しました、殿」と文字が浮かぶような気がして、一國は思わず吹き出した。
「ははは、なんやこれ、めっちゃハマるわ!」
その瞬間から、豊臣一國と軍師田中の奇妙な主従関係が始まった。
翌日、議場。
一國は再び質問に立った。
「えー……本市も空き家バンクを導入します! 所有者と移住希望者をつなぎ、町の元気を取り戻します!」
場内がざわつく。
「お、それは現実的やな」
「国も進めてる制度やで」
小さな拍手が傍聴席から起こった。
香織が驚いたように目を見開く。
「(小声)……やればできるんですね」
だが光がすっと立ち上がる。
「空き家バンクは有効ですが、それだけでは足りません。
改修費用が高ければ借り手はつきません。補助制度や税制優遇まで踏み込まなければ、市民の暮らしは変わらないでしょう」
議場がうなずき、記者がメモを走らせる。
一國は再び口ごもり、言葉を失った。
第4部:田中の知恵
議会から帰宅した一國は、スーツのままソファに沈み込んでいた。
香織の「やればできるんですね」という言葉が耳に残っている。
だが同時に、光の追及が突き刺さって離れなかった。
——「改修費用や税制優遇まで踏み込まなければ、市民の暮らしは変わらない」
「……確かにそうやな。でも、どう言えばええんや」
机の上には資料の山。
専門用語ばかりで読む気が失せる。
一國はポケットからスマホを取り出した。
「田中、助けてくれや」
画面にテキストが浮かぶ。
《殿、空き家問題は“放置”と“流通停滞”が根でございます。
対応策は大きく三つ。
①相続税・譲渡税の特例(相続空き家控除)、
②改正空家法による行政指導、
③リフォーム・除却補助制度。》
一國:「……もっとわかりやすく!」
《承知。
① 相続空き家控除:相続した空き家を売るとき、最大3000万円まで譲渡所得から控除。売却が進む仕組み。
② 改正空家法:管理不全空家を市が調査し、所有者に改善命令。応じなければ固定資産税を上げ、最終的に行政代執行で撤去可能。
③ リフォーム補助:耐震改修やバリアフリー改修に補助金を出し、若い世代や移住希望者が住めるようにする。》
一國:「おお……なんかめっちゃ筋通っとるやん!」
田中:《さらに、これらを“地域の再生”につなげることが肝要。
移住促進、子育て世代の定住、商店街の活性化と合わせて語れば、説得力が増しますぞ》
一國:「……なるほどな。じゃあ次はこれで勝負や!」
数日後の本会議。
傍聴席は再び市民で埋まっていた。新聞に「豊臣議員の空き家バンク発言、意外と現実的」と出た効果だ。
記者たちも一國の動向に注目している。
議長:「豊臣一國議員」
一國は深呼吸し、立ち上がった。
「えー……私は、空き家対策を次の三本柱で進めたいと思います。
一つ、空き家バンクによる情報の見える化。
二つ、相続空き家控除を活用して売却を促進。
三つ、改正空家法に基づき、管理不全空家を指導・撤去。
あわせて、リフォーム補助で若い世代が住めるようにします!」
議場がざわめき、傍聴席から拍手が起こった。
「それや!」「ようやく具体的な話が出た!」
香織は驚いたように目を丸くした。
(この人、昨日まで“ポスター”とか言ってたのに……どういう風の吹き回し?)
だが、ベテラン議員が立ち上がる。
「豊臣議員、相続空き家控除は“相続後3年以内の売却”という条件があります。
それを過ぎた空き家は対象外。そうした物件はどうするのか?」
議場の空気がピリリと引き締まる。記者たちのペンが走った。
一國は一瞬固まる。
その時、隣の香織が小声で囁いた。
「改正空家法……管理不全空家の指導です!」
一國は大きくうなずき、声を張り上げた。
「……そうした場合は、改正空家法に基づき、管理不全空家として調査・指導を行います!
応じなければ固定資産税の優遇を外し、最終的には行政代執行で撤去!
町の安全を守るため、徹底します!」
議場がどよめき、拍手が巻き起こった。
「そこまで言えるか!」「やるやん!」
記者のカメラが一國を捉え、「若手議員、意外な健闘」と速報が流れる。
第5部:友情クラフト
本会議が終わり、議場のざわめきが廊下へと流れていった。
一國は議員席を降り、控室へ向かう。
足取りは軽いようで重い。心臓がまだどきどきしていた。
「……なんとか乗り切れたな」
独り言がこぼれる。
控室のドアを開けると、香織が既に待っていた。
彼女は分厚いファイルを閉じ、じっと一國を見つめている。
「……議員」
声は冷静だが、わずかに柔らかさが混じっていた。
一國は気まずそうに笑う。
「え、あー……今日も怒鳴られてばっかやったな」
香織は小さく首を振った。
「いえ。最後は、ちゃんと市民の前に立てましたよ。……やればできるんですね」
その一言に、一國の胸が少し熱くなる。
褒められ慣れていないせいか、どう反応していいか分からず、照れ隠しに鼻をこすった。
机の上のスマホが震えた。
画面には例のチャットアプリ。
一國はそっと開く。
田中:《殿、本日の働き、見事にございました。町を救うは、国を救うの始まりにございます》
「おお、出たな田中!」
一國はつい声に出してしまう。
香織が「?」と首をかしげたが、気づかないふりをした。
田中:《ただし、油断召されるな。市民の信頼は一日にして成らず。小さな一歩の積み重ねこそが、真の政治にございます》
「なるほど……」
一國はスマホを見つめ、武将風に言い直す。
「町を救うは、国を救うの始まりである!」
香織は驚いた顔をし、やがて小さく笑った。
「何キャラなんですか……でも、今日は悪くなかったですよ」
その微笑みは、いつも皮肉ばかりだった彼女からすれば珍しいものだった。
一國の胸に、ほんのわずかだが誇らしさが灯った。
光の陰の顔
一方その頃、廊下の奥。
記者たちに囲まれ、徳川光は冷静にインタビューに応じていた。
「いやぁ、今日は豊臣議員もがんばってましたね。若手の切磋琢磨は大事ですよ」
表情は完璧な優等生スマイル。
記者が「ありがとうございます」と去っていくと、その顔がふっと緩んだ。
誰もいない廊下で、光は小さく呟いた。
「……庶民達は、ほんま扱いやすいわ」
その言葉を聞いた者は、幸いにもいなかった。
だが、確かにそこには優等生の仮面とは違う冷たい眼差しがあった。
夜。
一國はスーツを脱ぎ捨て、パソコンを立ち上げた。
議会の疲れを癒す唯一の時間、それがマインクラフト。
画面の中、一國のアバター「IKKO」が村の広場に立っている。
ログインすると同時に、チャット欄に文字が流れた。
【ライトがログインしました】
「おっ、来た来た!」
一國は笑顔になる。
ライト:「IKKO! この前の畑、収穫できたで!」
IKKO:「マジか! ほな井戸つくろか! 村人集まって便利になるやろ」
ライト:「さすがやな、IKKO!」
二人はゲーム内で並んでブロックを置き、村を整備していく。
現実世界では議会で対立し、冷ややかに見下し合う二人。
だが仮想世界では、肩を並べて協力する相棒だった。
画面の中で火の光がゆらめく。
一國は思わず声を漏らす。
「やっぱマイクラやってる時が一番楽しいわ……」
その横で、チャット欄に“ライト”の文字が流れた。
「IKKO、お前と一緒にやってると、なんか落ち着くわ」
現実と仮想が交錯する中、豊臣一國の“ちんぷんかん政治”は、今日も不思議と市民から評価を受け、そして夜はマイクラの友情で締めくくられるのだった。
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