1. 地下のまどろみ

第2話

 その部屋は地下階にあった。


 ここにやってくるのは、特別に用事のある者だけ。それなりに厳重なセキュリティの基準もある。


 普段は見向きもされず、同じ会社で働く社員でも、もしかしたら存在すら知らない者もいるかもしれない。


 それでもこの部屋の住人たちは、今日も静かに黙々と自らの業務をこなしていた。


「うわ~! やってもやっても終わらない~」


 ……たまにはストレスが爆発してしまうこともある。


 何せ彼女たちは未だ年端もいかぬ、十代の少女たちなのだ。


「とりあえず重要なデータのリスト化が必要ですし……。電子化も急がなければいけませんから」


 ご迷惑をおかけします、と一人離れた位置のデスクからおとなしそうな少女が申し訳なさそうに声をかけた。六ツ院雪枝という名で、ここのリーダーのようなことをしている少女である。


「私たちの作成したファイルは電子化しませんが、とりあえず雑誌、自社・他社の社内報・社外向け広報頒布書類等は電子化しないと置き場所が……」


 わずかにショートカットを揺らしながら雪枝が面を上げた。派手さは無く慎ましやかだが、よくよく見ると端正な顔立ちである。


「膨大な量だもんねえ」

「う~~ん」


 さきほど声を上げた少女が唸りながら卵型……というには、気持ちぽっちゃりしている頭を動かし部屋を見渡す。この娘は佐神沙希。この集団のサブリーダーだ。


 少なくとも本人はそう自認している(ついでにいえば自称〝愛嬌のある癒し系〟でもある。)。


 彼女たちが作業しているスペースは扉のある側の方に集中しており、部屋全体の中で見れば割合としては狭い。


 では部屋の面積の大分はというと、スチール製の大きな棚が整然と並べられていて段ごとにファイルや雑誌などがぎっしりと詰まっているのである。


「それはわかるんだけど~……だって私たち、これやりながら普通にアイドルとしてのレッスンや活動もしながら学校も通ってるじゃん……無理があるんじゃない?」


「あんたまだ通信制に移ってないの?」


 手に持ったファイルをラックに戻しながら、うしろ髪を低い位置で括った少女が問いかけてきた。


 声は聞こえるが姿は棚に阻まれ、こちら側からは見ることが出来ない。彼女は大江なり。


 この集団の中では一人、年齢に似合わず大人っぽい雰囲気を持った人物である。


「いや、それはもう移ってるよ! ていうか普通のガッコ通いながらこんな生活無理に決まってるじゃん!」


 彼女らはここで一見この雑用のような仕事をしながら、同ビル内の事務所でアイドル活動もしておりグループ名は一応〝SNOW〟という。


 メンバーは



 リーダー・六ツ院雪枝 以下

      佐神沙希

      海原伊予

      岡真銀

      尾鷹葉子


 マネージャー兼連絡係として、

      大江なり



 という構成である。


 普段は他所にいることも多いが、今日はなりもここにいた。スチールラックのエリアにいる少女である。角度のついたシャープな眉の下に、意志の強そうな瞳が瞬いている。


「まあねぇ……沙希の言ってることもわかるんだけどねぇ……」

      

 業務用のスキャナを動かしながら、切れ長の目の娘が呟いた。前髪にポイントカラーで一束、緑のメッシュが人目を引く少女である。海原伊代だ。


「でも私はこれやってるのも結構イイと思うんだよ……その、先のこと考えたらさ」     

「先?」

 

 怪訝な顔で沙希が聞き返した。


「なんつーかさ。アイドル稼業ってそんな長く続けられるもんじゃないじゃん? こっちも並行してやってればツブシが効くっていうかさ……」


「でも今私たちがやってるような仕事って、他の業務で生かせるんでしょうか?」


 かすかに不安の色を滲ませて、岡真銀が口を出した。


「ん~、なんだろ? 広報? とかになんのかな、やっぱ」

「広報は微妙に違くない? もうヨネプロに広報部あんじゃん」


 一人PCを操作している尾鷹葉子が、誰ともなく呼びかけるように言った。ヨネプロとは彼女らの所属している事務所の名である。業界では一応大手に属している。


「ああ、一人広報の……」


「ナリナリも手伝ってるんでしょ?」


 佐神沙希が水を向けた。


「たまにね。他部署との連絡係やってる。秋さん一人じゃ忙しそうだから」

「ナリナリ定着してんじゃん」


 尾鷹が〝ヒヒッ〟と、掛けている銀縁の丸メガネを片手で弄りながら声を上げて笑う。スチール棚の向こうから、大江なりの遠慮のない大きな舌打ちが聞こえてきた。


「や、その、ナリナリはいいんだけどさ、そういう……色々やってるし」


 伊代は先のやりとりを全く意に介さず自分の話を続ける。


「表向きもマネージャー、みたいなことになってるしさ。いきなり放り出される、って多分ないでしょ? でも私たちは違うと思うんだ」


 意外と真面目な話のようだ。


「正直私たちってアイドルとして、そんなに売れてないじゃん? 少なくとも今やってるこれが」


 と、言いつつ伊代は目の前にあるファイルの束を叩く。


「社内で需要のある限りはクビにはなんないでしょ?」


「しかし……私たち、わりとすぐリストラの対象になりそうな気もしますよ。地味だし」


 岡真銀が形の良い眉を顰めながら言った。小柄だが、ちょっと街中で振り返って二度見されるくらいに整った顔立ちの娘である。透き通る真っ白な美肌も合わせ、さすがアイドルといったところか。


 わりと最近にもスカウトマンに声をかけられた、とSNOWのメンバーは聞いている。


 当然、

「もうアイドルやってるので……」

と、断ったそうだが、それを告げる時の彼女の表情は複雑だった。


「情報部の需要はありますよ。それが私たちとは限りませんが」


 室長・雪枝が会話に参加すると、部屋の中は急に水を打ったように静かになった。雪枝としては単に事実を述べただけ、というつもりなのだろうが正直みんな反応に困っている。


 ただ、現在大手の部類に入る芸能事務所・ヨネプロで彼女たちが情報部門の大部分を受け持っており、ここぞというところで成果を上げているのは本当のことである。


 そちらの方での名前は通称〝スノウセクション〟だが、そう呼ばれることは少ない。


 そして、それらは特に何かに保証された立場ではない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る