第23話 騒音


 ウジカに激突されて宙を舞った僕は、空中で姿勢を整え、何とか着地に成功する。


「……くっ!」


「まだまだいくぜオラァァ〜!」


 こちらが身構える隙を与えないように、ウジカは次々と追撃をしかけてくる。

 僕はウジカの連続突進攻撃に、なすすべなくやられていた。


(くそっ……! バイクと戦うなんて聞いてないぞ! これじゃセリーナに稽古をつけてもらった意味が……)


 人間や動物を対象とした格闘術は、セリーナから大体教わったからそれなりに自信があった。


 しかし、バイクという想定外の敵に、僕の心は完全に乱れていた。


「ハルマ、落ち着いて! ウジカの動きは単純だから、落ち着きさえすれば避けられない相手じゃないわ!」


 セリーナが僕に声援を送る。


(落ち着け自分……落ち着け……)


 僕は息を整え、突っ込んでくるウジカのことを凝視した。


(――今だっ!)


 ウジカに突撃されるすんでのところで、僕は跳馬の体操選手のように、ウジカの上を跳び越えていった。


 僕の横にいたセリーナが、すかさずウジカのボディに飛び蹴りを喰らわせる。セリーナの強烈なキックに、ウジカは数メートルぶっ飛んで転倒した。


「ハルマ、やるじゃない!」


「セリーナこそ、流石だね」


 僕とセリーナがハイタッチをしていると、ウジカは起き上がりエンジン音を噴かせた。どうやら体の一部を人の姿に戻して、自力で起き上がったようだ。


「……痛ってぇなぁオイィ〜! ネーチャンよぉ、アンタちょっとおてんばがすぎねぇかァ〜⁉︎」


 ウジカの言葉に対し、正直(ごもっとも……)と僕は思った。


「昔から『元気だけが取り柄』って言われてたからね!」


 セリーナは勝ち誇ったような笑みを浮かべているが、それは果たして褒められているのか……?


「ちょっと痛めつけねぇと、アンタを捕まえるのは難しそうだなァ」


 ウジカは攻撃対象を僕からセリーナに切り替えるつもりらしい。だが、僕ですら避けられる攻撃なんて、セリーナなら朝飯前で対処できるはずだ。


「痛めつけるどころか、触れることすら無理だと思うけど?」


 どうやらセリーナも同じ考えらしい。


「今のうちにほざいとけ。オレの秘策を見たら、アンタらビビり散らかすぜェ……!」


 そう言った後、ウジカはその場を高速で周回し始めた。

 一体何が始まるのか……。僕とセリーナは身構える。


 ――すると突然、思わず耳を塞いでしまうほどの爆音が、ウジカのマフラーから響き渡った。


 これはいわゆる『コール』って奴だ。一部のバイク乗りが街を走り回ってるときに鳴らしてるアレ。


「カッカッカァ〜〜! やっぱバイクって馬よりイイッ! 最ッ高ォオ〜〜ゥ‼︎」


 コール音を聞いてハイになっているウジカに対し、僕とセリーナは体を縮こませ、目を閉じ耳を塞いだ。

 あまりの騒音に、聞いているだけで頭がおかしくなってしまいそうだ。


 体の動きが鈍った僕たちの隙を逃さず、ウジカはまず僕を突き飛ばした。

 次にセリーナの元へ走り出し、彼女にも突進攻撃を仕掛ける。


「さっきまでの威勢はどうしたよオラァァ〜!」


 セリーナに攻撃が効くことがわかると、ウジカは執拗に彼女を狙い始めた。


(くそっ……セリーナを助けに行きたいけど、うるさすぎて近づけない……!)


 僕は耳を塞いだままその場を動くことができず、連続攻撃を喰らうセリーナを、ただ見ることしかできなかった。

 この爆音をなんとかしないと、僕もセリーナも、一方的に攻撃され続けてしまう……!


「……うるっさいなぁもう! こうなったら――」


 タイミングを見計らって、セリーナはウジカに飛び乗った。


「ハルマ! この乗り物、どうやったら止まるの⁉︎」


 エンジン音に混じって、セリーナの声が聞こえる。よく聞こえないが、おそらくバイクを止めようとしているのだろう。

 僕はバイクに乗ったことがないから、詳しい構造がわからない。


 多分エンジンを壊すか燃料が切れたら、走れなくなると思うけど……。

 でもこいつはただのバイクじゃなくて、ウジカが変形した姿だ。通常のバイクの構造とは仕組みが異なるかも知れない。


「うっひょお〜〜ネーチャンよォ〜! オレと一緒に”風”を感じてェのか〜〜⁉︎」


 セリーナに乗られて妙に上機嫌になったウジカは、辺りを縦横無尽に走り回り始めた。


「こいつ……! ほんとうるさいし、ウザい!」


 振り落とされないよう必死にハンドルを握っていたセリーナだが、制御に慣れてきたのか左手でハンドルを握ったまま、右手で目の前のボディをぶん殴った。

 ウジカのボディに穴が空く。セリーナのこのパワーは流石というべきか。


「痛ってえ〜! やりやがったなチクショー!」


 ウジカが急ブレーキをかけると、慣性の力でセリーナは前方に投げ出され、アスファルトに叩きつけられた。


「セリーナ! 大丈夫か⁉︎」


 僕はセリーナに駆け寄る。


「いてて……。なんとかね」


 セリーナはフラつきながらも立ち上がり、体についた埃を払った。


「……よくもオレの大切なボディを、キズモノにしてくれたなァ〜〜!」


 ウジカは震えている。自分の体とはいえ、バイクを傷つけられて怒り心頭のようだ。


 その時、僕はウジカの穴が空いた部分から、液体が漏れ出していることに気がついた。


(まさか……燃料タンク⁉︎)


 偶然にも、セリーナはバイクの燃料タンクに穴を開けていたようだ。

 人間がバイクになったのに、まさか物理構造も本物のバイクと同じなのか?


 そう考えたが、蜘蛛男のことを考えればそれもあり得る話だ。


 蜘蛛男が蜘蛛の力を得て、脚を増やしたり糸を出したりできるようになったなら、ウジカも体内の構造がバイクそのものに変化していても不思議じゃない。


 穴の空いた燃料タンクを見て、僕の中である作戦が思い浮かぶ。


「……セリーナ。奴をできるだけ、僕から遠ざけつつ戦うことってできる?」


「できると思うけど、どうしたの? 突然……」


「僕に考えがあるんだ。セリーナがウジカを誘導している隙に、僕が奴を倒す準備を進める。準備ができたら合図するから、そしたら少しの間、奴の動きを食い止めてくれ!」


「わかったわ。ハルマ、頼んだわよ!」


 こちらに向かって突っ込んでくるウジカを誘うように、セリーナは動き回り始めた。

 ボディを傷つけたのはセリーナだから、ウジカの怒りの矛先は今、彼女に向かっているはず……。


 案の定、ウジカはセリーナを執拗に追いかけ始め、僕は自由に動く隙ができた。

 僕は近くで眠っている警察官の元へ行き、腰のあたりを探る。


 ――あった。拳銃だ。


 僕は拳銃と警察官の腰を繋いでいたバネストラップを外すと、拳銃をマジマジと見つめる。

 テレビとかでよく見るイメージ通りのリボルバータイプで、安全装置などはついていないようだ。


 ドラマや映画の世界でしか見たことがなかった拳銃。それが今、僕の手の中にある。


(成功するかは賭けだ……。でも、やるしかない!)


 僕は拳銃を握りしめ、時間稼ぎをしているセリーナの元へ走り出した。




 逃げ回ることに集中したセリーナは、騒音の中でも流石の動きでウジカを翻弄していた。


「オラオラどーしたァ! 逃げることしかできねーのかァ‼︎」


 ウジカはセリーナを煽りながら、執拗に彼女を追いかけ回す。

 走って2人に近づきながら、僕は叫んだ。


「今だ、セリーナ!」


「……待ってたわよっ!」


 僕の声を聞いて、セリーナは立ち止まり、接近するウジカに対して身構えた。

 セリーナのお腹に、バイクのフロントタイヤが突き刺さる。


「うっ……!」


 血反吐を吐きながらも、セリーナはバイクにしがみつき、強引に動きを止めた。

 車体を持ち上げて、タイヤを空転させるほどだ。


「な、何ィ〜〜〜⁉︎」


 ウジカは驚嘆の声をあげる。


「セリーナ、大丈夫⁉︎」


 セリーナが血反吐を吐いたところをみて、僕も動揺する。


「……私は大丈夫……だから、早くやっちゃって……!」


 セリーナの頑張りを無駄にしないために、僕はウジカに向かって拳銃を構えた。

 

 銃を撃った経験なんてない。だから確実に命中させるため、できるだけ距離を詰める。

 まず1発。僕はリアタイヤに向けて発砲した。これでタイヤがパンクして、機動力が落ちるはずだ。


 思ったより反動は少ない。これなら大きく狙いを外すことはなさそうだ。続けて僕は、燃料タンクに向かって残弾を全て発射した。


 4発の弾丸が燃料タンクを貫き、中から燃料がドクドクと溢れ出し始めた。

 これで僕の作戦は終わりだ。後は時間との勝負……!


「……OKだ! セリーナ、もう離れてくれ!」


 僕の声を合図に、セリーナはバイクから手を離しその場に崩れ落ちた。


「さ、さすがにキツいわ……」


「てめェェェ! よくもやりやがったなァァァ‼︎」


 ウジカは怒りの矛先を僕に変更した。


 倒れているセリーナを放置し、僕に向かって突進してくる。だがリアタイヤをパンクさせたおかげで、明らかに挙動にキレがなくなった。

 騒音攻撃でこちらの動きが鈍ることを加味しても、互角以上の勝負ができている。

 僕はセリーナから教わった武術の動きを応用して、突っ込んでくるウジカをいなしたり距離を取ったりして時間を稼ぐ。


 ――そしてついに、その時が来た。


 燃料タンクが空になり、ウジカはガス欠を起こす。

 エンジンが止まったことで、一番やっかいだった騒音攻撃も止んだ。


「あっ、やべっ……」


「今だぁぁーー‼︎」


 僕は拳を振りかぶり、焦っているウジカの横っ腹に思いっきりパンチを叩き込んだ。

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