第6話 謎の少女の目的

 いつもより遅めの帰宅で、母から少し叱られた。


「塾の友達との会話が盛り上がっちゃって」なんて適当な言い訳をしておく。


 シャワーを浴び、部屋着に着替えて自分の部屋に入る。頭の中は、さっき遭遇した事件のことでいっぱいだった。

 大男の恐ろしい形相と散々殴られたことを思い出し、僕は身震いする。


 自分の生活圏内に、あんなヤバいヤツがいるとは思わなかった。何もないけど、平和で住みよい町だと思っていたのに。


 町の治安悪化を心配しつつ、僕はふと気になることがあった。


(……そういえば、あんなにボコボコにされたのに、傷一つないぞ)


 大男のパンチの威力は半端じゃなかった。

 全身に打僕跡があってもおかしくないのに、シャワーを浴びたときに見た自分の体は、いつも通りの綺麗な状態だった。


(やっぱり、夢だったのか?……警察もそう言っていたし)


 そうだ。そうに違いない。大体、気弱で臆病者の僕が、あんな野蛮な男に立ち向かうなんてありえない。

 それに、あの女の子も変だ。あんなに華奢な見た目で、大男を一発でKOするのはおかしい。


 なんか変な呪文みたいなこと呟いてたし。これは完全に夢だな。夢。


 夢ってことは、僕はキスされてないし、西園さんにフラれてないし、男と殴り合ってもいないってこと。

 全て夢の中で起きたことだと思えば、理解し難い出来事も、なんとか納得することができる。


(……あれ?じゃあどっからが夢だ?)


 せっかく納得しかけたのに、夢の話だと仮定すると、更なる混乱を生む。僕はいつから夢を見ているんだ?あの女の子と最初に出会った通学路か?

 

 もしかして、今もまだ夢の中なんじゃないか?


 僕は自分の顔を数回叩いたり、つねったりしてみた。うん。普通に痛い。夢じゃなさそうだ。夢じゃないとすると、やはりこれまでのことは現実……?


 疑問しか浮かばない現状に、僕は頭が爆発しそうだ。


(あ〜! 何なんだよ、もう〜‼︎)


 僕が頭をくしゃくしゃとかきむしっていると、外から窓を叩く音がした。

 虫がぶつかったか、風の音かと思い、最初は無視していたが、いつまでも音が止まない。 


 明らかに、僕の部屋の窓を叩いてる人が外にいる。


(こんな夜遅くに誰だよ? ていうかここ、2階だぞ……)


 恐る恐るカーテンを開けると、あの時の少女がいた。

 カーテンが空いて僕と目が合うと、少女は嬉しそうに手を振り「窓を開けて!」とジェスチャーする。


 僕は窓を開けて、少女を部屋の中に迎え入れることにした。


「開けてくれてありがと〜! さっきはよく頑張ったわね〜!」


 窓を開けた瞬間、僕は少女に抱きつかれた。


「わ、ちょっ、待って!」


 女の子に抱きつかれるなんて、生まれて初めての経験だ。少女の体は細身だが柔らかく、肌の温もりを感じる。

 そして細身の割に、あるものはしっかりとあるようだ。


 その「あるもの」が、抱きつかれることで僕の体に密着し、ぷにぷにと気持ち良い感触を与えている。


(あ、やべ……)


 僕は下半身に血が集まるのを感じた。


「あの、ちょっと離れて!」


 彼女に僕の状態を悟られないように、僕はそっと彼女の体を引き剥がす。

 一息ついていると、誰かが階段を上がってくる音がした


「……ちょっと晴真、今何時だと思ってんの⁉︎」


 ヤバい、母が部屋にくる。


「ここに隠れてて!」


 そう言って、僕は少女をクローゼットの中に隠した。直後、母が部屋のドアを勢いよく開けた。


「一体何してんだい? こんな夜遅くに」


「ごめんごめん、スマホでゲームしてたら、イヤホン取れちゃってたみたい」


 僕は咄嗟に言い訳をする。


「あんまり遅くまで起きてると、また学校に遅刻するんだからね。早く寝なさい」


 母は呆れた表情でそう返すと、ドアを閉めて1階に降りていった。


(ふう……とりあえず危機は去ったか)


「……出てきていいよ」


 僕は小声で、クローゼットの中の少女に声をかける。


「あー良かっ」


 少女がまた大きな声を出しそうになったので、僕は少女の口を押さえ、「静かに!」とジェスチャーする。


「じゃあさ、上にいこうよ」


 少女はそう言って、天井を指差した。


 上とは、屋根の上のことだった。




 少女は脅威的な身体能力で、2階のベランダから屋根まで、あっさり登ってみせた。

 それができるなら、2階のベランダにくるのも簡単だわな。


「さ、次は君の番だよ」とでも言いたげに、少女は僕に手招きをする。


(できるかーっ‼︎)


 僕は声に出さず、表情だけで少女に訴えかけた。


「しょうがないなあ」という表情を見せた後、少女は一度ベランダまで降りてきて僕を抱きかかえ、高くジャンプして屋根の上に登った。


 本当に、この少女といると驚かされることばかりだ。

 屋根の上に2人で腰掛け、夜空を眺める。今日は天気が良いのか、星がよく見えた。


 ようやく落ち着いて話せる状況になったので、僕は少女に声をかけた。


「夜遅いから、あんまり大きな声で喋らないようにね」


「わかったわ」


 少女はこくり。と頷く。


 ……さてと、まずは何から話そうか。


 質問したいことが山ほどあるので、どこから切り出せばいいかわからない。

 僕が考え込んでいると、少女の方から話しかけてきた。


「どうだった? 私のキスは」


 僕は思わず噴き出した。


(初っ端の質問がそれかよ!)


 無意識に少女の唇に目がいく。学校でキスされたことを思い出し、僕は顔が赤くなった。


「……すごかった」


「ふふっ、どんな感想よそれ」


 少女は口元に手を当てて、上品に笑う。


 急なことでびっくりしたし、気持ちよかったし、なんか超強くなったし、色々なことが起きて何と言えばいいかわからないから、僕の語彙力では「すごかった」と表現するしかない。


 そう言えば僕、この子にキスされたせいで西園さんにフラれたんだった……。流石にそれはガツンと言っておこう。


「キスされた時、僕好きな人に告白するところだったんだ」


「あら、そうだったの」


 少女はキョトンとした表情で僕を見つめる。


「君にキスされたところを見られて、台無しさ。どうしてくれるんだ?」


 僕は少女を恨めしく睨んでみる。少女は少し目を泳がせて、頭を下げた。


「……ごめんなさい。そんな大事なタイミングだって知らなかったから」


 深く頭を下げる少女の姿に、僕は言葉を呑んだ。

 

 この少女は不思議だ。何がしたいのか全くわからないが、話していると落ち着くし、怒りの感情が鎮まっていく感じがする。

 僕はもっと怒りの言葉をぶつけるつもりだったけど、なんだかその気が失せてしまったので、質問を変える。


「まあ、もう終わったことだし……いいよ。それより、何でいきなりキスしてきたの?」


「……あなたをテストしたかったの」


 少女は膝を曲げ、しょぼくれた顔で前を見ている。


「テスト? 何をテストしたの?」


 僕は少女の横顔を眺める。小ぶりながらすっきりと通った鼻立ちが美しい。


「――私の祖国、グラシオン王国を救う、があるかどうかのテスト」


「……は?」


 今までで一番わけがわからない言葉が出てきて、僕は目を丸くした。

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