第32話 黒塔覚醒

 戦場の中央にそびえる黒塔が、軋むような音を立てながら変貌していった。

 塔の壁面は裂け、黒結晶の鱗のようなものが隆起し、血管のごとき赤い線が走る。

 やがて塔全体が鼓動を刻みはじめ、その震動が地鳴りのように大地を揺らした。


「……生きてる……?」

 リーナが震える声を漏らした。


 黒塔の頂上から巨大な翼のような結晶が広がり、虚無の光をまき散らす。

 まるで“神の模造体”が誕生する瞬間だった。


「虚神模倣機構〈アバーソン・エコー〉……ついに自我を獲得したのか」

 ミストが分析しながらも、声を震わせる。

「これは兵器じゃない……“存在”そのものよ!」


◆ ◆ ◆


「愚か者どもよ、見よ!」

 帝国の高台から宰相シェルドンが狂気の笑みを浮かべ、両腕を広げて叫ぶ。

「これぞ帝国の栄光! 虚神を模倣し、新たなる絶対を生み出した! 勇者も、国も、因果すらも、この存在の前に膝を屈するのだ!」


 将軍たちが恐怖に怯えながらも、誰も口を挟めなかった。

 もはやシェルドンは、勝利よりも“創造の狂気”に呑まれていたのだ。


◆ ◆ ◆


 黒塔が咆哮を上げた。

 それは声というより、存在そのものが発する振動であり、耳からではなく魂を直接揺さぶる衝撃だった。


「うあああっ!」

 兵士たちが次々に倒れ込み、結界もひび割れていく。


「くそっ……このままじゃ皆、飲み込まれる!」

 カイエンが雷を放って応戦するが、光は虚無に吸い込まれて消えた。


「攻撃が……効かない?」

 ネフェリスの顔が蒼白になる。


「違う!」

 ノアが叫んだ。

「塔全体が“因果の結界”に包まれてる! 普通の攻撃じゃ削れない!」


 蓮は無限アイテムボックスを開き、アカシック・リゾナンスを取り出した。

 その瞬間、黒塔の視線のような赤い輝きが彼に集中する。


「狙われてる……やっぱりこれか!」

 蓮は歯を食いしばった。


◆ ◆ ◆


「蓮!」

 リーナが駆け寄り、彼の腕を掴む。

「一人で抱え込むな。私たちがいるんだから!」


「……ああ」

 蓮は頷き、仲間たちを見渡した。

「みんなの力を束ねて、因果結界を突き破る!」


「なら、俺が先陣を切る!」

 シャムが槍を掲げ、結界に突撃した。

 槍先が火花を散らし、結界に細かなひびが走る。


「続けろ!」

 カイエンが雷撃を叩き込み、ノアが結界の揺らぎを解析して座標を叫ぶ。


「今の衝撃で南東面が脆くなってる! そこを集中攻撃!」


 ネフェリスが歌声で皆の力を増幅し、リーナが剣で光を重ねる。


◆ ◆ ◆


 結界に走ったひびが一気に広がった。

 蓮は剣にアカシック・リゾナンスを融合させ、光の刃を振り下ろす。


「これで……道を開く!」


 剣閃が結界を突き破り、黒塔の中枢が露わになった。

 そこには、脈動する赤黒い核が浮かんでいた。


「見えた……!」

 ミストが叫ぶ。

「因果核を破壊すれば、この存在は崩壊する!」


 だが核を守るように、黒塔の内部から無数の虚骸兵が溢れ出した。

 その一体一体が、先ほどの巨兵に匹敵する強さを持っていた。


「数が……多すぎる!」

 ノアが絶望的な声を上げる。


「だが、退くわけにはいかない!」

 蓮は剣を構え直し、仲間たちに叫んだ。

「俺たちの国を、未来を、この手で守るんだ!」


 仲間たちがそれぞれの武器を掲げる。

 戦いは、最終局面へと突入した。


◆ ◆ ◆


 黒塔覚醒。

 それはもはや兵器ではなく、一つの生命体として世界に挑戦する存在だった。


 蓮たちはその巨悪に立ち向かうべく、力を束ねた。

 虚無か、創世か。


 戦場の天秤は、いま大きく揺れ動いていた――。

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