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葛葉龍玄

プロローグ

「いい気味ですね、騎士団長殿」

 不気味に輝く空の下。それはまるでオーロラのように空をはためいた。しかし、そのあり様は異常。闇以上に暗い漆黒を具現化したようなカーテンだ。

その黒いカーテンの下では、倒れ行く仲間を目の前にして剣を杖代わりにしてかろうじて立っている一人の騎士。

 致命傷は免れたものの、その傷は深く意識を保っているのもやっとだ。

「人類の守護神と謳われた貴方様も魔法が使えなければただの人、ですな」

 自分の手は汚さず、本来なら王が座るべき玉座に腰をかける謀反の首謀者。

 この国の大臣だった男は今はただの裏切り者だ。

「王と王妃は……。姫はどうした!?」

 血と共に失われていく力を繋ぎ止めるように、大声を出す。

 彼らが守るべきこの命よりも尊い王族の方々。それだけではない。孤児であった自分を引き取り、血筋も関係なく騎士にまで取り立ててくれた大恩は命を賭けても足りないほどであった。

「王、王妃ですか。その二人なら……」

 大臣はその手に持っていた包みを騎士の前に投げ出す。

 その衝撃で包みの結び目が解け、その中身があらわになる。

「うわあぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 考えたくなかった。

 想像したくなかった。

 信じたくなかった。

 しかし現実が目の前にあった。

 いつもすべての民のために慈悲の瞳を向け、より良い国にするために悩み、己が命よりも国の発展を最優先に生きたこの国の、国民たちの最愛の王が。

その夫を影ながら支え、時には王以上の政策を持ってこの国をよりよく導こうとした王妃が。

 その首級が、目の前にあった

「ふふふ。ははははは! いい悲鳴ですよ、最高だ! エグゼ君!」

 大臣は大きく笑いながら手を叩く。

「もう一つ、面白いものを見せて差し上げましょう」

 奥から運ばれてきた大きな檻。

 その中には一人の女性と、多数の見たこともない魔物がいた。

「君が会いたがっていた、もう一人の君主様ですよ」

「あ、あぁ……」

 それはまさに悪夢だった。

 王と王妃に良く似た、絶世の美女。

 女性ながら自らも戦地に赴く美丈夫なれど、どこまでも慈悲深い女神のようで、将来この国を背負って立つにすばらしい才媛だった。

 その名は、ミスティライト・フォン・エルモワ―ル。

 しかし心まで砕かれた今は長くシルクのような黒髪は汚濁にまみれ、凛とした表情は光を失い虚ろな目で空を見つめている

 屈強な魔物どもの陵辱にさらされた王女は、すでに抵抗していない。

「ミハエル、貴様!!」

 動かぬ体を気力で動かし元凶たる男に飛び掛らんとする。

 しかしミハエルと呼ばれた謀反者の前にそびえていた屈強な魔物に組み伏せられる。

「この『造魔』は私が作り出した、私に忠実なる最強の軍団です」

 聖エルモワールを制圧するに当たって、主力だったのは『造魔』と呼ばれる、この大陸では見たこともない魔物たちだった。

 その力は強大であった。だがそれ以上に襲撃に先んじてミハエルが展開した『黒のカーテン』と呼ばれる結界が致命的であった。

 エルミナ大陸から魔法力を消し去る。

 この国随一の魔法騎士であるエグゼと、その魔法騎士団は魔法が使えなくなったことにより戦力を大幅にそがれ懸命に応戦したが結果。

 敗北。

 王も王妃も殺され、その娘であるミスティライトをも虜囚として捕らえられてしまった。

「まあ、この王女様には、強大な魔物を生み出すのに一役買ってもらいましょう」

 鈍い金属音と共にミハエルが檻を蹴ると、虚ろだった王女が音のしたほうに目を向け、そして。

 若き魔法騎士と目があった。

「あ、あぁ……。エ、グゼ……」

 最愛の魔法騎士。

 だがその姿は見る影もなく魔物に組み敷かれ、手も出せないでいる。

 思わず涙が溢れる。

 助けに来てくれた……。

 たとえそれが叶わぬ事であっても、命を賭けて自分を救おうとしてくれた。

 その事実がミスティは嬉しかった。

 と、同時に彼の魔法騎士に捧げるはずだった純血はすでにミハエルに奪われている。

 喜びから一転。

 絶望。

「見ない、でぇ……!」

 大きな瞳から、大粒の涙があふれ出す。

 見られた。

 もっとも見られたくない人に、汚れてしまった自分の姿を。

「いやあああぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 顔を覆い泣き崩れる。

 そこに気丈な姫君の姿はなかった。

「いいではないですか。見せ付けてやりましょう。最愛のエグゼ君に私たちの愛しあう姿を」

 言うなり、ミハエルは自分の靴をミスティの前に差し出す。

 一瞬ミハエルを睨んだミスティだが、様々な陵辱が甦ったのかすぐにまた死人の様な目に戻ると、悲しげな笑みを浮かべた後。

「ごめんなさい。エグゼ。わたくし、もう。戻れない……」

 ミハエルの靴に口付けた。

─まるで服従の証のように─

「ふふふ。いい子ですね。そうしていればずっと夢の中で生きていけますよ。一生ね」

 まるで愛おしい我が子を撫でる様な手つきでミスティの頭に触れる。涙を流しながら閉じた瞳には微かに喜色が浮かんでいた。

「ミスティ、さま……」

 もう全てを失った。

 使えるべき君主も。

 愛する姫君も。

 自分の存在価値すらも。

「……殺せ」

「ん? 何か言いましたか?エグゼ君?」

「僕をころせ!!」

「嫌です」

ミハエルは、ミスティに靴をなめさせながら、冷たく言い放つ。

「私は見たいのですよ。この国を乗っ取る計画が貴方のせいで5年は遅れた。その最大の難関だった貴方が、絶望に晒され、苦しみのたうち回る様をね! 絶望に塗れて醜く生き続けなさい!」

 エグゼが。

 亡国の英雄が最後に見たのは、愛する者と愛する国を根幹から蹂躙される姿だった。

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