第16話「新しい可能性」
第16話「新しい可能性」
育成学校の設立から、三年が過ぎた。
その間に、支援魔法使いの数は百人を超えていた。
全国の殆どの重要な都市や地域に、支援魔法使いが配置されるようになったのだ。
環境整備魔法局は、もはや小さな部署ではなく、国の重要な機関となっていた。
ある日の朝、エドワード部長から、新しい相談を受けた。
「優真さん、少し相談があります」
「何ですか?」
「隣国から、使節団が来ているんです」
「隣国?」
「ええ。彼らは、君の支援魔法について、聞きたいことがあるらしいんです」
「支援魔法について?」
「ええ。隣国でも、同じような制度を導入したいと考えているそうです」
「そっか」
昼間、僕は隣国からの使節団と会った。
彼らは、全員、隣国の高官たちだった。
代表は、五十代の男性で、隣国の魔法局長だった。
「優真さん、お会いしたかった」
彼は丁寧に頭を下げた。
「支援魔法使いの育成について、聞きたいことが山ほどあります」
「お答えできることはお答えします」
「ありがとうございます」
使節団は、育成学校を視察した。
生徒たちの様子を見て、実習風景を見て、カリキュラムを確認した。
全てに、真摯に向き合っている姿勢が見られた。
「これは、本当に素晴らしいですね」
隣国の魔法局長が言った。
「支援魔法の理念も、育成方法も、全てが理にかなっている」
「ありがとうございます」
「ぜひ、我が国でも、同じような制度を導入したいのです」
彼は真剣な顔で言った。
「君の理念は、単なる個人の考えではなく、人類全体の財産だと思う」
「そう言っていただけると、光栄です」
その夜、僕はリリアと、隣国との関係について話し合った。
「隣国が、支援魔法の制度を導入するというのは、素晴らしいことですね」
「そうですね」
「でも、簡単ではないと思います」
リリアは言った。
「文化が違う。人々の考え方が違う。そこで、同じように成功するかはわかりません」
「そっか」
「ですが、試す価値はあると思います」
リリアは微笑んだ。
「優真さんの理念が、隣国でも花開くかもしれません」
翌日、隣国の魔法局長と、具体的な協力について話し合った。
「まず、支援魔法使いを育成するための、教育カリキュラムを共有したいと思っています」
「わかりました。カリキュラムをお渡しします」
「次に、優秀な支援魔法使いを、我が国で教師として働いてもらいたいのです」
「それは良い考えですね」
僕は言った。
「何人必要ですか?」
「まずは、五人でいいです」
「わかりました。選んでみます」
隣国への派遣者を選ぶために、僕は全国の支援魔法使いたちに声をかけた。
隣国への赴任を希望する者を募ったのだ。
すると、予想以上の多くの者たちが、手を上げた。
「隣国で、支援魔法の理念を広げたい」
そんな声が、全国から上がった。
最終的に、五人の優秀な魔法使いが選ばれた。
その中には、初期の頃から活躍していた者たちも、新しく育成した者たちも含まれていた。
隣国への派遣者たちを見送った時、僕は考えた。
支援魔法の理念は、もはや一人の人間のものではなく、多くの人々のものになっている。
全国に広がり、今は国境さえも越えようとしている。
それは、素晴らしいことだ。
でも、同時に責任も大きくなっていく。
その夜、国王から呼び出しを受けた。
「優真さん、隣国への派遣について、聞きました」
「はい、陛下」
「素晴らしい決断だ」
国王は言った。
「支援魔法の理念を、国境を越えて広げる。これは、真の国際貢献だ」
「ありがとうございます」
「だがしかし」
国王は少し表情を厳しくした。
「これからは、もっと大きな課題が出てくるだろう」
「大きな課題?」
「ああ。支援魔法の理念が広がるということは、競争や争いも生まれるということだ」
国王は説明した。
「全ての人が、君の理念を理解するわけではない。利用しようとする者も出てくるだろう」
「……」
「だからこそ、君は常に、その理念を守り続ける必要がある」
国王は言った。
「支援魔法は、誰も気づかないかもしれない。でも、その価値は何よりも大きいんだ。その信念を、絶対に忘れるな」
「わかりました」
その言葉が、心に引っかかった。
本当にそうか。
これからの道は、本当に正しいのか。
支援魔法の理念を広げることで、失うものもあるのではないか。
その夜、僕は眠れなかった。
翌朝、リリアに相談した。
「リリアさん、国王陛下の言葉について、どう思いますか?」
「どういう意味ですか?」
「支援魔法の理念が広がることで、競争や争いが生まれるかもしれない、という話です」
僕は言った。
「本当にそうなるんでしょうか?」
「そうですね」
リリアは少し考えた。
「可能性としては、あります」
「では、僕たちは何をすればいいんですか?」
「君たちは、君たちの理念を守り続けることです」
リリアは真剣に言った。
「支援魔法の本質を忘れないこと。誰も気づかない"歩きやすさ"を作ることが、本当の目的だということを」
「でも、それだけでいいんでしょうか?」
「いいえ」
リリアは言った。
「同時に、君たちは、自分たちの成果を誇るべきです」
「成果を誇る?」
「ええ。派手ではないかもしれませんが、確実に人々を幸せにしている。その事実を、堂々と主張してください」
リリアは微笑んだ。
「誰も気づかないことも素晴らしい。でも、その価値を認めてくれる人がいるのも素晴らしいんです」
その言葉で、僕の迷いは消えた。
国王が言ったことは、確かに一つの危機かもしれない。
でも、僕たちは、その危機に向き合う準備ができている。
支援魔法の本質を理解した者たちが、全国にいるのだから。
翌週、隣国から、返信が届いた。
『優真さんへ
派遣していただいた五人の支援魔法使いたちが、我が国に到着しました。
彼らは、素晴らしい人たちです。我が国の人々も、彼らを心から歓迎しています。
支援魔法の育成学校の建設も、順調に進んでいます。
君の理念が、我が国でも花開くことを祈っています。
隣国の魔法局長より』
その手紙を読んで、僕は静かに笑った。
支援魔法の理念は、本当に国境を越えている。
全ての国で、人々は同じように、"歩きやすさ"を求めているんだ。
派手ではない。でも、確実に必要とされている。
その夜、新しい手紙を書いた。
『全国の同志たちへ、そして隣国の同志たちへ
支援魔法の理念が、国境を越えて広がっていることを、本当に嬉しく思っています。
これからは、もっと多くの国で、支援魔法が広がっていくでしょう。
その中で、競争や争いも生まれるかもしれません。
でも、忘れないでください。
支援魔法の本質は、誰も気づかない"歩きやすさ"を作ることです。
派手さは必要ありません。名声も必要ありません。
ただ、誰かが少しでも快適に、安心して過ごせるようにすることが、全てです。
その信念を守り続けてください。
そして、その価値を認めてくれる人々を大切にしてください。
君たちの成功を、心からお祈りしています。
優真より』
手紙を書き終えて、僕は城壁の上に立った。
星が輝く夜空が広がっている。
この空の下で、全国の支援魔法使いたちが働いている。
隣国でも、彼らは働いている。
やがて、もっと多くの国でも働くだろう。
誰も気づかない"歩きやすさ"を、作り続けるために。
追放されたあの日から、どれほどの時間が過ぎたのか。
どれほどの距離を歩んだのか。
でも、今、僕はわかっている。
その全ての道が、正しい道だったということを。
小さな支援の積み重ねが、大きな世界を変えていく。
それが、僕の信念だ。
第16話 了
次回、第17話「絆の輪」に続く
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