第2話「見えない支援」

第2話「見えない支援」



 翌朝、僕は城下町の西門で待ち合わせをしていた。

 朝日が石畳を照らし、早朝の冷たい空気が頬を撫でる。街はまだ静かで、商人たちが店の準備を始めている程度だ。

「おう、新しい魔法使いか?」

 声をかけてきたのは、がっしりとした体格の中年男性だった。作業着を着ていて、腰には工具袋を下げている。職人、という雰囲気が全身から滲み出ている。

「はい、優真と言います。よろしくお願いします」

「俺はガルドだ。城下町整備の責任者をやってる。まあ、よろしく頼むぜ」

 ガルドは豪快に笑うと、僕の肩を叩いた。

「で、お前さんはどんな魔法が使えるんだ?」

「えっと……環境調整系の支援魔法です」

「環境調整?」

 ガルドが首を傾げる。

「道を安定させたり、作業しやすくしたり……そういう魔法です」

「ふうん、まあよくわからんが、役に立ちそうなら何でもいいや。とりあえず、今日は古い橋の点検と補修だ。ついて来てくれ」


 ガルドに案内されたのは、城下町の南側を流れる小さな川にかかる石橋だった。

 幅は三メートルほどで、長さは十メートルほど。古い石造りの橋で、表面には苔が生えている。欄干の一部は欠けていて、いかにも老朽化している様子だった。

「この橋、もう五十年以上使われてるんだが、最近ちょっとぐらついててな。今日はこいつを補修する」

 ガルドはそう言って、橋の下を覗き込んだ。

「基礎部分の石がいくつか緩んでる。それを固定し直す作業だ」

 他にも数人の職人が集まっていた。みんな黙々と準備を始めている。

「魔法使いさんには、照明とか資材運びとか手伝ってもらえると助かるんだが」

「わかりました」

 僕は頷いたけれど、正直なところ、照明魔法も物を浮かせる魔法も使えない。

 でも、僕にできることはある。


 職人たちが橋の下に潜り、基礎部分の点検を始めた。

 川の水は浅いけれど、流れは速い。足場が悪く、職人たちは慎重に作業を進めている。

 僕は橋の上に立ち、静かに魔法を使った。

「――揺れず、落ちず、安らかに」

 心の中で唱える。

 橋全体に魔法をかける。橋の石組みを安定させ、ぐらつきを抑える。職人たちが作業中に橋が崩れないように。足を踏み外さないように。

 目に見える変化はない。

 でも、橋の上を歩く感触が、ほんの少しだけ安定した。

 職人の一人が、ふと呟いた。

「あれ、今日は橋の揺れが少ないな」

「ああ、俺も思った。気のせいかと思ったが」

「風がないからじゃねえか?」

 誰も僕の魔法には気づかない。

 それでいい。

 僕は黙って、魔法を維持し続けた。


 作業は順調に進んだ。

 職人たちは緩んだ石を固定し、欠けた部分を補修していく。その間、僕は橋の安定化魔法を維持し続けた。

 二時間ほど経った頃、ガルドが橋の上に戻ってきた。

「よし、基礎部分の補修は終わったぜ。次は欄干の修理だ」

 そう言って、彼は欄干の欠けた部分を指差した。

「ここに新しい石をはめ込む。ちょっと重いから、誰か手伝ってくれ」

 職人たちが石材を運んできた。

 僕も手伝おうとしたけれど、その石材は僕が持てるような重さではなかった。

「魔法使いさんは無理しなくていいぜ。見てるだけでも――」

 ガルドがそう言いかけた時、僕は魔法を使った。

「――軽やかに、運びやすく」

 石材に魔法をかける。

 重さが変わるわけではない。ただ、持ち上げる時の抵抗を少しだけ減らす。引っかかりをなくし、滑らかに動くようにする。

「おっと」

 職人の一人が驚いた声を上げた。

「なんか、今日は石が軽く感じるな」

「本当だ。持ちやすい」

「筋トレの成果が出たんじゃねえか?」

 職人たちは笑いながら、スムーズに石材を運んでいった。

 ガルドが僕を見て、少し不思議そうな顔をした。

「……お前さん、今何かしたか?」

「少しだけ、運びやすくしました」

「ふうん……」

 ガルドは何も言わなかったけれど、その目には少しだけ興味が浮かんでいた。


 昼過ぎ、橋の補修作業は無事に終わった。

 ガルドは橋の上を歩いて、状態を確認する。

「よし、完璧だ。いい仕事だったぜ、みんな」

 職人たちは満足そうに道具を片付けていた。

「魔法使いさんも、ありがとうな。何だかわからんが、今日は作業がやりやすかった」

「お役に立てて良かったです」

 僕はそう答えた。

 ガルドは腕を組んで、少し考えるような仕草をした。

「なあ、明日もこの仕事、続けられるか? 次は大通りの石畳の補修なんだが」

「はい、喜んで」

「そうか。じゃあ、また明日な」

 ガルドは笑って、僕の肩を叩いた。


 夕方、僕はギルドに戻って報酬を受け取った。

 銀貨五枚。

 冒険者としての討伐依頼に比べれば、決して高い報酬ではない。でも、僕にとっては十分だった。

 受付嬢が微笑んで言った。

「お疲れ様です。ガルドさんから連絡がありましたよ。『明日も来てくれ』って」

「ありがとうございます」

「地味な仕事かもしれませんが、街のためには大切な仕事ですからね」

 僕は頷いた。

 地味でいい。

 誰も気づかなくてもいい。

 ただ、少しでも誰かの役に立てるなら。


 その夜、僕は安宿の一室でベッドに横になった。

 今日一日、魔法を使い続けて少し疲れていた。でも、悪い疲れではなかった。

 レオンたちのパーティーにいた時も、僕は同じように魔法を使っていた。でも、誰も気づいてくれなかった。感謝されることもなかった。

 今日も、職人たちは僕の魔法に気づかなかった。

 でも、ガルドは少しだけ、何かを感じてくれた気がする。

「作業がやりやすかった」

 その一言が、僕には嬉しかった。

 窓の外を見ると、王都の夜景が広がっていた。

 街灯が灯り、人々の営みが続いている。

 この街で、僕は少しずつ、誰かの役に立っていけるだろうか。

 誰も気づかない"歩きやすさ"で、この街を変えていけるだろうか。

 僕は静かに目を閉じた。

 明日も、また頑張ろう。

 小さな支援を、積み重ねていこう。

 それが、僕の魔法の意味だから。


 翌朝、大通りの石畳の前に立った僕は、職人たちと共に新しい一日を始めた。

 古い石畳には、長年の使用で凹凸ができている。職人たちは傷んだ石を取り替え、平らに整えていく。

 僕は、その石畳に魔法をかけた。

「――平らかに、歩みやすく」

 石畳の表面を滑らかにする。段差を減らす。つまずきにくくする。

 作業が終わった後、一人の老婆が大通りを歩いていた。

 彼女は杖をついていたけれど、いつもより足取りが軽く見えた。

「あら、今日は道が歩きやすいわね」

 その言葉を聞いて、僕は静かに微笑んだ。

 誰も気づかない。

 でも、確かに誰かの役に立っている。

 それで、十分だった。


第2話 了


次回、第3話「広がる変化」に続く

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