依頼開始-1
午前8時、私はいつものように一番に事務所に入りキッチンへ向かう。
彼ら彼女らが降りてくるのは、いつも9時くらいなためそれまでに食事の準備や依頼書に不備がないかなどをチェックするのが、私の仕事。
翔さんはそこまでしなくていいってよく言うけれど、現場に出て仕事をする事のない私だからこそ、せめて皆には元気に仕事をできる環境を整えてあげたいのだ。
『今日は何にしようかな。昨日の余り物もあるし、あんまり作りすぎてもまた余るだけだしなあ』
誰もいないにも関わらず、ついつい独り言が出てしまう。
まあ、静かすぎても寂しいだけだしね。
冷蔵庫の中から昨日の残り物を取り出し、レンジで温める。それから、野菜サラダを作ったりご飯を炊いたりしてると30分はあっと言う間に過ぎ、それらの簡単な仕込みが終わると今度はパソコンの前へ。
『そう言えば、猫探しの依頼も受けてたんだっけ。こっちはどうするんだろ?』
書類整理をしていると、昨日の裏の仕事とは別に最近受けた依頼が見つかった。
この近所に住むご家庭からの依頼で、逃げてしまった飼い猫を探して欲しいというもの。
期限的な意味を考えたらUSBメモリの方が最優先っぽい気はするけど...
更に言うなれば、今現在稼働の真っ最中な依頼もあったりする。
『確かこの辺りに...』
既にコピーされ、ファイル化されている資料を手に取る。
『沢渡薬剤にて、薬の不正取引をしている者を突き止めて欲しい...』
沢城薬剤、この街に古くからある老舗薬局の名前であり何の因果か桜宮家が経営している桜宮製薬の取引先でもある。桜宮製薬といえば、海外への医薬品の輸入・輸出を取り仕切る凄い会社だ。
なので、薬の横流し犯がいるなどとバレたら大変なことになるため、警察を介入させず内々に処理を頼みたいという事でうちが引き受ける事になった。
翔さんがok出したのだから私が口を挟む事じゃないんだけど、監視カメラで確認したらすぐ犯人わかるんでは?と思わなくもない。
依頼人側で解決できそうな事柄には介入しない、とはなんなのだろうか
そんな事をぼんやり考えていると、事務所の扉が開き、1人の女性が姿を見せた。
『おはようございます、瑠美さん』
いつも一番に事務所に降りてくる女性の方に振り向き、挨拶をする。
これも、私のいつもの朝のルーティン。
『おはよう、相変わらず朝早いわね和香菜。ちゃんと夜寝てるの?』
『はい、昨日は一時半頃まで作業してましたけど、部屋に戻ってからはすぐに寝ましたから』
『毎日ご苦労様、でも無理しないでよ。夜更かしは女の最大の敵でもあるんだからね』
『はい。気をつけますね、他の皆さんは...まだですかね?』
『多分、言ってる間に降りてくるよ。あたしらはそれまでに食事の準備でもしてようか?』
『はい、そうですね』
私はパソコンの電源を落とし、彼女と共にキッチンへと向かう。
お互いすっかり慣れた手順でご飯を盛ったりと配膳の準備をする。
そうこうしているうちにキッチンに次々と事務所メンバーが集まってきて、全員総出で行ったり来たりを繰り返しながら、手早くリビングに食事の準備を整えていく。
寝ぼけ眼で欠伸をしながら最後に入ってきたのは、翔さん。
『お疲れみたいね、翔。これでも飲んでさっさと寝ぼけた頭を起こしなさいな』
瑠美さんが栄養ドリンクを投げ渡し、もう一つ欠伸をした翔さんがそれを一気に飲み干す。
まるで夫婦か恋人のようなやり取りをしているのだが、これで付き合っても結婚もしていないというのだから全くもって意味がわからない。
風切瑠美さん
翔さんとは昔からの友人で、この事務所の立ち上当初からのメンバー。年齢は25歳。
面倒見がいい性格をしていて、場をまとめたりさりげないサポートを欠かさないうちのNo.2。
ちょっと目付きが鋭いところはあるけど、誤解せず仲を深めれば直ぐに人のいいお姉さんだと言う事がわかる、そんな素敵な人。
『それで、振り分けどうするの?翔』
栄養ドリンクを飲み干し、頭の切り替えが完了したらしい翔さんに瑠美さんが問いかける
だけど、翔さんが口を開くより先に長机に座り、朝ごはんを待ち侘びているメンバーから声が上がった。
『そんな事より先に飯にしようよ。朝はまず飯、仕事の話はそれからだろ』
『弥、あんたはただお腹が空いてるだけでしょ?先に食事にするかは翔兄が決める事だよ』
前者が、弥(ワタル)秋吉、
後者が、古山(フルヤマ)悠。
2人とも足で情報を集めるタイプで、表の依頼の大体はこの2人がペア、もしくは単独で担当する事が多い。
街の噂じゃ、悠さんは動物と話ができるとかできないとか...
弥秋吉さん
高校を卒業した後事務所で働きたいと自ら乗り込んできたらしく、軽くテストをしてみた結果、持ち前の情報収集能力を買われて事務所に加入したらしい。年齢は19歳、何処から情報を仕入れているのかについては企業秘密との事。
古山悠さん
翔さんと瑠美さんとは古くからの知人で、動物探しのエキスパートだからという理由から事務所立ち上げの際にスカウトされたそうだ。
年齢は16歳、本来なら学校に通っている年齢なのだけど、本人がそれを望み、翔さん達もそれを了承しているため、学校には通っていない。
そのかわり、夜間学校を利用して卒業資格を得るように、との事らしい。
『それなら心配には及ばない、同時進行で話を進めればいいだけの話だ。翔、話を始めてくれ』
そんな2人の横ですでに食事に手をつけている男性が1人。彼は現在沢渡薬剤の不正者を突き止める仕事を引き受けている。
名前は古山穣(みのる)。悠さんの実兄で、翔さんや瑠美さんとは本人曰く腐れ縁なのだとか。
古山穣さん
翔さんや瑠美さんとは小学生の頃からの付き合いで、腐れ縁でここまできたようなものだが、存外こんな日々も悪くない。と以前話してくれた事がある。年齢は25歳。格闘術を齧った事があるらしく、見た目はどこにでもいる普通の人なのに荒事になっても負け知らずとの事。
『兄さん、せめて瑠美姉と翔兄が席に着くまでは待っててよ。恥ずかしいなあ、もう』
そんな穣さんを見て呆れる悠さんを尻目に、書類を持った翔さん、瑠美さん、私が席に着く。
待ってました!とばかりに秋吉さんが食事に手を伸ばす、そんな、いつもの日常。
『俺には請け負った仕事がある、ゆっくりしている暇はないんだ。わかるな?悠』
『それとこれとは話が別だと思うんだけど』
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