第6話
「そっちはどうでした?」
「問題はないけどちょっと時間はかかりそう」
シヅリはいつも通りの様子で笑顔を見せた。元気そうでよかった。
外の作業は決して楽ではないだろうけど、過剰に心配する必要もないのだと思う。
ネカルさんに案内された部屋の真ん中には食べ物の置かれた大きなテーブルがあり、シヅリとスバルさんが並んで席についていた。食事の用意は二人でしてくれていたらしい。
作業に集中していたらいつの間にか随分時間が経っていた。
今日はここまで、とネカルさんが言うので切りのいい所で手を止めたけれど、進捗は微妙なところだった。あまり集中できていない。
「いやあバイカさんは優秀ですよ。お任せした仕事は明日にでも終わりそうです。そちらはどうでしたか? スバルさんがご迷惑をおかけしていなければいいのですが……」
「いえいえ、スバルとはもう仲良しですよ」
「うん」
スバルさんは口数が少なく表情も硬い。
それでも仲良くなったというのは嘘ではないだろう。
喋るのが得意じゃない人間にとって、シヅリのように明るく話しかけてくれるタイプはありがたいのだ。私もそうだからわかる。
「ほら、バイカもここに座ってください」
シヅリは空いている側の隣席に座るよう促した。
一つの大きなテーブルに椅子が六つ。三つずつ向かい合う形になっている。
私とスバルさんでシヅリを挟み、その向かい側にネカルさんが腰を下ろした。三対一の形だ。
「それじゃあ食べましょうか」
シヅリが仕切っている。
シヅリの前にある物は彼女が持ち込んだ白いブロック食糧とインスタントミルクだが、他の席には普通の食べ物が用意してある。レジスタンスの備蓄だろう。後で私が持ってきた食料を渡しておこう。
いただきます、とみんなで挨拶をして口に運ぶ。
本当に普通だ。都市にある物と変わらない。
「ごちそうさま」
それほど時間が経たないうちにそんな声がした。
声の方を振り向くと、同じようにそちらを向いたらしいシヅリの後頭部が見える。
そのさらに先、スバルさんの前にある皿はもう空になっていた。
「本当にそれだけしか食べないんですか?」
「うん」
食べるのが速いのもあるかもしれないが、そもそもの食事量が少ないのか。
皿に盛られた量がどの程度だったか、注意して見てはいなかったけれど。
スバルさん自身は平然とした様子でいる。多分他の人が食べ終わるのを待っている。
「ああ、焦らなくて大丈夫ですよ」
ネカルさんが私の心を見透かしたように言う。
別に焦ってはいないけれど。
ただ、なんとなく気を遣う。
スバルさんがこちらを気にしている様子はないけれど、心なしかいつもより急いで食べてしまう。
シヅリだってもはや喋らずに食事に専念している。
「食べ終わったなら今日はもう休んでください」
ネカルさんの苦笑いに見送られ、私とシヅリはスバルさんについて行った。
到着した部屋にはニ段ベッドが二つ。左右の壁と一体になっている。
遺棄された施設を使っているという話だった。ずっと昔も人が住んでいた建物なのだということを今になって強く感じる。
「好きなところ、使って」
そう言うスバルさん自身は下側のベッドの片方に腰かけている。そこを使っているのだろう。
私もその反対側の下段ベッドに腰かける。
スバルさんと向かい合う形になった。
「レジスタンスには入らない?」
その問いかけはシヅリ宛ではない。
真珠のような目が私を捉えていた。
ほんの少し、感情のこもった台詞だと感じた。
なんの感情か、というのまではわからないけれど。
期待か、不安か。瞳が揺れている。
「入りませんよ。都市が好きなんです。スバルさんはどうしてレジスタンスに?」
はっきりと答える。その上で逆に疑問をぶつける。
マザーから離れようとは思わない。私の理由はそれだけだ。
レジスタンスの人達も、ここの生活も、きっと私が好きな都市とそれほどかけ離れたものではないのだろうとも思う。
だからこそ、彼らがレジスタンスである理由がわからなかった。
「子供のままでいたくないから」
ひどく端的な答えだった。
音としてははっきりと聞き取れた。
真剣な意思が込められているのだとも思う。
ただ私には難解な言葉だった。
「都市が好き、か」
スバルさんが反芻するように呟いた。
多分、お互いに全然違う考え方をしている。
その上で、相手の価値観に興味を持っている。
その一点だけ、また一つレジスタンスが身近に思えるような気がした。
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