第2話
Chapter2
~~~姉の嗜好~~~
幕間。あんた達。
家出から帰宅した。
丸1日。
それがわたしが家を不在にした期間。わたしの住む家は森林の傍にある。間の大森林。そう呼称される森林。子供の頃より、わたしは家出のたび、よくこの森林に足を踏み入れたものだ。一般の人々がひとたびここに足を踏みいれば、あっという間に方向感覚を失い、さ迷うことは必至だろう。しかし、そんな迷える森林でもわたしにとっては庭みたいなもの。家出の際、この森林を気晴らしに散策することは、もはや小さい頃からの日課であった。
「ただいま」
すると、
すぐに姉のマリが出てきて。
わたしを迎えいれた。
ケロっとした顔で「おかえり」と。
「ねえ、マヨちゃん。これみてみてッ」
「どうしたの?姉さん」
姉は随分と、上機嫌そうだ。
その手には
バケツを下げていた。
普段から姉はわたしと接する時は上機嫌であるが、今はいつもの二割増しで機嫌が良さそうな印象だ。はて。どうしたのだろうか。姉はとててっとわたしに近づき、その手に持っていたバケツを下ろした。バケツの中に手を突っ込むとそれをわたしの前に差し出す。
そして言った。
「ウンコッ!!!!!__」
満面の笑顔で、
そう言った。
そして、実物のウンコ。
わたしは引いた。
『もちろん、ただのウンコじゃないの!』
『ランドドラゴンのウンコよ!』
『今日の朝、狩りに出かけたら偶然見つけてね』
『ほんと、今日はツイてる。
これはもうお祝いよね』
『バクパク、くぅ~~うま~いッ、
やっぱり龍種のウンコは一味違うわねっ』
『ほら、マヨちゃんもッ☆』
絶えず、
ウンコを褒め称える姉。
そして差し出される
ウンコ。
姉の手の平にあるそれは、もっこり、かつベッチャリとした形のウンコであった。強烈な糞臭も漂わせていた。糞として排出され時間が経ったせいもあるのだろう。それはコバエも集っていた。姉の口元はウンコでベッタリだ。床にウンコの一片がベチャリと落ちる。わたしは改めて引いた。
幕間。あんた達。わたしは、ウンコ自体に引いたのでははない。それを直で触ったり、直接食べたりする姉に引いたのだ。ハエ属。それがわたし達姉妹の生物的分類でカテゴライズした時の名称だ。わたし達ハエ属はひとつ、忌まわしい特性を持っている。他生物の糞便を摂取するという特性。なので、姉がウンコの発見に喜ぶこと自体、別段おかしなことではない。わたしも内心実は嬉しい。しかしひとつ、どうしても無理なことがある。これはハエ属の中ではいわゆる好き嫌いの部分にあたるのだが。……わたしは。
糞便の直接摂取がどうしても無理なのであった。
「いやいやいやッ、いいッ、いいッ、いいッ。
わたしはいいからッ」
「もうっ~マヨちゃんったらなに遠慮してるの。
食べなきゃ損よ?」
「いや損もなにも無理だからっ。無理っ。
前から言ってるでしょっ、
わたしは間接摂取派だからッ」
「またまたぁ~~、そんなこと言って、
本当は直で食べたいんでしょ?」
「違うってっ。ほんといらないっ。
それ、姉さんが食べていいからっ、
わたし別で食べるからッ」
わたしは全力で拒否した。
しかし、
『もう、マヨちゃんの照れ屋さん』
『いいのよ、隠さなくても』
『直接食べるのは確かに意地きたなくて、
ちょっと品がないかもだけど。
でも悪いことじゃないんだから』
『こんな素敵なウンコなんだもの。
ついつい、お下品に食べたくなるのも
仕方のないことよ』
『お姉ちゃんはちゃんと分かってるんだから』
『さあ、この喜びをお姉ちゃんと一緒に
分かち合いましょう?☆』
わたしはポカンとした。
空いた口が
塞がらない。
わたしの全力拒否の姿勢に、姉がこうである。なにが、分かっているのだろうか。わたしはわかってますと、言わんばかりの慈愛ぶった眼差し。それが余計に腹立たしい。話が通じていない。目の前の姉妹は同じ肉親から血を分けて生まれたであろうはずなのに、もはや別種の生物にすら思えてくる。これが絶望か。
幕間。あんた達。
糞便の摂取。
これには2通りの方法がある。それが先も言った通りの直接摂取。そしてもうひとつが、ある特定の加工処理を施してから摂取する方法。つまりは間接摂取である。糞便の直接摂取は病原菌の感染リスクがある。そのため基本的には間接摂取が望ましいとされ、大体8割の現代ハエ属は間接摂取を好む傾向にある。残り2割。そう。この2割にうちの姉が恨めしくも該当した。それ故にこの状況。なんと迷惑なことか。
そして
悲劇は訪れる。
「はい、あ~んッ」
__ベチャリ……ッ
「__え゛」
姉の手にもつウンコが、
わたしの口内に
深く突っ込まれた。
状況はこうだ。わたしがなんとかこの場をやり過ごそうと、姉への説得に頭を悩ませていると。そこに隙を見た姉が、すかさずその手に持ったウンコをわたしの口内に突っ込んだのである。姉は満面の笑顔であった。そこに悪意は一片もなかった。完全なる善意。なんかよく分からない我が儘を言っている妹に、姉としての優しさとお節介を焼いてあげたと言わんばかりの善意だ。味覚、嗅覚。それらのあらゆる受動感覚を伝って、糞便による強烈な汚染物質がわたしの脳髄、中枢神経を焼きつくした。凄まじいまで糞便味と糞便臭。魂の芯までつんざくようにウンコで汚染された感覚。これがランドドラゴンのウンコか。眼球は上転。全身が震えた。
「オゲェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッッッ!!!!!__」
わたしは吐いた。
ニコニコとあほ面を晒してる
姉の顔面にめがけて。
ばっしゃあああんと嘔吐物が姉の顔面に被弾する。口に入ったウンコ、内容物どころか内臓物すべてまで吐く勢いで、わたしは体の中身をぶちまいた。オロロロロロロ。べっぺっぺっ。吐いても吐いても治まらない。体がベコンベコンにへっこみ、内臓がなくなってもまだ足りない。魂までの汚染を少しでも拭おうと、わたしは吐いて吐いて吐きまくった。
幕間。あんた達。
こんなにまで
わたしが苦痛に悶え、
四苦八苦して、のたうち回っているのに。あの愚姉。ヤツときたらどうしていたと思う。そう。愚姉は『あ~ん、もったいない』などとほざいて床に這いつくばり、わたしの吐いた嘔吐物をペロペロと平らげていたのである。ウンコだけでなくわたしの内臓物までペロリとだ。キッと愚姉をにらむ。愚姉は苦しむわたしのほうなど見向きもしない。
『あああぁ~~もったいないもったいない~~☆』
『ふひひ~~マヨちゃんの内臓~~』
『ああぁぁぁ~~~
ウンコとマヨちゃんに包まれて
しあわせだわ~』
『ペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロ』
…………。
…………。
わたしはただ
無言だった。
ただ
ゴミムシを見下ろす。そして床に這いつくばって餌を貪るゴミムシの前に静かに立った。ゴミムシは餌を舐めとることに夢中なようだ。わたしが前に立っても気づきもしない。気づいたのは。汚ならしい舌先がわたしの靴に触れてからだ。舌先で感じ取った異物感。そこでようやくゴミムシは異変に気づいたようだった。『ほへっ?』とあほ面を晒して顔を上げる。視線が合う。
「マヨちゃ」わたしは言った。
「ッッッ死ッッッッねえええええええええええええええええええけけええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッッッ__」
バキャッッッ「んケッ」
わたしは
憎しみの全てを注ぐべく、全身全霊を込めて、愚姉の頭部を蹴りとばした。衝撃に伴い、愚姉の頭部は胴体から勢いよく千切れた。頭部は凄まじい速度をもって窓枠を突き破り遥か天空へと飛翔。頭蓋は粉砕。それは脳髄と血肉を振り撒く汚い星となる。愚姉の頭部はその魂とともに解脱した。
……愚姉の胴体が、
糸が切れたように力なく倒れる。
ちーーーん
愚姉は死んだ。
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