悪役公爵の養女になったけど、可哀想なパパの闇墜ちを回避して幸せになってみせる! ~原作で断罪されなかった真の悪役は絶対にゆるさない!

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます

1、はじまりの日。パパとおうちに帰ろう

『前世の記憶というのは、ある日突然思い出されるものらしいのです』


 私が「この世界がゲームの世界で、自分が悪役だ」と知ったのは、孤児院から引き取られるイベントの日だった。

 

 その日、孤児院の門から外に向かって女の子が元気に駆けていく光景を見て、私は「イベントが始まってる」と思った。それが、はじまりだ。

 

 門の向こうからはちょうど馬車が来るところで、私は「孤児が馬車にぶつかって大怪我をするシーンだ」と思った。

 思い出したのが原因だと思うのだけど、気づけば私は女の子を助けるために走っていた。

 

「危ない! 飛び出しちゃだめ!」

「あ……っ」

 

 減速する馬車の前にびゅんっと飛び出した女の子が、危険に気づいて恐怖に身がすくみ、動けなくなる。

 そこへ私が体当たりするように突っ込んで、「えーい」とぶつかって、二人でごろんごろんと地面に転がった。一秒前にいた場所を馬車が通り過ぎて行って、やがて停まる。


「おい、大丈夫か」


 馬車の中から、男性が出てくるのがわかる。

 私は「ふあい」と声をあげた。ちょっと腕とか膝を擦りむいてるけど、大きな怪我はない。


「うわぁぁん!」 

 

 女の子はショックで泣いている。

 私は……頭が痛い。

 前世の記憶がドッと思い出されて、情報が頭の中で渦巻いているせいだ。

 

 男の子が騒いでいる声が聞こえる。

「リリーがなんかやらかしたぞ!」

 

「違う。見てなかったの? 私はやらかしたんじゃなくて、助けたの。原作で怪我しちゃう可哀想なモブキャラちゃんを……」

「は? 原作? モブ? リリー、何を言ってるんだ?」

「あれ? 私はリリー? ……あれ?」

 

 私は、自分が生きてきた記憶とは違う『知識』が頭の中にあることを自覚した。

 この世界が前世でプレイしたゲームの世界。リリーという女の子は悪役だ。

 

「わ、私、転生したっ?」

「てんせいってなんだ、リリー?」

「わ、私、リリーになってる!」

「お前、本当に大丈夫か?」

  

 ゲームの知識によれば、リリーはこの時、11歳。孤児院では新参だ。

 

 きれいな亜麻色の髪をおさげにしていて、瞳はぱっちりとした緑色。今は「可愛い」印象が強いけれど、数年後には「美しい」という言葉がぴったりになる女の子だ。

 そんなリリーが「これは他人に見せちゃいけない、手放してはいけないもの」だと思って大切にしているのは、謎のペンダントだ。

 貴族の紋章付きペンダントトップがついているけど、それがどの貴族の家の紋章なのかは、わからない。

 

 あ~~、情報過多! 頭痛がひどい!

 

「おいっ、大丈夫か?」

「は……い」

 

 大人たちが介抱してくれる。そんな中。

 

「……この娘がいい」


 渋い低音の男性の声が、を言うのが聞こえた。

 

「ファストレイヴン公爵。他の娘は見なくてもいいのですか?」

「構わない。ひとめで気に入った」

  

 「このやりとりは、スローテス・ファストレイヴン公爵という貴族様が孤児院にやってきて、娘を引き取るシーンだ」と私にはわかった。

 

 「リリー」は、ファストレイヴン公爵家に引き取られる。

 

 そして「昨年亡くなった(けど世間にはその事実を隠している)同じくらいの年齢の公爵令嬢の代わりをしろ」と言われる。

 けれど、なかなか公爵令嬢らしく振る舞えなくて、がっかりされてしまう。

 

 「ああ、娘はやっぱりもういないんだ」と公爵は心を病んでいく。リリーも自分への嫌悪感や劣等感、愛情不足による孤独感などから、悪役令嬢へと変貌していく。

 

 悪役の結末は、死あるのみ……!

 

 ちなみに公爵は好みビジュだったので推しでしたっっ!

 

「おいで、ロザリット。パパとおうちに帰ろう」

  

 初めて会うはずなのに懐かしく感じる「闇堕ち公爵」のパパが、手を差し出してくる。

 大人の男性の、大きな手だ。


 さびしそうな瞳。優しい声。

 重ねた手の温度は、ひやりとしていた。

 

 ちなみにここで「私はロザリットって名前じゃない」とか「おじさまはだーれ?」って反応を返すと、パパは大激怒します。目に見える地雷状態です!

 

「ひぃ……」

「こわかったな、早く帰ろうな。よしよし」

 

 ……このままだと「パパ」ともども破滅しちゃう。えーーーっ、やだ! 死にたくない~~っ!


 風が優しく吹き抜け、道の端で白い花が踊るように揺れている。


 ――ロザリットとしての、はじまりの日。

 

 私は頭をフル回転させ、悲劇回避を決意した。

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