秘密の庭と私の秘密

雨音|言葉を紡ぐ人

第1話 継承

祖母が亡くなった。

通夜から三日後、弁護士の事務所で遺産相続の手続きを済ませた。預貯金、保険、そして古い屋敷。昭和の初期に建てられたという、築90年近い洋館だ。

「沙織さんは、お一人だから。この屋敷を売却するか、それとも住むか。どちらでもいいですが、早めに決めてください」

弁護士の言葉が耳に入らない。私は、その屋敷の写真を眺めていた。

24歳の私は、今、大企業の営業部に勤めている。朝は6時に起床して、メイクと服装を完璧に整える。会社では、営業スマイルを絶やさない。取引先の要望には、どんなことでも応じる。帰宅は夜の9時。休日も、友人との付き合いで埋まっている。

本当は、何がしたいのか。本当は、どんな人間なのか。そういったことを考える暇さえ、ないほどだ。

祖母の屋敷。私はそこに何度か行ったことがある。母が嫌がるため、訪問は稀だった。古い、暗い、つまらない。そう聞かされていた。

でも、今、その屋敷を相続すると決まった時、妙に惹かれるものがあった。

「この屋敷に住むことにします」

弁護士が驚いた顔をした。

「本当ですか。修繕費も結構かかりますよ」

「大丈夫です。住みます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る