第3話
「ぎゅーして♡」
スカートの裾がまくれるのも構わず、俺の膝の上にまたがってきた。
「⋯⋯ちゅーしよ♡」
近づいてきた唇が耳元で囁いてくる。
「あとは、任せる⋯⋯♡」
沙希は赤らんだ顔をうつむかせた。俺は抱きかかえた彼女の体を優しくベッドの上に倒す。
沙希は目を閉じたまま動かなかった。体に視線を走らせると、膝と膝がかすかにもじもじしているのが目に入る。
俺はその膝に手をかけると、ゆっくりと沙希の足を⋯⋯。
「⋯⋯ってなるはずだったんだが」
昨日の休みに沙希の家に遊びに行った。
という話を学校の帰り道にしたら、綾がめっちゃ聞きたそうにしていたので臨場感たっぷりに語ってみた。
「⋯⋯そ、それでどうなったのよ?」
「ここからは有料会員限定です」
綾が車道に突き飛ばしそうな勢いで俺の肩をどついてきた。
殺す気か。
「てかそれ、嘘でしょ? そんな♡♡みたいな感じじゃないでしょあの子」
「俺の耳にはそう聞こえたんだよ」
「どーせ最後はあんたがヘタレたみたいな落ちでしょ」
「いや俺のビッグボーイはマグナムだったが?」
リアルな話をすると、いざこれからというときに沙希が「やっぱり別れる」と言い出した。発作が出た。
何がお気に召さなかったのかはわからない。
それ以降沙希とは会っていない。連絡もつかない。
そうでなければこうして綾と一緒に帰ってない。
「今日お前の家寄ってっていい?」
「いや寄ってって⋯⋯そういうノリ?」
「ダメならいいけど」
「別に、いいけど⋯⋯。あ、もしかしてあたしになぐさめてほしいのかな~?」
「帰っても暇だしなぁ」
「暇つぶしかよ」
綾の家には誰もいなかった。部屋の前で待たされたあと、中に通される。
綾はなぜか部屋の真ん中で立ちつくしていた。落ち着かないようだ。
「いい匂いがする⋯⋯」
「そ、そう?」
「沙希の部屋の匂いと似てるかも⋯⋯。そうか、そういえば綾も女の子なんだよな⋯⋯」
「当たり前でしょ何だと思ってた?」
「なんか緊張してきた⋯⋯」
女子と認識した途端に急にピンク色の空気が⋯⋯。
この感じ、沙希の部屋に行ったときと同じだ。
女の子の部屋というアウェイ空間に二人きり。
というシチュエーションに自然と呼吸が浅くなり、変に心拍数が上がってくる。
「⋯⋯やっぱり俺には経験値が足りなかったのかもしれない。沙希に振られるのも当然だ」
「なに? 急に⋯⋯」
「あのさ、ちょっと練習させてくれない?」
「⋯⋯何を?」
「ビビらずにクールにことを運べる練習」
「こ、ことを運ぶって、どういう⋯⋯」
「とりあえず不安と緊張と期待の入り混じった上目遣いでじっと俺を見ててくれ」
無茶振りやめろ、だとかツッコまれて終わるかと思ったが、意外にも綾はおとなしく従った。
部屋のど真ん中に立って、お互い無言のまま見つめ合う。
リクエスト通りに不安と緊張と期待の入り混じった上目遣いだった。あとなんかエロい。
思った以上に綾が演技派だということに気づいた。
むしろなんか怖くなってさらに緊張してきた。先に口を開いたのは綾だった。
「キス⋯⋯」
「ん?」
「するの?」
怒ったような拗ねたような口ぶりだ。
じっと見つめられて視線が泳ぐ。
「い、いやいや、急に何を⋯⋯」
「してもいいよ」
「え?」
「練習するんでしょ?」
あくまで素振りであって練習試合をしようと言ったわけではない。
雰囲気だけ味わってメンタルを鍛えようとしただけだ。
「いや練習っていっても、さすがに嫌いな相手とするっていうのは⋯⋯」
「べつに、嫌いじゃないし。嫌いだったらこんなこと言わない」
「えっ⋯⋯嘘だろ? ってことはお前、俺のこと⋯⋯? 綾ってギャグ要員じゃなかったのか!?」
「違うわ! ギャグ要員ってなんだよ!」
それはそれで困る。今後扱いを考えないといけないのか。
綾は一度吠えたあと、うつむいて声のトーンを落とした。
「ほんとにあの子と別れる、っていうなら⋯⋯あたしは、その⋯⋯OKだから。だから⋯⋯決めて?」
あとは俺次第⋯⋯ってことか。
俺がその気になればここで⋯⋯っていくらなんでも急展開すぎる。これって今決めないとダメ?
ダメ元で沙希に聞いてみようかな? こんなこと言うとりますけどどうします? って。
などと我ながらテンパっていた俺はこのタイミングでポケットからスマホを取り出した。
すると沙希からメッセージが来ていることに気づいた。秒で開く。
『きのうごめんね』
『恥ずかしかっただけ』
『別れない』
「別れないキターーーー! おい初めてだぞ! 別れるじゃなくて別れないって!」
「⋯⋯は?」
「すごいぞ、あの別れるモンスターが進化した!」
「なに? あの子ポ◯モンなの?」
もう進化しないと思っていたキャラが進化したときのような感動だ。
もはやそれはチート⋯⋯いやバグの領域だろう。
「で、結局なんなの? 別れるの? 別れないの?」
「とりあえず今回はナシで⋯⋯あ、でも綾って俺のこと好きなんだっけ。となると今後ちょっと気まずいな⋯⋯」
「そ、そんなのギャグに決まってんでしょばーか! えっなに? まさか本気にした? あーはいはい釣れた釣れた一本釣りぃ!!」
「Whoo! ナイスぅ!」
「ナイスぅじゃねえよオラァ! とっとと帰れ!」
やっぱりギャグ要員だった。
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