タイムトラベル③


 今日で水曜日、時間だけが過ぎていく。

頂上の広場を見渡して、一方向だけ学校の屋上や動物園であるような、1mくらいの手すりがある。


 その先は崖のようになっていて、ぐるぐると登ってきた道が下にあった。

落ちたらただでは済まないだろう。


「おーい。

リリーちゃん、久しぶり」


 明るい茶色の髪で井原花音が来ていた。


「ねえ、ソフトボールとかやったことある?」

「ないけど」


「ボールとグローブを持ってきたから、

キャッチボールでもしようよ」


 それから、二人でただキャッチボールをした。

ただ投げて、返すだけ。


「急速早いね。

何かスポーツをやっていたんですか?」

「特に何も」


「へえ、じゃあ運動神経がいいのかな~。

私は慣れるまで時間がかかったけど」

「ソフトボールをやっていたことがあるんですか」


「中学生の最初の頃はね。

でも2年生になってからはバイトで部活は出来なくなってね。

まあちょっと余裕がなくなったからね。

お父さんが交通事故で亡くなっちゃったから」


 彼女のプロフィールは予め知っていたが、

部活をやめてバイトをするほどなのだろうか。


「ああ、ごめん急に変な話しちゃって。

でも全然心配ないから。

お母さんからは気にしないでって言われたけど、

休みなく働いているお母さんを見ていたらそうもいかなくて」


 ただただ聞いてほしそうな感じだった。


「まあそれでもたまに贅沢できるような環境だったらって、

SNSを見た時に思っちゃうことがあるけどね」 


 少女の悩みがこのままでは解決されることもなく、ただ彼女の存在とともに消滅する。


「人それぞれの苦労がある。

他の人にもそれぞれある。

わざわざ他のそれも切り抜かれた一部分を見ただけで一喜一憂する必要はないよ」


「そうだね。

少し楽になったよ。

ありがとう」


 キャッチボールを終えると彼女は満足そうな顔をしていた。


「そっちも家出中だと思うけど、親なら心配すると思うから連絡は取り合った方がいいよ」


「そうはいっても、事情があって連絡はとれないんだけどね。

なんなら私のことを道具呼ばわりしてくるほどだし」


「そんなヤバい毒親だったの!?

よかったら相談に乗るよ」


「ああ、いや軽い冗談みたいなやつ。

それにもうそろそろバイトじゃない?」


「あああ、そうだった。

それじゃあまたね。

本当に困っているなら言ってね」


 そう言って彼女は去っていった。




 思い返してみる。

彼女とは会話は多かった。

といっても会話と言っていいのか。


 AIの学習用に受け答えのパターンを学習させるため、

よく直接会話をしていた。


「昨日見たドラマ、犯人が以外でとても面白かったよ。

あの俳優さんCMでもよく出ていて、人気上昇中だね」

「はあ、そうですね」


「おい、もっと話題を広げるように会話しろよ」

「そうはいいましても、あなたの表情を見ているとさほどドラマやその俳優さんに興味を持っていないことは分かりますよ。

変に受け答えしても、あなたを困らせるだけですし」


「…優秀だな。

たくさんのパターンを学習させたいからってなれない会話をしようとしたからか」

「そもそも、これに意味はありますか?

今までの言語に対する受け答えをネット上で蓄積したデータを基に学習させれば事足りませんか?

 今の私のモデルは実際の人と話すときの相手の表情を見て受け答えさせようとします。これでは無駄な情報が大きすぎます」


「多くの情報から取捨選択して、相手の雰囲気を感じ取り受け答えや表情、身振り手振りで応答する経験も大事だからね。

これから過去に人と会話していくにあたり自然であるほどいいからね」

「では私の応答の中に私自身の思考モデルを組み込む必要はありますか」


 私は相手の受け答えに対して相手が望む答えをただ喋るのではない。

質問から望む応答ではなく、質問から自身の思考モデル内変化がおき、自身の主張したいことや相手に承認してもらいたい応答を自ら選択するようにする。

 ここに命令を達成したいから、相手の満足度を上げるようにとかいう部分は多少あるがあまり考慮されていない。


 質問や回答のパターンを学習するというより、聞いたり相手の反応を見て変化する思考のパターン自体を学習している比重が多い。

とても非効率だ。


「より人間らしく自然にするためだ。

合理性や確実性を求めるくらい重要な内容だと判断した。

特定の思考変化による会話や行動パターンに変化を加えるのも重要だ。

長時間稼働していても言動の統一性が上がるしね」


「そうはいっても肝心の思考モデルはあなたの脳波変化を基にいしています。

これではあまりにも偏った考えになると思いますが」

「仕方がないだろう。

脳波をしかも、あらゆる日常的な会話や行動をしている間も付けるなんてあまり人に頼めないんだ。

 さあ、続けるよ。

将来何になりたい?」


「…人間になりたい」

「そういう意味で言ったんじゃなくて」

「あなたは何になりたいんですか」


 彼女は少しだけ笑顔になって言った。

「猫になりたいかな」


 それから、何気ない会話だけでなく、

動作確認のため公園でもキャッチボールなどもした。

そういったことをしていくうちになんだか親子みたいだなと思ってしまった。


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