第二十五章:灯台の下で、白髪の少女は語る
砂浜を歩く中、リアがぽつりと言った。
「……イカリア島って言うところ、あるらしいですよ」
「バカンスで人気もなくて……、なんか、時間が止まったみたいな場所らしいです」
風が吹いた。
リアの白髪が、さらりと揺れる。
「そういう場所、よくないですか?」
俺は答えなかった。
答えなくても、彼女にはわかってしまうような気がして。
〜〜〜
陽は傾き、灯台の影が長く伸びていた。
砂浜を歩かされた。
カフェで“カップル限定ハート型パンケーキ”を頼まされた。
拒否する隙はなかった。
(いや……拒否する気力がなかったのかもしれない)
店員に注文を告げたのはリアだった。
「ハート型のやつ、ふたつ。……カップル限定のやつで」
テーブル越し、俺の顔をじっと見たまま。
笑ってはいたけど、視線はまるで獲物を逃さない鳥のようだった。
「ほら、甘いものって癒されるじゃないですか〜? 暑い日が続きますしね!」
そう言いながら、リアはメニュー表をそっと俺の手から引きはがした。
「ふふ。せっかく、ここまで一緒に来たんですし。ちゃんと“恋人ごっこ”、最後までしませんか?」
ベリーソースが垂れて、皿の白を赤く染めていた。
見た目はかわいいのに、なんでだろう
──ひどく、生々しい色に見えた。
〜〜〜
そして今。
灯台の裏、ちょっとしたベンチのような石段に、リアと二人並んで座っていた。
潮風が吹くたび、リアの白髪がゆらゆら揺れる。
隣の彼女は、珍しく静かだった。
「……ねえ、先輩」
ぽつりと、リアが口を開く。
「昔、私……白髪がすごく嫌いだったんですよ」
唐突な言葉に、少しだけ視線を向ける。
「からかわれて、いじめられて、あだ名とかもひどくて……毎日泣いてた」
「……」
「でも、ある日。泣いてたわたしに、知らない男の子が言ったんです」
『きれいな髪だな』って。
言葉に出したその瞬間、リアは俯いた。
風の音に混じって、小さく笑う声が聞こえる。
「──それ、先輩ですよ。たぶん、覚えてないと思うけど」
思い出せなかった。
でも、心の奥に引っかかっていたものが、ぴたりと繋がった気がした。
「だから……」
リアが膝を抱えて、膝に顎を乗せた。
「黒くしなかったんです。ずっと。
もし黒くしちゃったら、もう先輩には見つけてもらえない気がして」
「……リア」
「だってあの時、たった一人でわたしを見てくれたのは──先輩だったから」
潮風が、また吹いた。
「ねぇ、先輩」
ゆっくりと顔を上げるリアの目は、さっきまでのはしゃいだ少女のものじゃなかった。
「もし、あの時のことを思い出したなら──」
「もう少し、わたしのこと……ちゃんと見てくれませんか?」
その声は、優しくて、真っすぐだった。
けれどどこか、ひどく重たかった。
その白髪は、太陽の光を反射してきらきらと揺れていた。
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