第六章:スパイごっこですよ、先輩

リアの家の前まで来たとき、外灯がチラついてた。

人通りはない。

玄関の前で立ち止まると、リアがくるっと振り返った。


「送ってくれてありがと、先輩っ」


「……ああ」


「でも、ちょーっと物足りないかも?」


「……は?」


リアは両手を背中に回して、わざとらしく首を傾げた。


「彼氏が彼女を見送るときって……何するか、分かりますよね?」


その瞬間、俺の背筋がぞわっとした。

言葉の意味は理解できた。でも、受け入れたくなかった。


「リア……」


「……やだなぁ。拒否ります? 私、ちょっと危ないところ守ってもらったし。

ご褒美……ってことで、だめですか?」


俺が一歩引こうとすると、リアは一歩踏み込んできた。

逃げ場がなかった。


無理やりじゃなかった。けど、拒否する余地もなかった。

リアは、ゆっくりと背伸びして──

唇がかすかに触れる程度のキスをした。


時間にしてほんの数秒。

でも、ひどく長く感じた。


「ふふ……おやすみなさい、先輩」


玄関のドアが閉まり、俺はしばらくその場から動けなかった。

身体が冷えきっているのに、手のひらだけが妙に熱かった。



~~~



家に着いたのは、それから20分後だった。

何も言わずに風呂に入った。

湯船に浸かっても、あのキスの感触がなかなか消えなかった。


(……最低だ)


ぽつりと口に出して、自分に嫌気が差した。


月乃の顔が何度も浮かんで、消えて、また浮かんだ。


風呂から上がって、適当に髪を拭いて自室へ戻る。

PCの電源を入れて、いつも通りのルーティンで机に向かった。


ふと、寝転がったまま、何気なく呟いた。


「……こんなこと、誰にも言えないな」


何の意図もない独り言だった。

誰にも聞かれてないはずの、空に消えるはずの言葉。


なのに。


──ピロン。


スマホの通知が鳴った。


画面を見る。リアからのメッセージだった。


📱「誰にも言えないこと、私だけは聞いてあげますよ?」




背筋が凍った。


画面を握る手が、じんわりと汗ばむ。

明らかに、今の俺の“声”を聞いていた。

リアの家を出て、もう1時間は経ってるはずなのに。


(まさか……)


いや、まさかで済ませちゃいけない。


「……どこまで、聞かれてる」


小さく呟いた声にさえ、警戒するようになっていた。

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