第24話

第六章 第二節:「旧首都の亡霊(きゅうしゅとのぼうれい)」


 夜。

 学園都市の灯りが遠くに霞んでいた。

 その下、神威一と如月命は無人の地下鉄跡を進んでいた。


 頭上のトンネルには、古びた標識が残っている。

 《東京線》と書かれたその文字を、ハジメは無意識に指でなぞった。

 日本の記憶が、ぼんやりと蘇る。


「……ここが、“前の世界”の首都の跡地か。」

「正式には『旧大和中央区』。でも、実質的には――世界の墓場よ。」

 命の声が冷たく響く。

 瓦礫の隙間から魔素が漏れ、青白い霧が立ち込めていた。


「アストラ計画の資料によると、魂の転写実験はこの地下で行われてた。

 転生者を生み出すために、数百人単位の被験者が……消えた。」

「消えた?」

「データ上は“転写成功”とある。でも、転生先が記録されていないの。」


 その言葉に、ハジメの胸がざわついた。

 “転写成功”――その一文の中に、自分の誕生も含まれているのか。


 やがて、二人は巨大な扉の前にたどり着いた。

 警告表示がちらつき、電子ロックが半分壊れている。


「アクセスコード……解析できる?」

「やってみる。」

 命が端末を操作し、古いシステムに干渉する。

 魔力と電子信号が混じり合い、青い光が弧を描く。


 数秒後、重い音を立てて扉が開いた。


 そこは、かつての実験施設。

 中央には半球状の装置があり、内部で淡い光が揺れていた。

 その装置の前に――誰かがいた。


「……誰?」

 命が構える。

 ゆっくりと振り向いたその顔は、見覚えのあるものだった。


「皐月……蒼?」


 だが、その瞳は人の色をしていなかった。

 紅い光が、瞳孔の奥で脈打っている。


「……来ちゃったんだね、ハジメくん。」

「お前……どうしてここに……?」

「これが私の“もう一つの任務”よ。」


 蒼はポケットから、古い識別タグを取り出す。

 《ASTRA技術研究員補・Satsuki Aoi》。


「私は生まれた時から、学園の“観測対象”だったの。

 アストラ計画の被験者――そして、監視者。」


 命が息を呑む。

「じゃあ、あなたは……!」

「ええ。私も、“転写された魂”の一つ。

 でもね、私は“覚えてる”の。前の世界も、失敗も、そして――君のことも。」


 蒼の声は震えていた。

 だがその瞳の奥には、覚悟が宿っている。


「神威一、あなたは最後の鍵。アストラ計画の“完成体”。

 あなたがこの装置に触れれば、全ての魂データが再構築される。」

「……つまり、俺が起動すれば、全ての転生者が蘇るってことか?」

「ええ。でも同時に、世界は壊れる。」


 静寂。

 蒼は涙を浮かべながら微笑んだ。

「だから……お願い、私を止めて。」


 彼女の背後、装置の中で光が弾けた。

 そこから現れたのは――無数の人影。

 肉体を持たぬ魂の残滓たちが、呻くように蠢く。


「魂の断片……!」

「彼らは転写に失敗した人々。アストラ計画の“亡霊”よ!」


 蒼が詠唱を開始する。

 その詠唱は祈りにも似て、美しくも悲しい旋律だった。

 空間が歪み、装置が唸りを上げる。


「止めろ、蒼!」

「ごめん……これが、私の使命なの!」


 光が爆ぜた。

 ハジメは即座に命を庇い、魔力を纏って跳ぶ。

 全身が焼けるような熱に包まれながら、

 彼の心の奥で、何かが叫んでいた。


――君を、失わせない。


 白い光が世界を覆った。


🌑 第六章 第二節「旧首都の亡霊」了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る