第六章:見えないタグ付け

中学二年の冬。

クラスの連中が「インスタ始めろよ」とうるさくて、俺は適当なアカウントを作った。

特に誰かに教えるつもりもなかった。

どうせすぐ飽きるだろうし。


​ユーザーネームは、自分の名前と誕生日を適当に組み合わせた、ありきたりなもの。

アイコンも、初期設定のまま。


​「よし、こんなもんか」


​そう呟いてスマホを置いた、まさにその10分後。


​──ピロン。


​通知が一件。

『Aさんがあなたをフォローしました』


​「……は?」


​声が出た。なんで? 誰にも教えてない。

まだ何も投稿すらしてないのに。

背筋に、冷たいものがツーっと流れた。



〜〜〜



​次の日、教室でAに聞くと、あいつはスマホを見ながらあっけらかんと言った。


​「ん? あー、あんたのアカウント? なんとなく、IDこれかなーって思って検索したら出てきた」


「ふふ、わかりやすいね、あんたって」


​何が「なんとなく」だよ。


俺の誕生日と名前のパターン、何通り試したんだよ。

怖すぎだろ。


​でも、まあ……それだけだった。


俺が適当な風景写真を上げれば、秒で「いいね」がつく。

クラスの男子とコメント欄でふざけていれば、いつの間にかAも会話に入ってくる。


ただ、それだけ。



​……そう思ってた。


​事件が起きたのは、部活の春の大会が終わった日。

男女混合の部活で、全員で撮った集合写真を、俺はインスタのストーリーに上げた。


「おつかれー」って、一言だけ添えて。


​その写真の隅っこ。

俺が、引退する一個上の女子の先輩と、少しだけ笑って話してる姿が写り込んでた。

ほんの数センチの、誰の目にも留まらないような、小さな、小さなワンシーン。



〜〜〜



​その日の夜。AからLINEが来た。



​📱【A】

《ストーリー見たよー》

《〇〇先輩と仲良いんだね。あんまり見ない顔で笑ってたじゃん》



​心臓が、ドクン、と跳ねた。

怒ってるわけじゃない。

責めてるわけでもない。


ただ、事実を告げるだけの、平坦な文章。


​「別に、そんなんじゃねーよ」


​そう返信しようとして、指が止まった。

何を言っても、無駄な気がした。


​──その直後。Aのインスタが更新された。

​投稿されたのは、一枚の古い写真。


小学生の時、遠足か何かで撮った、俺とAのツーショットだった。

まだ黒髪おさげのAと、今よりずっと背の低い俺が、ぎこちなく隣に並んで笑ってる。

​そして、添えられた文章。


​『昔から、あんたのその笑顔はあたしのものだったんだけどなー。#思い出 #ずっと一緒 #幼馴染』


​……やられた。


​Aは、俺のストーリーに写り込んだ「事実」を、A自身の投稿で上書きしにきたんだ。


誰が見てもわかるように。

俺の周りの人間、全員に牽制するように。


​『こいつの隣は、昔からあたしです』 っていう、見えないタグ付け。


​俺は何も言い返せず、ただAのその投稿に、そっと「いいね」のハートマークをつけた。



スマホの画面が、まるで檻の鉄格子みたいに見えた。

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