学校の怖い噂

東西 美都

林間学校

 それは林間学校での出来事だった。

 小学校の林間学校は、山奥にある宿泊施設で行われた。

 あまり期待はしていなかった。ただ、宿泊施設は自然豊かな場所に建っていた。

 見たところ、外界から完全に隔絶されているようだった。まるで、絶海の孤島、または連絡手段を立たれた雪山の山荘。

 ひたすら自力で生きるのだという生々しいサバイバル感を強く感じた。


 これから何が起こるのか、わたしは期待で胸がいっぱいだった。




 宿泊施設で部屋に荷物を置いてきた。うろうろと辺りを歩く。そのときだった。

「ねえ、この施設の近くにね」

 廊下で、声のした方を見る。隣のクラスの子が、窓辺でささやくように話をしている。

 二人は窓の外を見ていた。窓の奥には森しかなく、家は一軒も見えなかった。

「ほら、あっちの方角。あっちに赤い吊り橋があってね。しかも、その場所はお姉ちゃんから聞いたところ、自殺で有名な心霊スポットらしいよ」

「嘘ぉ。ここにバスで来るまで、そんな橋なかったよ」

 もう一人の子が、信じられないといった様子で言った。

「それがね、あるんだって。あの森の奥でね、かなり高い場所にかかっている橋なんだって」

「やめてよ、本当なの?」

「うん。だから、気をつけてねって」

 二人は話をしていて急に怖くなったのか、おびえたような顔をする。肩をすくめ、そのまま、泊っている部屋へと足早に駆けて行った。




 あわただしくも、夕食、キャンプファイヤーなどの一連のイベントが終わった。その後、寝る前に開かれた学年集会でのことだった。


 集会で先生の話を聞いていると、突然、他のクラスの女の子が「先生、あれ!」と叫んだ。

 その女子が指さす方向を見る。大きな窓の左上付近だった。

 窓は格子状に連なっており、壁一面の広い大きな窓となっていた。窓の向こうには、夜の静かな風景、暗い森の影しか見えなかった。

 わたしは指さしている女子の顔を、もう一度見た。


「見えないんですか、先生! 幽霊ですよ!」

 女子のおびえた声と「幽霊」という言葉に、一気に周囲がざわついた。一瞬遅れて、きゃあっと悲鳴が女子の中から上がった。

 同時に○○ちゃん、霊感あるから、という声も聞こえた。その女子に霊感があるのかどうか、わたしにはわからなかった。何人かの女子生徒が「怖い!」と叫んだ。

 まるで集団ヒステリーにおちいったかのような声だった。


 窓の外を見てみたが、やはり何も異常はなかった。幽霊など少しも見えない。

 男子は、あきれた表情をしていた。もっと先生の話を聞きたかったのに、水を差すなと言わんばかりだ。

 学年の先生は少しイラっとした様子で、「窓のところには誰もいないし、おとなしく静かにしようねぇ」と言い、女子生徒たちを落ち着かせようとしていた。




 学年集会が終わって部屋へと戻る。わたしは班員とともに一つの部屋へと入った。

 一部屋に二、三班ずつ。男子は男子の部屋、女子は女子の部屋に泊まるよう決められていた。布団は二列に並べ、頭は中心に来るように枕を置いている。

 廊下から部屋に入って履物を脱ぐと、内扉として一度ふすまを開ける。その後、ふとんのいてある部屋の中に入ることができるようになっていた。



 最初は枕投げや雑談をしていた。だが、消灯の頃には一日の疲れのためか、自然と寝入ってしまっていた。

 それは他の班員達も同じだったようだ。

 けれど、夜もかなりけた頃、急に目がさめてしまった。

(見回りかな……?)

 事前に、ある話を聞いていた。女子の部屋は女性の先生が各部屋を見回り、全員が寝ているかどうかを確認するいうことだ。

 首を少しねじって見ると、室内にあるふすまの前に誰かが一人、立っている。



 わたしは寝たふりをしないと注意されると考え、すぐにまぶたを閉じた。そのまま眠ろうとする。

 だが、気になって、すぐにまぶたを少し開ける。

 薄闇が支配する部屋には中々視界が慣れない。

 ようやく目が慣れてきた頃、ふすまの前をよく見てみる。しかし、そこには誰も立っていなかった。

(あれ、おかしいなぁ。そもそも、ふすまを閉じる音も聞こえなかったのに)

 わたしは目をつむり、そのまま、まどろむように眠ってしまった。




 翌朝、バスに荷物を積み込むため、いろいろな作業を手早く行う必要があった。朝食が終わった後、わたしに同室の女子が急に話しかけてきた。

「ねえねえ、知ってる? 昨日の夜、他のクラスの男子が廊下をうろうろ歩いていたって」

「何それ。知らない」

 わたしがそう言うと、その子は笑って言った。

「でもね。その男子、途中で先生に見つかったって。女子の部屋を、こっそりのぞこうとしたんじゃないの? 先生にものすごく怒られて、何時間も夜の間、正座していたって。おかしいよね」

「うん。あり得ないね。あれ、でもさぁ……」

 わたしは言いかけて、思い出したことがあった。

「昨日の夜、部屋に入ってきた人は何だったの? あの人は先生だったんだよね?」

「え? 部屋の中に先生?」

 その子は困ったように少し首をかしげた。

「でもね。先生は、ふすまを少しだけ開けて室内を確認するだけって言ってたよ。わたしは班長だし、班長会議では、そう言われたよ」

「ええ、でも……」

 わたしは昨日の夜あったことを、ようやく、はっきりと思い出し始めて言った。



「――白い長い服を着て、長い黒髪をこう、頭からバサァッと垂らした女の人が、ふすまの前に立っていてね。あれが見回りの先生でなかったら、誰だったの? その人、次の瞬間にはもう消えていなかったけど……」








 <了>

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