第十二章 計算された裏切り

セーフハウスに戻った長門の表情は、凍りついていた。

カゲウラは、彼女が何を見たのかを察し、静かに問いかけた。


「どうする、長門有希。彼らの計画を知った上で、君は独りで戦うのか? それとも、我々と共に、別の道を探すか?」


長門には、もう選択肢は残されていないように思えた。独りでは、銀河規模の計画を阻止することなど不可能だ。カゲウラたち穏健派と手を組むしかない。


だが、彼らは「観測者」だ。積極的に「調律者」と争うとは限らない。彼らを動かすには、もっと強力な動機が必要だ。


『どうするんだ、長門』キョンのゴーストが、静かに問いかける。『お前らしくもなく、悩んでるじゃないか』


(……私らしく、か)


長門は、思考する。かつての自分なら、どうしただろうか。確率を計算し、最も効率的な手段を選ぶ。だが、今の彼女は違う。彼女の中には、キョンがいる。ハルヒがいる。彼らなら、どうしただろうか。


ハルヒなら、理不尽に怒り、真正面から殴り込みをかけるだろう。

キョンなら、文句を言いながらも、最悪の事態を避けるための、最も現実的な落としどころを探すだろう。


そうだ、落としどころを。


長門は、顔を上げた。その瞳には、冷徹な計算と、人間的な覚悟が同居していた。


「カゲウラ。君たちの提案を受け入れよう。私は、君たちの『観測対象』となる」


カゲウラの目に、安堵の色が浮かぶ。

「賢明な判断だ」


「ただし、その前に、私なりの『誠意』を見せたい」


長門はそう言うと、カゲウラの目の前で、再び情報統合思念体のネットワークにアクセスした。

しかし、彼女が向かった先は、機密データ領域ではなかった。


全ての派閥が共有する、公開フォーラム。

情報統合思念体全体の、巨大な掲示板のような場所だった。


「何を……する気だ!?」カゲウラが、長門の意図に気づき、制止しようとする。


だが、遅い。


長門は、そこに、匿名で一つの情報をリークした。


『――調律者による「魂の図書館」計画の全貌――』


彼女は、先ほど閲覧した全てのデータを、情報統合思念体全体に、暴露したのだ。


それは、計算され尽くした、最悪の裏切りだった。

そして、世界を動かすための、唯一の賭けだった。


この情報が公開されれば、「調律者」は全ての派閥から敵と見なされるだろう。そして、穏健派であるカゲウラたちも、もはや「観測」しているだけでは済まされなくなる。どちらにつくのか、明確な選択を迫られることになる。


長門は、自らの手で、情報統合思念体の内戦の引き金を引いたのだ。

彼女自身も、全ての派閥から追われる、最重要ターゲットとなることを覚悟の上で。


『……お前、とんでもないことしでかすな』


キョンのゴーストが、呆れたように、しかしどこか誇らしげに呟いた。


長門は、カゲウラに向き直る。

「これが、私のやり方だ」


彼女の孤独な闘いは、終わった。

ここからは、銀河の未来を賭けた、全面戦争が始まる。

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