妖刀「鬼萌御夛」~異世界転生した俺が手にした妖刀は異世界転生したキモオタだった~

宍戸亮

第1話 妖刀はキモオタ

 もしもの話。


 もし今、キミの目の前に死の権化である死神がいたとする。


 大きな鎌を持ち、浅黒いフードから見え隠れする骸骨に青い炎の目が灯る死神だ。


 その死神は必ずキミを殺す。絶対に殺す。一振りの大鎌で胴を両断し、大きな髑髏の手でキミを握り潰し、眼から噴き出る青い死の炎でキミを焼き尽くす。


 逃げるという選択肢もある。死神に背中を見せ泣きべそかいて必死に逃げる。それこそ死神がドン引きする様な全速力でだ。


 だけど残念。キミには逃げ場はない。


 キミが立つ場所は既に知っている場所じゃない。薄暗くてどんよりしていて、ジメジメしている……。そこは死神が展開したゾーンだ。


 対象の魂を絶対に狩り獲る。そのためだけのゾーン。


 だけど安心して。キミには武器がある。死神と戦える武器だ。


 もちろんそれは魔術以外の何物でもない。


 炎を出したり水を出したり雷だって出せる。学んだ魔術を魔力で出力して現象を起こすことがキミにはできる。


 魔術で普通のモンスターを倒すのは、冒険者じゃなくてもある程度知識と知恵、そして勇気ある子どもにだってできるからキミにはなんの問題もないだろう。


 だけどもあららぁ。残念だ。非常に残念。


 魔術で対抗できるのはモンスター相手。当然死神系モンスターも相手取れる。


 でも今、キミの前にいる死神は普通の死神ではなくその上位存在である「死」そのものだ。


 いや、違うな。死そのものの権化ではあるけど概念ではない。言ってしまえば限りなく概念に近い死神とも言える。


 国営ギルドは無論、国全体を上げて対処しなければならない相手が今、キミの目の前にいる。


 どうする。


 キミはどうする。


 魔力をエンチャントした武器でも斬れず潰せず穿てない。


 上位魔術や最上位魔術を駆使してもダメージを与えれるかどうかの次元だ。


 死神は大鎌を一振りするだけでキミを殺せる。


 予め死神が来るとわかったとして色々準備しても無意味に終わる。そんな次元のお話。


 どうする。


 キミはどうする。


 絶望するしかないそんな状況。


 いや、言わなくていい。皆まで言わなくてもいい。


 だってこれは俺の自問自答なのだから。


 絶望した俺の自問自答なのだから。


「■■■■■■■■■」


 唸り声の様な。悲鳴の様な。歓喜に喜ぶ様な。楽しそうに笑ている様な。


 到底人が発せられない声、音を出す死神。


 今まさに俺を殺そうとする死神。


 だけど。


 だけども。


 俺には不確定要素がある。


 この絶望的な状況を打破する。いや、してくれる。いや、してしまう。いや、する。いや、する? するよな? するんだよな? しちゃうんだよな!?


「んんんんんいやぁワタクシの華々しい初陣がまさかの死神ですかんん。如何せん華々しいとは言い難いというかぁ華がないどころか鼻も肉もない相手なのは誠に遺憾ですなぁんんんんんん。せっかくならワタクシを血に染める初陣はあどけなくて幸が薄そうな美少女が良かったですがそこは致し方ありませんなぁんんんん」


「な、なに言ってんだよキモオタ……!? 意味がわからん……」 


「意味がわからない? んんんんんんこれは困りましたなぁレイ氏。大日本帝国海軍吹雪型駆逐艦何某と火星マーズに由来するワタクシが愛して止まない幸うすい系女子のレイ殿と同じ名前ならば崇高な萌えが共感できると思ったのですがぁんんんんんん」


「早口で何言ってるかわかんねーよ!? ぉお、俺たち生きて死神倒せるよな!? な!?」


「愚問ですなぁレイ氏ぃぃ。最強の妖刀であるワタクシとワタクシを扱えるレイ氏ならば概念の縁にしか辿り着けないような死神ごときぃ、健全で性欲Maxな高校生男児の朝勃ちを鎮めるくらいベリーイージーですなぁ」


「いやソレ絶対無理だろ!?!? だって性欲Maxだもん!? それもう果てるしかないだろ!?」


「僭越ながらぁ若い頃のワタクシは一回や三回五回程度果ても鎮まるどころかむしろイキイキする性質でしたはいぃぃ。つまりはビンビンです。あ、ついでに最強なのは自称なので悪しからずんんんん」


「いやお前やったんかい!? 思わず関西弁が……。ってか最強なの自称なのかよ!?」


 緊張感のない俺たちのやり取り。それを律儀にも静観していた死神がついに動き出した。


 人の声帯ではおおよそ不可能な音、声。


 緊張感が走る。緊張感が体全体に走る。


 じわじわと、確かににじみ寄って来る死神。


『――――抜刀』


 俺とキモオタの声が重なる。


 桃色の柄に黒い目貫き。実体のある浮遊する卍の鍔。その妖刀をゆっくりと鞘から抜ききると、俺は刃の先で死神を定めた。


「死神よ。俺がお前を斬る」


 そう呟き、鞘を握っていた手を放して両手で妖刀を握った。


「あのぉ差し出がましいのですが正確には斬るのはワタクシキモオタでありまして、レイ氏はワタクシ"で"斬るのでありぃそこ間違ってはいけませんぞ?」


「せっかくカッコ良さげな感じで決めたのにいちいちこまけーんだよ!?」 


 たぶん。なんとかなるハズ。

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