第17話 宇宙鯨



宇宙鯨。大きさは大小様々だが、普段はその穏やかな性質ゆえに手を出さなければ暴れはしない。しかし星海の王者は捕食者シャチと言うように、鯨の天敵は捕食者である。


「大きさにもよるが、俺ひとりで止められるか……」

深夜でも宇宙船は航行する。安定した航路ならば交代で休むが、緊急時はみな飛び起きて対応に当たる。

クルーたちは早速出港の準備に入っていた。


「穏やかならば分かり合えるはずですよ」

ティルさんがにこりと笑む。


「どうだか……ああ言う人工の磁気嵐がある場合、鯨はどう反応するものだ?」

リーノが訝しげな表情を浮かべる。


「周波数が合わなければ混乱して暴れるかと」

「合ってない可能性が高いんじゃないかな?あの戦闘機の鯨避けはそう言うものだろう?」

そこにふらりとルカンさんが現れる。そういやこのひと、戦闘機を観察しに言っていたな。


「それにあの小判鮫……鯨や大型の鮫がいてもおかしくはないよ。でも荒々しくては小判鮫もついていけないからね。本来は気性が穏やかなはずだ」

「でも……鯨避けのついた戦闘機がある」


「磁気嵐が鯨に何らかの影響を及ぼしていて……鯨避けが必要な状況に陥っている……?」

「そう考えるのが妥当だね」


「なら……俺は万が一のための警護を担う」

「ありがとう、リーノ」


「俺も一隻借りるよ」

フーゴの言葉にザックはやれやれと頷く。


「仕方がない。鯨避けではないが、大型の宇宙生物避けはついている。鯱には効果ないが」

まあ最悪破壊されるが、フーゴならそうならないように立ち回れる。


「ロストテクノロジーの側まではうちの小型艇を。突撃すれば大型艦隊に穴を空けられる代物ですので」

ラウリさんが今さらっと恐いことを言ったな。


「作業には俺が行くよ」

万が一の時に宇宙を漂ってもリーノがいれば迎えに来てもらえるし、呼吸の心配もないから。

「俺にも手伝わせてください」

「ユハニさん……」


「現状あれに一番詳しいのは俺ですから」

「そう言わざるを得ないのが歯がゆいところだわ。ヴァルロスの元研究員ならばアテナでは知り得ないことも恐らくは」

「ええ。ミレイユさんは艇からサポートを頼めますか?」

「分かったわ、ユハニ。任せて」


海賊船オルカが再び宇宙に飛び立つ。そこから小型艇で凶星の近くまで向かうのだ。


「リーノもフーゴも準備はできたようだな」

小型艇の外には捕食者の姿のリーノと戦闘機に搭乗して待機するフーゴの姿がある。


「それじゃ、ユハニさん」

「ええ」

小型艇をラウリさんとミレイユさんに任せ俺たちは宇宙へと繰り出す。


「鯨はね、鳴くというよ」

そしてちゃっかり小型艇に乗り込んでいたのはルカンさんだ。まあスクアーロの持ち物だし乗り込む資格は当然あるのだが。


「宇宙には音がないと言うのに」

「だとしたら、俺たちと捕食者たちの会話と似てますかね」

「どうだろうね。確かなのは宇宙船がその鳴き声を拾うことだ。もしかしたらあれも……」

来た時のあれも……?あれはやはり鯨の鳴き声だったのだろうか。


しかしマーレリオスの人々の不安を考えたら、一刻も早く手を打たないとな。


宇宙に繰り出した俺たちを待っていたのは激しく発光する赤い何かだ。


『ヘルメットのフィルターを入れて』

ミレイユさんの声だ。


俺とユハニさんはフィルターをセットする。俺はヘルメットがなくても平気だが、こう言う時は役に立つ。


『あれがロストテクノロジー?』

俺の声は一度小型艇に音を拾ってもらい、ユハニさんに届く。

宇宙生物や希少種同士ではないからどうしても一行程挟む必要があるのだ。


こくんとユハニさんが頷く。大抵のことはユハニさんに任せればいいが。

ゆっくりとロストテクノロジーに近付くと何かのスイッチを落とす。


『発光するセンサーくらいなら……ヴァルロスの古い機械に覚えがあります』

やはりユハニさんがいてくれて良かった。


『でも……この磁気嵐を構成するスイッチを切るのは……』

恐らくは自分たちの母星を捨て、その罪を隠すために設置したのだろう。だから切れないことを前提として作っているはずだ。


その時、音のない宇宙に響いた鳴き声にハッとする。


『鯨!』

オルカの10倍はあるだろうか。はるかに巨大な鯨が現れたのだ。

それも様子が変だ。異常事態を察知したリーノとフーコが動く。


(明らかに暴れている。いや、苦しんでいる)

捕食者の声は音がなくても俺や人間の脳に直接響いてくる。


『もしかしたら人工的に発生させた磁気嵐の余波……』

ミレイユさんの言う通りかもしれない。現にミーナも頭痛を起こした。

宇宙生物や近しいものたち……とりわけ宇宙で音を使用しないで会話できるものたちに響くのだ。


『だとしたら小判鮫たちは?』

彼らは磁気嵐の中を泳いでいた。


『だって鮫だよ?鮫なら磁気嵐だろうが鯨の鳴き声だろうがそそらないわけがない』

ルカンさん、あんた前は鮫じゃないって頑なじゃなかったか?


『でも……鯨はそうじゃないのだろう。イルカもね』

早く、ロストテクノロジーを何とかしないと。


『状態は分かりますか?』

『故障です。磁気嵐を発生させるために必要な宇宙エネルギーを上手く循環できないんです』


『修理……はしたら不味いから、電源を切るみたいなことは?』

『見た感じ、アラートを切るものしかなさそうです』

それ以外はまるで黒い立方体だ。


『じゃぁ……破壊は』

『難しいでしょう。ロストテクノロジーは現代では失われた金属や素材を使っている』

『そんな……ミレイユさんは何か心当たりは?』


『そうね……普通は壊さないように回収するものだから……』

『そう?一度破壊したことがあるけど』

『ちょ……何やってんのよおおぉっ!』

ルカンさんの言葉にミレイユさんが絶叫する。

『未知の力の前では力を試したくなるだろう?力には力をだ』

とんでもな理論だな。

しかし力か。宇宙エネルギー……それなら。


『できることならある。宇宙因子の力でショートさせます』

構えたのは小型の宇宙レーザー砲だ。


『場合によっては飛ばされます。ユハニさんは離れてください』

俺なら飛ばされてもリーノが来てくれる。


『……俺もサポートします』

ユハニさんが俺を支えるように腕を回す。


『でも……』

『2人分のジェットパックなら……少しは衝撃をやわらげられます』

『けどユハニさんはそんなに空気を使ったら……』

『その時は……どうかマーレリオスの地に埋めてください』

『……え』

『それが……母星を捨て、再び汚染を招いたヴァルロス元研究員としてのケジメです』

『ユハニさんは何も悪くないのに』

何故ユハニさんが命の危険を冒さないといけないのか。


『だとしたら……奇跡が起こることを信じましょう』

『……』

『レーザー砲の出力と、ジェットパックの角度や強さは俺が計算します』

俺も習ったが、こんな時に即座に計算できるわけではない。


『必要な出力が分かるんですか?』

『だいたいでしたら。ロストテクノロジーがどのくらいの宇宙エネルギーで動いているかはだいたい分かるものです』

分からないのは技術だけ。統計だけなら出ているのか。


『その配分も、ショートしないまでどのくらいか。再現はできなくとも……』

『分かるんですね』

『ええ。行きましょう』


ユハニさんが教えてくれた出力がどのくらいか。それなら分かる。宇宙船乗り……取り分け海賊はドンパチも珍しくないのだから。


レーザー砲が濃縮された宇宙エネルギーを発する。しかしジェットパックが衝撃を緩めてくれている。


そして……ロストテクノロジーが破裂するように爆発する。まずい……これはっ。

ユハニさんが急いでジェットパックの出力をあげようとするが、間に合わない!


爆発の衝撃でピンと伸びた命綱が引きちぎられ、身体がぐるんと吹っ飛ばされるが必死にユハニさんの身体を腕で掴む。


放すわけにはいかないんだ。俺は……ユハニさんを生きて、マーレリオスまで還すんだ……!


(ティエラ!!)

ものすごい高速で巡る星海にリーノの悲鳴がこだまする。ぐるぐると回る目が辛うじて捉えたのは……巨大な口だった。


鯨の……口?


俺はユハニさんをきつく抱き締めたまま、鯨の口の中に吸い込まれた……。


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