嵐の星海

第11話 宇宙商業船団バレーナ



――――宇宙には様々な生き物がいる。様々な惑星にとどまらない。この星の海に暮らす多くの生き物。捕食者しかり、星の海を揺蕩たゆたう宇宙生物しかり。俺たち海賊のような船乗り、それから……。


「見えてきた。ミーナ、あれが商業船だ」

「わあ、おっきい!オルカとどちらが大きいの?」


「商業船の本船ではないから、オルカの方が大きいよ」

「本船じゃ……ない?」


「そ。彼らは商業船団バレーナの一隻だ」

愛称は鯨。宇宙船の表面の鯨のマークが目印だ。


「多くの船を抱え、様々な惑星の港や宇宙港にも商業船を配備しているが……そのほとんどはああやって宇宙を飛び回って商売をしている」

「海賊以外にも宇宙を飛び回ってるひとたちがいるんだね」

「ああ。これから宇宙で生きる人間たちをたくさん見ることになるぞ」

「宇宙で生きる……私たちと同じなんだね」

「そうだな」


「おーい、もうすぐ連結するぞ!」

ザックが慣れた舵さばきで船を近付ければ、聞き慣れた機械音から暫くしてリーノがやって来る。


「ティエラ、連結完了だ。まずは向かうか?」

「もちろん。挨拶に行こう。ミーナも初めてだからおいで」

「う、うん!」

何が起きるのか、どきどきしているようだな。


早速出迎えに向かえばあちらの船員たちの中心にいる淡い紅茶色の髪の青年がにこりと微笑む。


「ようこそ、ティルさん」

「ええ、歓迎感謝します。ティエラくん」


「では早速依頼の件だな」

「ええ。しかし彼女も一緒に?」

「ああ。新しいクルーでな。ミーナだ」

「お噂は聞いていますよ。ティエラくんと同族……だそうだとか」

「……何でそこまで知ってるんだ」

連邦警察とは秘密裏のやり取りだったはずなのに。


「連邦警察が少し騒がしそうでしたし、この前の鮫とヴァルロスの衝突……アンリさんにそっくりな少女。船団長の勘も冴え渡ると言うものです」

「……まさかの勘かよ」

「商人の勘は割りとあたるものですよ。もちろん船乗りの勘もね」

「それは俺たちもだな」

しかし……このひとが敵ではなくてホッとした。


そうしてオルカの一室に案内すれば、早速仕事の話だ。


「ヴァルロスとは大変だったようですね」

「……まあな」

「ご安心を。普通の商人はヴァルロスのようなことには反対ですよ。実験体にするよりももっと儲かることを知っていますから」


「……儲かること?」

「ええ。業界では人気ですから。伝説の宇宙海賊アンリさんグッズ~~」

「……」

まさかのグッズ展開かよ。


「本人に許可とってんだろうな?」

「もちろん。それからホルンさんもノリノリですよ」

「そらぁ誰も反対しない」

親父は……母さんの好きにやらせるだろうし。


「ですからティエラくんもミーナちゃんもじゃんじゃん活躍してくださいね。グッズ化しますから」

「俺は許可せんぞ。ミーナも断ってもいいんだからな?」

「えと……」

ミーナはまだどういうことだかは理解していないようだが。ティルはティルでミーナが判断できるようになるまでは静観するだろうな。


「ふふふっ。まだ先の話ですよ」

「それなら……」

ミーナがホッとする。


「それで?今日は雑談しに来ただけじゃないんだろ?」

「ええ。もちろん」

ティルさんの表情は穏やかなままだが、明らかに空気が変わったな。


「今回、オルカに依頼したいのは……未知星域への航海です」

「……え?」

耳を疑った。ティルさんのことだ。単なる興味や好奇心で俺たちにそんなことを要求するはずがない。


「未知星域?」

ミーナが首をかしげる。


「宇宙は広い。まだ俺たちの知らない星域がたくさんある。俺たちが普段行き来できるのは捕食者たちの縄張りだ。逆に彼らも知らない星域が未知星域だ」

「捕食者も知らない星域があるんだ」


「まあ……万能でもないからな」

リーノが頷く。


「生態系のトップが行かない星域……何が待っているか分からない。俺たち以上の捕食者が待っているかもしれない」

「その通りです」

「ならアンタはどうして俺たちにそれを依頼したい?」


「戻さなくてはならないものがあるからです」

「つまり……一度踏み込んだのか?」

俺は思わず息を呑む。


「ええ。踏み込んだのは……ヴァルロスです」

「確か……沈んだんじゃ」

そうだな。ミーナもそれを見た目撃者だ。


「ええ。確かに研究船は鮫たちにより沈みました。しかしあれは母船ではない。ヴァルロスにはまだ本体が残っています」

「アイツらは研究惑星も持っていたはずだが、本体は俺たちと同じ宇宙船なんだ」

「惑星を持っているのにどうして?」


「彼らにとっては惑星は研究のためのコロニー。暮らす場所じゃない」

「惑星に暮らすものたちにとっては迷惑極まりないですがね」

まさに自分たちの欲望のためなら手段を選ばないと。


「それでやつら……研究のために星域を越えたのか?宇宙連邦の許可は?」

「そこが一番のグレーゾーンです。しかしながら連邦と連邦警察がヴァルロスの子船を鮫が駆逐することを黙認した」

「むしろ誘導させ、俺たちにはミーナを秘密裏に託した」


「宇宙連邦もまた何らかの理由でヴァルロスの未知星域への航海を黙認しましたが、ヴァルロスはそこで過ちを犯した」

「だから船を一隻失ったんだな」

「そう考えるのが妥当です」


「そのひとつの根拠が『戻すもの』か」

「ええ。これは連邦の公式宇宙研究船アテナと我バレーナからの依頼です」

アテナ……か。ヴァルロスが民間ならあちらは連邦の公務員だ。そんなの実質連邦からの依頼じゃないか。


「でも何故バレーナが関わってくる?」

アテナならうちに直接依頼ができる人がひとりいるはずだ。


「我々は直接依頼を受けたもので」

「誰からだ?」

「未知星域……テンペスタ星域の惑星マーレリオスからです」

「惑星……から?」

しかも聞いたこともない惑星である。


「そこに何を戻すんだ?」

「宇宙生物……と言いましょうか。生きてはいますが、会話はできません。しかし可能性ならある」

ティルさんがリーノを見る。


「……宇宙生物全般と話ができるわけではないが。まあ、やってみる」

たとえ星域が違って言葉が違っても、俺たちは『言語』だけで会話するわけではないから。





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