ハコニワの王

ウエハース

冥王の目覚め

第1話 非日常へようこそ

「はぁ……」


 暗闇の中に、灰色の炎と青い光があたり一面に広がる不思議な空間で、とある女性がため息交じりに呟く。彼女の吐いた息が白くなったのを見ると、どうやらこの空間はそれなりに気温が低いようだ。

 そんな彼女の名前は巾凪新太はばなぎあらた。何の変哲もない、ただの高校一年生である。


「ただ家に帰ってただけなんですけど……」


 彼女はいつも通りの道で学校から家に帰っていただけなのに、いつの間にか不思議な世界に迷い込んでいた。


「なーんで一般人が『王域』に入ってんだか」


 『王域』とは、『王』たちが戦闘の際に展開する、自己バフモリモリの固有結界のようなものである。その領域に入れるのは王とその権能を分け与えられた臣下たちだけであり、一般人は存在を認識することすらできないのだが……何故か新太は迷い込んでしまった。


 出口はなく、王域に関しても王しか解除することができない。つまり、自分には何もできないということだけを、新太は理解出来ていた。


「巻き込まれないように端でひっそりしとこ」


 しばらくしたら解放されるだろうと体育座りをして隠れていると、遠くの方から戦闘音が聞こえてきた。


(やってるなぁ。今回は誰と誰なんだろ。パッと見、めちゃくちゃ広そうだから相当な強さの王だと思うんだけど)


 王と王域について学校で習ったのを思い出して、新太は一般人ながらに今の状況を分析してみることにした。


(暗闇にある青い光……イメージとしては人魂とか?それにこの炎も、灰色とは不思議な色してるなあ。あーなんだったっけ。たしかこの特徴は───)

『ドゴォッ!!』

(!?!?)


 新太の分析をとてつもない轟音が遮った。肩が跳ね上がるほどの音に新太の心臓はバックバクである。


「びっくりし……ん?」


 新太は心臓を落ち着かせると、何かに気づいたの

か音のした方向に耳をすませる。すると、戦闘音が徐々に大きくなってきているのが分かった。


「音、近づいてない?」


 どうやらいつの間にか戦闘している場所が近くなっているらしい。音はさらに新太のいる方に近づいてくる。


(いやいやまっさかあ、そんなわけないじゃないですか。まあでも?一応?後ろに行ってみようかな?)


 立ち上がって数歩下がった、その瞬間だった。先ほどまで新太がいた場所が先程と同じ轟音とともに跡形もなく吹き飛んだ。


(うっそぉ……)


 新太は土煙から顔を守りつつ、薄目で覗いてみると、二つの人影が戦闘しているのが見えた。片方は頭の上に黒い王冠のようなものが浮いている。動きが早すぎて顔は認識出来ないが、体中から血を流している。劣勢のようだ。


 もう一人は見ただけで『悪』なのだと脳が理解するほどのオーラを発していた。白いフードを被っておりかろうじて仮面をつけているのが確認できた。


(やっぱり、あの王冠は―――『冥王』じゃん!最古の王の一人がなんでこんなところにいるの!?)


 驚きつつも、巻き込まれないように、新太は静かに、少しづつ後ろに下がっていく。


(大丈夫。バレなきゃいいんだ。まず王域に一般人が入ってるなんて向こうも予想してないはず。だから、もう一度離れれば……)


 と、その時。


『カン、カン、カラン』


 新太は後ろにあった小石を蹴飛ばしてしまった。


(何してんだ私ーーー!!!!)

「「!?」」


 その瞬間、王の目線が新太へと向くが、王たちの顔は新太には認識できなかった。仮面の男は仮面が、冥王は灰色の炎が顔を隠していた。


 新太に注目していて隙だらけの冥王。そして、冥王が戦っていた相手はその隙を見逃すほど甘くなかった。


「――――――ぁ」


 新太に気を取られた冥王は、剣によって心臓の位置を貫かれた。首の皮一枚で繋がっていた均衡が、新太という変数によって崩れ落ちたのだ。


 誰がどう見ても致命傷。それに最古の王が目の前であっけなく、それも自分のせいで死ぬ。そう理解した途端、言いようのない恐怖が新太を包み込み、足が縫い付けられたかのように動かなくなった。


(あ、まずい。これ駄目だ。足動かないし震えも止まらない)


 新太が生存本能に吞まれているのと同時に、王たちにも動きがあった。


「……謝ろうなんて考えるな。お前にはお前の信念があるんだろう?」

「…………………」

(……?)


 恐怖に呑まれそうになっていた新太は、王達の不思議なやり取りに、少しだけ正気を取り戻した。


 自分を殺した相手にかける言葉とは到底思えない台詞。普通なら恨み言の一つや二つを言うものだろう。けれど、冥王は、相手を肯定した。


 そして、そんな冥王の胸元に、仮面の人物は手を伸ばし、触れる寸前で動きを止めた。数秒静止した後、立ち上がり新太に向き直る。


「最後まで……いや最後だからこそ信じてみるべきかな」


 そう言いながら、手を新太の方へと伸ばす。指の先端が光ったかと思うと、新太の後ろにあった壁が吹き飛んだ。


「人の可能性を」


 新太は何が起きたのか確認しようと、後ろを向いた。


(……あれ?)


 向けなかった。身体が動かない。先程と同じように、縫い付けられたように。その理由は、すぐに分かった。


「ゴフッ……」


―――――――――は?


 新太は、自分の状態を遅れながらに理解する。胸の中心に、大きな穴が開いていた。感じていた血の味は逆流した血だったのだ。触れた右手にはべっとりと血がついている。紛れもなく致命傷だ。


「な、ぁ」


 脱力感が新太を襲い、膝から崩れ落ちる。


「お前!」

「さよなら、兄さん」

「待て!!」


 そう言うと、男は冥王と新太を残し、暗闇の中へと消えていった。


 (熱い。熱い。熱い。焼けるように熱い)


 まだかろうじて意識が残っている新太は、五感のほとんどが機能しなくなっていた。けれど、鈍感になった五感を貫通して伝わる熱だけを感じていた。


「――か!―――み!」

(なんだ?何を言っているんだ?もう、何も聞こえない)

「――ない。こ―――を君に――――になる」


 ほとんど見えないが、何かをしていることだけは新太にも理解できた。


(何をして……)

「ほん―――、私は――――だな」

(だめだ、もう意識が)

「すまない、―――」

(あーあ、新作のゲーム、今日発売だったんだけどなぁ……)


 そんな愚痴を最後に、新太の意識は深い闇の底へ沈んでいった。

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